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土曜日のお客様とカモミールティー

ちょっと強烈なお客様が来店なさいます。

 茉莉香は、週一回カウンセリングに行く。

 今日も、広く明るい待合室で、自分の番が来るのを待っていた。


 熱帯魚の泳ぐ水槽、手入れの行き届いた観葉植物、 スピーカーからは鳥のさえずりや、小川のせせらぎが流れ、来院者が心地よく過ごせる配慮がなされている。窓は大きく日当たりがいいはずだが、ブラインドがあがっているのを茉莉香は見たことがない。



 先生はいつも優しく、いろいろな話を聞いてくれる。


 でも、茉莉香にはこれ以上何を話したらいいのかわからなかった。


「無理しなくていいのですよ。学校に行けるようになったら、行けばいいですよ。あなたはあなたのままでいいのです」


 先週も同じことを言っていたような気がする。


 茉莉香はそんな失礼なことを考えていけないと思いながら、体調が良いこと、勉強が順調に進んでいること、ひとりで過ごす時間が充実していること、最近アルバイトを始めたことを話した。


 先生はにこにこと笑顔で聞いている。




 待合室で会計待ちをしていると、女性の大声が聞こえてきた。


「じゃあ、どうしろっていうの!?」

 先生はなだめているようだが、声がちいさい(いや、それが普通)ので聞こえない。

 荒々しくドアが開くと小柄な女性が出てきた。

 社会人のようだ。


 目を合わさないようにあわてて下を向く。


「お会計!!」


 受付の人が、順番を待つように言っても聞くようすもない。


「仕事を抜けて来たのよ!」


 茉莉香より先に済ませてさっさと帰って行った。


「ごめんなさいねぇ」受付の人がすまなそうに言う。


「いえいえ・・・・私暇ですから」


 茉莉香は笑って答えた。





 les() quatre(カトル) saisons(セゾン)は、土曜日は隔週で営業している。

 

 由里の子どもたちの登校日に合わせている。


 ブランチに来る勤め人が多く、彼らは少し眠そうな顔で、サンドイッチやトーストを注文してぼんやりと過ごして帰って行く。


「アールグレイをミルクティーで。それからチーズトースト」


 ずかずかと入ってきた女性が、どさっとカウンターに座った。


 アールグレイは中国茶をベースにしたブレンドティーにベルガモットの風味付けをしたフレーバーティーだ。ストレートやアイスティーに向いている。


 アールグレイをミルクティーにするのだろうか?という茉莉香の心の声は客に聞こえたようだ。


(なによ!?)と言わんばかりに睨みつけきたとき、


「あ!!」


ふたり同時に声をあげた。


カウンセリング・ルームの待合室で出くわした女性だった。


「あーあなた」


 言われて茉莉香はうつむいた。


「気にすることないわよ。今時カウンセリングぐらい。あなたいい子みたいだし、きっと先生にも好かれているわよ」


 彼女は ”何にも” 気にしていないようだ。

 カウンセリングに通っていることも、

 そこでひと悶着起こしたことも・・・・・・。


「そんなことは・・・・・・」



「そーよー。大切なのは  “ ひ・と・が・ら ”  だそうよ! 学校にいくかいかないか、働くか働かないは問題じゃないって、先生の本読んだことないの!?」


 と、語気荒く言う。


 茉莉香は受付の書棚に並んだ本のことを思い出した。だが、そんなことが本当に書いてあるかは

疑問に思った。


「だからねー自業自得だけど、こんな性格で働いて苦労している私なんて、大っ嫌いなのよ。お前なんて社会に出る資格ないって思ってるのよ!」


 茉莉香には、その言葉は容易に信じることはできなかった。



 なにはともあれ、


 まずは注文されたお茶を運ぶ。

 カップにたっぷりミルクを入れている姿をそっとみる。


「飲んでみて」彼女はカップを差し出す。


「えっ・・・・でも」


 断り切れず、そっとカップを口に運ぶ。


 茉莉香の顔に驚きの表情が現れた。


 それを見た女性はにっと笑う。


「意外と合うでしょ?ここの茶葉はミルクとも合うの。ブレンドのバランスかしらね?ちょっと癖になる感じというか・・・・」


 そう、意外と合う。でも、ミルクのまろやかさと

 お茶のシャープさがパラレルというか・・・・・・。

 それは今しがた交わされたかみ合わない会話を思い出させる。


 それは、この女性のイメージにぴったりのようだった。




 彼女は自己紹介をはじめた。名前は川島久美子。

 メガバンクで働いている。クリニックには半年前から通っているとのことだった。

 久美子は唐突に、勤務先の支店の統廃合、配置転換、増える業務・・・など、身の上話を、強気の姿勢から一転し、力なく話し始めた。ころころ変わる印象に茉莉香はとまどった。


「眠れないのよね・・・・・対人関係も影響していると思う」



「ちょっと待っていてください」


保管棚のところにいくと、お茶をスプーン2杯ほどラップにくるんできた。


「あの、これカモミールです。眠れないときに効きますよ」


 と、笑顔で渡した。


 les ()quatre(カトル) saisons(セゾン)にはハーブティーも置いてある。

 カモミールは日本でも愛飲する人の多いハーブのひとつである。

 消化の促進の働きや沈静作用があると言われている。


 久美子はしばらく何が起こったのかわからずぽかんとしていたが、


「ありがとう。あなた優しいのね。」


 にっこり笑って受け取ると、片手を振りながら背を向けて歩きはじめた。


ここまで読んでいただいてありがとうございます。

感謝の言葉がみつかりません。

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