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わんだふる  作者: garashi
6/11

6話

 その後は電話で上沢に本日の作業が終了したことを伝え、車の荷台に処理する家具等を載せて会社に戻った。その際に、上沢はアパートの一階に居を構えているとのことだったので、直接会って鍵を返却した。どうやら賃貸部分は狭い1kの部屋しかないようだが、大家夫婦は2DKほどの広めの部屋に住んでいるようだ。清掃した部屋を確認するか聞いたところ、別にいいとのことだったのでさっさと戻ることにした。大家である旦那はいないのか聞いてみたところ、持病が悪化して通院しており不在とのことで結局会えず仕舞いだった。

 会社に戻ってからは、小路さんに小言を言われつつ作業報告をして、いくつかの事務作業を済ませてから会社を出た。


 結局、家に帰り着いたのは20時過ぎだった。

 作業をした日は家に帰るとまずシャワーを浴びる。作業着は全身を覆う防護服みたいなものだが、それでもやはり臭いは多少体に着いてしまう。最近は自分が臭うのかどうかあまり分からなくなってきたが。

 

 シャワーを浴びてすっきりしてから、僕は自室のベッドにごろんと横になる。そして、今日の事を思い出す。今日の現場は異様であった。おかしなことがいくつも起こった。しかし、実際に何か危ない目にあったわけでもないので深く考えない方が良いと結論付ける。気絶はしたが、あれは疲労が溜まっていたところで少し精神的に摩耗しやすい現場に入ってしまったからだ。とにかくさっさと寝てしまおうと電気を消す。変な疲れは残しておきたくなかった。

 明日は敏子との約束があるのだ。


 

 翌朝、目覚ましの音で目が覚める。目覚ましは平日も休日も同じ7時半に設定している。休日に遅く起きるとリズムが狂って余計辛くなってしまうからだ。敏子との待ち合わせは12時なので、それまではゆっくりしようとテレビをつける。朝の天気予報をやっており、お天気お姉さん曰く都内は今日も雨が降るとのことだ。それだけではなく、当分の間はずっと雨が降るだろうと言っている。カーテンを開けてみると確かに外は雨が降っている。

 僕の部屋は低層マンションの1階にあり、窓の外には小さな庭のようなスペースがある。そこには多少の草木が生えており、小さな茂みのようなものを形作っている。その茂みの葉っぱが雨に打たれて小刻みに揺れている。今年は遅かったが、どうやら完全に梅雨入りしたようだ。


 ベッドで横になったままあくびをしてテレビを見ていると、ふと自分が違和感を覚えていることに気付く。そして、どこかで感じたこの違和感の心当たりを思い出し、息をのむ。これは、昨日の視線だ。

 一晩経って忘れかけていた昨日のアパートでの事が一気にフラッシュバックする。体が緊張して感覚が研ぎ澄まされる。視線の主が近くにいるのかもしれない。


 どれだけじっとしていたのかは分からないが、いつのまにか視線を感じなくなった。気のせいだ。そう自分に言い聞かせる。時計を見るといつの間にか11時になっていた。そろそろ支度をしないといけない。敏子は遅刻を嫌う。一度機嫌を損ねるとなかなか彼女は許してくれない。そうなった彼女の相手をするのは今の僕には少々荷が重いので素早く身支度に入る。


 寝癖を直し着替えてから靴を履き玄関を開ける。そして振り返って鍵をかけようとしたとき、妙なものが視界に入る。


「……何だこれ」


 扉にある郵便入れの口の部分が黒く汚れている。よく見ると油のような、粘性の強いものが少し付着しているのだ。もっとよく見ようと顔を近づけたとき、腐臭が鼻を突いた。予想外の感覚に、思わず後ろに仰け反る。これは、この臭いは、現場の臭いだ。腐った人間の死体から染み出したどす黒い体液の臭いだ。今までの現場で嗅いだ、そして昨日のアパートでも嗅いだ臭いだ。そして、その臭いのするこの粘液は、腐った体液ではないのか。


「な、何で」


 わけが分からない。一体何故、僕の家の玄関の扉にこんなものが付着しているのか。

 先ほどの視線を思い出す。いや、それとは関係ない。第一、あの視線も僕の勘違いか何かだ。この体液も昨日服か何かに着いていたのだ。それが帰ったときにこの扉にも着いてしまったのだ。そうだ、そうに違いない。そうでないとおかしい。僕は何とか自然な理由をこじつけるように考え出す。そして一度家に戻って手を洗い、玄関扉を綺麗に拭いた。これで元通りだ。おかしなことは何もなかった。早く駅に向かわなければ。これからデートなんだ。

 僕は逃げるように自宅を後にした。

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