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わんだふる  作者: garashi
9/11

9話

 僕は汗でぐちゃぐちゃになりながら目を覚ました。どうやら夢を見ていたようだ。とても嫌な夢を。しかし、どんな内容なのかよく覚えていない。

 時計を見ると、午前7時を過ぎたくらいだった。目覚ましよりも少し早く目が覚めるあたり、体内時計は正常に機能しているらしい。


 目覚めは割と酷かったが、シャワーで寝汗を流していくうちに気分が晴れてくる。今日はこのまま気持ちよく一日をスタートできそうだ。シャワーを浴び終えて髪を乾かそうとドライヤーに手を伸ばす。


「ん?」


 妙だ。昨日の夜とどこか様子が異なる気がする。


「あっ……」


 ドライヤーの向きが違うことに気が付く。僕はいつも風が出るノズル部分が手前になるように、洗面台の右側のフックにドライヤーをかけている。癖というほどではないが、スリッパを揃えているように、毎日無意識にそうしているはずだ。今、目の前のドライヤーはノズルが奥向きになっている。

 手に取ってみるも、ドライヤー自体に特におかしな点は無い。気にしすぎかなと思ったそのとき、ノズルの奥に何かが見えるのに気が付く。


「これは、何だ……?」


 よく見えないが、白い布の様なものが見える。確認しようとノズルを回して取り外した時、奇妙な臭いに顔をしかめる。子供の頃、親の運転する車に乗っていたとき、ガソリンスタンドで嗅いだ覚えのある臭い。この臭いはガソリンの匂いだ。

 ドライヤーのノズルを外すと露出する、細い線の網。その網の奥にある蛇腹状に集中している電熱線に、白っぽい布が挟み込まれている。よく見ると、その布は黄色く湿っている。ガソリンの匂いがするということは、この布はガソリンで濡れているということか。


 ノズルの外れたドライヤーを呆然と見つめる。この蛇腹状の細い電熱線は、どういった役割を担っているのだったか。中学生くらいの頃に、水の入ったビーカーに電線を入れて電気を流すという実験を、理科の授業でやったことを思い出す。電流を流すと、ビーカー内の水の温度を測る温度計の赤液が、どんどん上昇していった。ドライヤーの電熱線もきっと同じ用途なのだろう。であれば、その熱源にガソリンで濡れた布を密着させた状態でスイッチを入れたら……


 鼓動が大きくなる。一体何なんだこれは。昨日、寝る前に髪を乾かした時はこんなもの無かったはずだ。

 そこで思考が止まる。違う、止まったのではない。脳がそれより先を想像することを拒んでいるのだ。恐ろしい考え。僕が昨日眠りについてから、何者かが家の中に侵入したのかもしれない。


 昨日のニュースが脳裏をよぎる。殺人鬼は家の中にも侵入する。



 結局、その日は家から出ずにこもっていた。警察に連絡することも考えたが、犯人に全く心当たりがなく、実際に怪我をしたわけでもないので、取り合ってくれないだろうと考えたからだ。それに、もしかしたらドライヤーは買ったときからああなっていたのかもしれない。いや、きっとそうだ。殺人鬼が侵入したとして、どうしてこんなまどろっこしいことをするのか。

 だが、あの細工が僕が寝ている間にされたものだとすれば。あのままドライヤーを使ったら、どうなっていたのか。

 ……ただ単に、警察に相談して騒ぎを大きくすることが嫌だったのかもしれない。こんな時でさえ面倒事を嫌う自分の性格に嫌気が差す。


 携帯に目を落とす。表示されている時刻は夜の8時くらいだ。今日はシャワーを浴びなくていい、浴びたくないと思いベッドに横になる。


 最近何かがおかしい。いつからおかしくなったのだろうか。あのアパートを清掃した日からだ。

 あの時のことを思い返す。確か、犬を見た。いや、犬を見たと勘違いしたのだ。……本当に勘違いだったのだろうか。あの時、玄関が閉まった音で驚いた後、すぐ後ろに犬がやってきたのではなかったか。そして、口を開けて……気を失う寸前に、何かの声を聞いたような気がする。


 そのとき、わんっという犬の鳴き声が聞こえた。


 目が見開き体が硬直する。犬。犬の鳴き声。いやに近くから聞こえてきた。あの日、アパートへ向かう際にも聞いた鳴き声とそっくりだ。

 あのときはどこから聞こえてきたのか、距離感すら分からなかった。しかし、今の鳴き声は明らかにこの窓の外、すぐ近くから聞こえてきた。

 わんっ。二回目の鳴き声が聞こえた。まるで僕へ向けた鳴き声のようだ。

 確実にいる。犬がいる。おそるおそる窓に近づき、カーテンを少しだけ開けてみる。外は真っ暗だ。街灯の明かりだけが、闇をぼんやり照らしている。


 その明かりに照らされて、犬が一匹、庭にいた。

 奥の茂みから半身を出し、こちらをじっと見ている。ひっ、とか細い悲鳴をあげてしまう。足が震える。あいつだ、あのとき部屋の中にいた犬だ。僕を食い殺しに来たのか。


 犬がこちらに向かって歩き出す。まずい、逃げないと。僕はカーテンを閉め窓から離れると、うまく動かない足を必死に動かし玄関に向かう。外に出ようとドアノブに手をかけようとしたとき、ふと思った。外にあの犬がいるのに、ここから逃げて大丈夫なのか? 回り込んで来て、この扉一枚向こうにいるのではないか?あの時のように。


「あ、あけてくれ」


 突然声が聞こえたかと思うと、何者かが弱々しく玄関を叩く。飛び上がりそうになるも、冷静になろうと努める。どこかで聞いたことのあるような声だったが、あの犬に襲われている人が助けを求めているのかもしれない、と慌てて解釈する。だとすれば助けなければ。少なくとも、この扉の前には助けを求める人がいるのだ。

 素早く玄関を開けてそこにいる人を中に引っ張り入れ、すぐに閉める。そうすれば大丈夫だ。妙な義務感を覚えながら、僕は意を決して玄関扉を開ける。


「大丈夫ですか!?」


 あの犬が、目の前にいた。

 想定外の状況に混乱する。いけない、早く閉めないと。しかし、混乱したせいで反応が遅れてしまう。

 一瞬のうちに、犬がするっと入ってきた。

 声にならない悲鳴を絞り出しながら、尻もちをついて後ずさる。僕の馬鹿野郎っ! 何で玄関を開けた。何ですぐに閉めなかった。


 犬は雨でびしょびしょに濡れている。水を滴らせながらゆっくりと僕に近寄ってくる。背中がぶつかる。寝室のドアまで後ずさったのだ。このドアを開けて中に逃げないと。しかし、犬が僕の目と鼻の先まで来ている。生々しい犬の息遣いに体が震える。殺される、そう思い目を閉じた。その時。


「う、うわあぁ!?」


 突然、目の前の犬が体を勢いよくぶるぶると振るわせる。水しぶきが廊下に、そして目の前の僕に飛び散る。

 いきなりのことに呆然となってしまう。すると、犬が僕を見上げ――――


「か、体拭いて」


 話しかけてきたのだ。

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