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わんだふる  作者: garashi
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1話

 昔、飼っていた犬が死んだ。

 名前は忘れてしまった。黒い毛並みで少し大きめの、僕にあまり懐いていない犬だった。ある日珍しく僕が散歩に連れていったとき、目を離したすきに何か悪い物を食べてしまって体調を悪くした。そしてそのまま数日で死んでしまった。


 懐いてくれてなかったからだろうか、特に悲しいとも思わなかった。けれど、犬のいない家の中はなんだかさみしく感じた。どうしたら懐いてくれたのだろうかと、わずかながらに後悔しながら考えた。次にペットを飼うならきっと仲良くなろうと思った。


 それ以来、我が家は生き物を飼っていない。


     ****


 7月、都内で死体が発見された。

 家賃が月3万円という、都心の一等地付近の立地にしては破格の物件だが空き部屋が目立つ、築年数は60年は超えるのではないかというボロボロのアパートで見つかったらしい。


 僕が勤務する清掃会社の事務所に連絡があったのは夜の8時を過ぎた頃であろうか。事務所を閉めようとしているときに電話が鳴り、僕が対応した。受話器の向こうで上沢と名乗るその男は、年寄り特有のかすれた声で清掃の依頼をしてきた。そのかすれ声で聞き取りにくかったが、要約するとこういうことらしい。


 自分はアパートの大家であり、その一室で人死にが出た。死亡したのは一人暮しの老いた男性で死因は吐瀉物を喉に詰まらせたことによる窒息死。一人で深酒をし眠り込んだ後、そのまま嘔吐し吐瀉物を喉に詰まらせた。その後、異臭がするとの苦情を受け合鍵で中を確認して発覚した。警察に通報し、現場検証を含めた一連の捜査も済んだので部屋を綺麗にして欲しい。


 ここまでは過去に何件も扱ってきた案件と同じような当たり障りのない依頼内容だった。現場の大まかな状態や希望する回復レベルといった内容を確認し、後日顔を合わせて正規の手続きを進める旨同意し電話を切ろうとしたとき、電話の向こうの男がさらに小さい声で聞いてきた。


「あの、作業は何人ほどでしていただけるのでしょうか」


 何かに怯えるような、聞かれては困るというような感じのトーンだ。

確かに、あまり大人数で来られたら他の入居者に迷惑がかかるかもしれないといった心配はあるだろう。しかし、人数が少なければ清掃の日数が増えてしまうケースもある。大家からしたらさっさと綺麗にして再び貸しに出したいというのも本心にあるのだろう。


 これまでも人数が何人になるのかの質問は度々あった。今回の現場の間取りは聞く限りで約15平米程で、寝室自体は5畳程度ということでたいした広さではない。これくらいの面積の現場だとうちの会社は一人を派遣することが多い。もちろん処分するゴミや整理する遺品の量によっては狭くても複数人数を派遣することもあるのだが。

 その旨を伝えようとしたとき電話口からこれまで以上にかすれた、小さな声が聞こえた。


「なるべく多くの人数で来てくれませんか」


 すがるような、怒られた子供が許しを請うような、こちらが不安に駆られるような声色に感じた。予想外のリクエストに少し戸惑いながらも、人数自体は今すぐ決定するわけではなく後日の打ち合わせの際に詳細な情報をもとに弊社で判断するが、伺った間取りだとおそらく作業員は一人を派遣することになるだろうと答える。


「そうですか……」


 男は落胆したような様子でそう答えると、明日の打ち合わせの時間と場所を確認して電話を切った。

わずかに違和感を抱きながら僕も受話器を置く。


 はて、そんなに早く片付けて欲しかったのか。それとも何か他の事情があるのか。明日の打ち合わせの時にでも聞いてみるかと考え、資料作成に取り掛かる。


 今日は帰りが遅くなりそうだ。

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