密偵
果たして何が判明するのでしょうか?
ガシャン。お皿が割れる音がする。
「茉莉香ちゃん大丈夫?ケガはない?」
由里がかけよる。
「あ、はい。すみません。今日2枚目ですね」
「いいのよ。それよりお家でなにかあった?」
亘も同じことを感じていた。
亘はある奇妙なことに気づいた。
平日なのに久美子いるのだ。しかもこちらをじっと見ている。閉店時間はすでに過ぎているのに帰ろうとしない。
茉莉香はうなだれて話し始めた。
「パパがさんが。会社で悪い事をしたって疑われているって……」
由里がアップルティーを差し出す。
「パパが、依頼のないお仕事のお金を支払っているって」
「お父さん経理の人なの?」
「いいえ。でも、決裁するのはパパなんです。でも、その決済が
いつもパパのいない日にされていて、上司が代理に決裁していたんです」
「なら、あなたのパパには責任はないでしょ?」
「でも、その上司はパパの決めた案件で、自分はあくまでも代理だって言うんです。そして、周りの人もそう証言をするし」
決裁はシステム上で行われる。茉莉香の父親の所属する法人営業部第一係の最終決済者は彼だが、不在であり、事前に届け出があった場合、その上長が執行することに定められている。
今回、茉莉香の父親が窮地に立たされているのは、彼が事前に届け出ているという証言が複数あるためだ。
「そんな……」由里はうめくように言った。
「茉莉香ちゃん。その上司の名前は?」
突然、久美子が切り込んできた。
「えっと、確か、冨永さん」
「北星銀行の天下りよね」
視線が久美子に集まる。
「言わなかったっけ?私、北星銀行の社員で、今、その件で内偵中なの。北星銀行は、下条エンジニアリングに融資をしているの。その一部が岸田ソリューションに支払われているのだけど、架空取引ではないかと、国税局の税務調査で指摘があったの」
近頃自分を凝視する久美子を思い出した。
あれでは、偵察としては失格ではないかと思う。
亘さんは岸田ホールディングスの会長の息子さんですよね」
茉莉香も岸田ホールディングスという名は聞いたことがある。 多くの企業を傘下に置く持株会社だ。
亘が裕福そうなのはなんとなくわかっていたが、そこまでとは思わなかった。
亘は、昨日荒木から聞いた話をかいつまんで話した。
「茉莉香ちゃんのお父さんが疑われている話は、なんか胡散臭いですね」
「私もそう思います」
と久美子。
茉莉香は亘と久美子をかわるがわる見た。
「岸田エンジニアリングに探りを入れてみましょう」
亘が言うと
「私も行きます!」
と久美子。
「私も!」
と茉莉香。
「茉莉香ちゃんはちょっと……」
久美子には同行してもらいたい。だが、茉莉香は動転してパニックを起こしそうだ。卒倒でもされたらたまったものではない。
「でも、行きたいんです!」
由里も止めに入った。しかし、しばらく押し問答をした挙句、亘は折れることになった。
集合は7時だった。
亘はいろいろと準備が必要らしい。茉莉香にも社会人らしい服装に着替えるように言い残していった。
茉莉香は一着だけ持っているスーツを着ている。久美子に薄化粧を施された顔を鏡で見ると違和感がある。
あとは亘が来るのを待つだけだ。
「お待たせしてすみません」
入ってきた亘を見て、皆が息を飲む。
「別人みたい!」
亘は高級そうなスーツを着て、整髪料で頭を整えてやってきた。
「まあ!茂さんかと思ったわ!」由里声の声が高くなる。
いかにもビジネスマンといういで立ちだ。
「由里さんがそういってくれるなら大丈夫かな?これもあるし」
と言いながらIDカードを見せる。そこには亘そっくりな男性の顔写真が貼ってある。
「岸田エンジニアリング用の入館パスです。茂のね。ちょっと拝借してきました。今日はノー残業デーだから8時になれば、無人のオフィスに入れますよ」
ノー残業デーでも8時まで会社で仕事をする社会人を茉莉香は少し気の毒に思った。
les quatre saisonsの前に黒塗りのベンツが止まっている。
「ひゃほー!!ベンツ!」
久美子が場違いな奇声を上げた。
運転席には、黒縁の眼鏡をかけた男が座っていた。大きなマスクをしていて顔が見えない。
「こんばんは」
マスクをずらすと荒木の顔が現れた。
30分ほどで目的地に着いた。
荒木は顔が割れているので、車の中で待機をすることになった。
会長補佐の視察だと言うと、守衛はなんなく入れてくれ、廊下の電気を点けてくれた。3人は経理部に向かう。
久美子がパソコンを立ち上げる。パスワードを机の引き出しにメモして入れてあるデスクがあった。久美子なぜかやすやすとそれを見つけた。デスク回りの雰囲気でそういうのがわかるそうだ。
(これは改善の余地があるな。自分には関係のないことだが……)
「入金記録をみるわね」
恐ろしいほど集中し、いつもの大げさな身振りが影をひそめる。
「電子媒体に記録とらなくていいの?」
亘が恐る恐る声をかける。
「はぁ?私は一銀行の社員よ。そんなの証拠として人前に出せるわけないじゃない!」
「メモは?」
「いらない!ここよ!」
久美子は頭を指で軽くたたく。
亘は周りを見渡す。これで岸田の不正入金の実態が判明するだろう。だが、これでは下条の決裁についてはわからない。久美子の目利きで、別のガードのゆるいパソコンを立ち上げた。ネットワークを見ていると、SKというアイコンが目についた。なんと下条の決裁システムとリンクしている。
誰かがクリックしたらおしまいである。あまりにもずさんな手口だ。
2月20日、3月19日、4月・・・・・決裁日付を読み上げる。
すると茉莉香が、
「待ってください!それおかしいです。6月20日にパパは本社で仕事をしていました。本当は休暇でしたが、急に呼び出されて出勤したの。代休はとっていません」
それは茉莉香の不登校について、学校と親子面談をした日だった。
父親は話し合いに加わることができなかった。
「茉莉香ちゃんビンゴ!」
叫ぶ久美子を2人で押さえ込む
「そうか。これまでの話からすると、本人がいるのに代理決裁をしたということで矛盾が生じる」
突破口になるかもしれない。
「この話はひとまず私に預けて!下条の勤怠を再度洗い調べなおすことを上司に提案するわ!」
岸田の件は亘に、下条の件は久美子へとそれぞれに委ねられた。
読んでいただいてありがとうございました。




