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カラボスと眠り姫と塩まき

les quatre saisonsで、ささやかなイベントが開かれます。


個人的な趣味で申し訳ないのですが、ここで起こるエピソードを丁寧に

描いていきたいと思っています。

 デザートティーのお披露目も兼ねて、常連客向けに試飲会が行われることになった。


「お客様はどうしてもいつも同じお茶を注文しがちになると思うの」


 les() quatre(カトル) saisons(セゾン)の茶葉は多彩だ。できるだけ多くの種類を飲もうと試みても、飲みきれるものではない。しかも、高額な茶葉もあるため、つい飲みなれた“いつもの”に、なりがちである。これを機会に気軽に飲み比べをしてもらおうという趣旨である。


 事前申し込みをした客に招待状を渡す。招待状には、オーナー厳選の“オススメ”がリストアップしてある。申込時に入場料を支払い、時間を予約するシステムにした。時間制限は1時間で、食事の提供はない。



「今回はねぇ、ネパールと中国のお茶を推してみようと思うの」

 

中国は紅茶の発祥地であり、“キームン”は世界三大紅茶のひとつに数えられるが、この店ではあまり需要がない。


  ネパールは紅茶の原産国としては、インドやスリランカに比べ知名度が低く、やはり需要が少ない。しかし、“シャングリラ”は、ダージリンに似て、それでいて柔らかで繊細な味わいがある。


「デザートティーをひとつ選んで、あとは好きなお茶を試飲用のカップで飲んでいただくの」


 試飲用のカップとは小売店時代に使用していた容量80CCの白い陶器製のものだ。


  試飲会は平日に行われた。客たちはデザートティーと数種類の茶を注文する。ある人はシャングリラを、春摘み、夏摘み、秋摘みと季節別、農園別に飲み分け、ある人は、メモをとったり、写真を撮るなど、それぞれが普段できない経験を楽しんでいる。


 ただし、数が多いので、スタッフにとっては負担がかかる。


 ……というわけで、亘が緊急に手伝うことになった。



 彼は実に手際がよかった。湯を沸かしたり、茶葉をセットしたり、デザートティーも楽々と作った。気に入った茶葉を買うものがいれば、素早く会計に回る。


 今日は、本来別の用事があったのだが、 由里には、亘の“用事”という言葉は耳に入れない。否応なしに手伝うはめになった。


 もちろん茉莉香も大忙しである。



「こんにちは」


 由里と同じ年頃の、ややぽっちゃりとした女性が、片手を小さく振りながら笑顔で入ってきた。


「あら、福木さん!」


 来店者の名は福木芳美。由里と彼女の息子達は同級生で、いわゆる“ママ友”である。丸みのある柔和な顔立ちと、おっとりとした話し方が魅力的な女性だ。有名企業に管理職として勤め、夫は同じ職場の別の部署で働いている。


「お仕事なのに来ていただいてありがとうございます」


「前から来たかったの。今日は思い切ってお休みとっちゃった!」


 土曜日は休みだが、小学二年生の娘のバレエのレッスンに同行するため来ることができない。都心にあるバレエ団付属の教室に通っているという。


 茉莉香は一瞬、ぽっちゃりとした少女のチュチュ姿を想像したが、それをさっさと頭から追い出した。


「あら、あなたが茉莉香ちゃん?かわいらしい方ね。……あのね、試飲はいいからデザートティーをふたつ頼めないかしら?ティーフロートと季節のフルーツティー……お代は別に払うから。ね?」


「オーナーに聞いてみますね」


 茉莉香は、この小さなわがままをかわいらしいと思った。


 そのとき、長身のすらりとした女性が、速足で店に入ってきた。やや浅黒い、彫りの深い顔立ちは美人と言える。


「岩下さん!」


 由里と芳美は同時に声をあげた。


「こんにちは」


「いらっしゃいませ。でも、今日は事前に予約したお客様だけなの……」


 由里は申し訳なさそうに言った。なんだか気まずそうだ。


「あら、ご招待いただけたら申し込みましたわよ」


 由里は言葉が見つからなかった。芳美と顔を見合わせる。


「同席してもよろしいかしら。私、飲食店にひとりで入るのは嫌なの」


 押しが強いのか、慎ましやかなのかよくわからない。


「ど、どうぞ……」


 芳美は席を勧めた


 彼女は岩下玲子(いわしたれいこ)。やはりママ友である。芳美と同じように有名企業で働き、夫は公務員である。


「そうねぇ。デザートティーはいいから、キームンを2杯持ってきて」


「は、はい」


 茉莉香は息苦しさを覚えた。久美子も押しが強いが、あっけらかん(投げやりとも言えるが)としたところがあり、どこか憎めない。だが彼女は、知的で洗練された物腰でありながらも強い威圧感がある。


だが、カップを口にすると、満足げな笑みが浮かんだ。


(お茶の味はわかる人なのね……)


 ほっと胸をなでおろす。

 不満の多い女性に見えるが、来店したからには何かしら満足して帰ってもらいたいものだ。

 



義孝(よしたか)君お元気かしら?また一番だったわね」


 岩下義孝は学年一の秀才で、名門私立中学を受験する。進学塾から、ほぼ合格するだろうという太鼓判を押されている。


「……」


 同席を強要しながら、芳美の話しかけを無視し続け、やがて茉莉香に目を止めた。


「あなた高校生じゃない?学校は?」


「えっ、あの……」


「まぁ、いいじゃない。臨時でお手伝いに来ているそうよ」


 芳美は軽くウィンクをし、茉莉香は慌ててうなずく。


「まったく。いまの学生は!教師も教師だからしょうがないですけどね!」


 芳美はすっかり困ってしまっている。


 好みの茶を飲むと、岩下はさっさと帰っていった。


 カラボスのようだ。


 茉莉香は思った。

 

 茉莉香は、『眠りの森の美女』で、オーロラ姫の誕生祝に招待されなかった魔女カラボスが、怒って乗り込んで来る場面を思い出した。


(呪いをかけられちゃったかしら?)


 あり得ないことだが、茉莉香は不安になった。


 そのとき何かが顔に当たった。


「亘さん。何するの!」


 驚いた茉莉香が声をあげる。


「塩だよ。塩!」


 そう言うと、さっさと厨房に入って行った。


「お葬式帰りじゃないんですよ!・・・・。それに、私にかけるのは違うんじゃないですか?」


 不満は残るが、茉莉香は、これで良しとすることにした。

 これで呪いは解かれたはずだ。


 多少面倒なことはあったが、試飲会は好評のうちに終わった。











カラボスの呪いは無事解けたのでしょうか?


棘は、気づかないだけで、ずっと残ることがあります。

怖いですね(^-^;

こここまで読んでいただいて感謝デス。

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