茉莉香の一日
les quatre saisonsで働く茉莉香はどんな風に一日を過ごすのかを
少しだけ触れています。
朝7時。アラームの音で目が覚める。
顔を洗って、着替えをして、由里からもらったスコーンをオーブントースターで軽く焼く。
コーテッドクリームをたっぷり塗った上に、苺ジャムをのせて食べる。
アップルティーを飲みながら、昨日のバイトのレジュメを作る。
気が付くと時計は8時30分だ。
(そろそろ出かけなくちゃ・・・・・・)
気が進まないが、それが学校や両親との約束だった。
トートバッグを抱えて家を出る。
自転車を走らせて到着したのは、『精涼女子高等学院』。茉莉香の通う高校だ。
教室では授業が始まっている。
茉莉香が、周りに人がいないことを確かめながら向かったのは保健室だった。
(なんだか悪い事をしているみたい)
いつもこの瞬間、息がつまるような思いがする。
「おはよう。浅見さん」
40代の女性教師が声をかける。
「おはようございます。これ、昨日の分の課題です」
教師は受け取りながら
「いつも感心ね。これは先日の分ですよ。浅見さんは本当に勉強熱心ね」
「ありがとうございます」
「がんばるのよ。体に気を付けてね」
(みんなに会わないように、1時間目が終わる前に学校をでなきゃ)
少し焦り気味に校門を走り出た。自転車を飛ばすと汗が噴き出す。運動で体温が上がったせいだけではないだろう。
マンションに戻ったのは10時少し前だった。
荷物を置いてすぐに1階のカフェに降りていく。
「おはようございます!」
「おはよう茉莉香ちゃん。きのうは疲れなかった?よく眠れた?」
「はい!おかげさまで」
「じゃあ、きょうのメニューの説明をするわね」
4人掛けの席がふたつに、2人掛けの席がよっつ。 カウンター席はよっつ。テーブルの間隔は広めにとってあるが小さな店だ。目が回るほど忙しいということはない。客も常連が多く、穏やかな人たちばかりだ。
『今日のサンドイッチ』は、カジキマグロのムース、きゅうり、アボガドサーモン、トマトサラダ。
ヘルシーさが好まれるのか、注文が多かった。
「キュウリのサンドイッチが美味しいのよねぇ」
英国貴族が食べた“キューカンバーサンドイッチ”
彼らは労働者階級との差別化をはかるために、敢えて栄養価の低いキュウリを食べたとか、19世紀には高価だったキュウリを食べるのがステイタスだったとか、説はいろいろあるが、
キュウリがここまで?
と思わせるほど美味しいと評判である。
紅茶を淹れるコツを聞いてくる客もいた。
「まずは、カップとポットを温めて、沸かしたてのお湯を注ぎます。水は汲み置きしたものでない方がいいですよ」
そうすると、湯に含まれる空気のせいで茶葉が踊るように回り、それが味と香りを引き立たせる。
「そのために水は汲みたてのものがいいですよ」
茶葉は要望があれば、量り売りをする。
自宅で淹れてもles quatre saisonsの味はだせないと嘆く声もある。
「だからつい来ちゃうのよねぇ」
客たちは、声をそろえて言う。
バイトは3時まで後片付けがあれば4時。そのあと夕飯の支度をして(カフェのサンドイッチで済ますことも多い)、朝、保健室で渡された課題を終わらせたら、本を読んだり音楽を聴いたりして、ひとりで過ごす。
バイトは楽しいし、ひとりで過ごす時間は落ち着く。
茉莉香の一日はこんな風に過ぎていく。
茉莉香はなぜ、人目を逃れて保健室登校を続けるのでしょうか?