島07.真中真の視点
真中真、37歳、身長175.
黒髪黒目。少し太めに見えるが脂肪は少なく筋肉質。
島07.真中真の視点
周囲の喧騒で目が覚める。
腕時計を見るとまだ夜中だ。
だが、誰かが点けてくれた篝火は消えていないし、月明かりの光度も高い。
周りを見ると人々が何かから逃げ惑っている。
その何かに対峙する人もいる。
自衛の為に手近に用意しておいた金属の棒を拾う。
周りをよく見ると何かはトカゲだと分かった。
コモドドラゴンに似ている。
頭に角が生えているから別種だろうが、それ以外はコモドドラゴンに似ている。
ああ、あと大きさが違う。
コモドドラゴンもかなりの大きさだが、こいつらは一回り以上は大きい。
手に持つ金属の棒を見る。
正直、これじゃ心許ない。
でも追い払う位ならできるか? いや難しいだろう。
武術の講習を受けた経験が有るから人間相手なら少しは自信が有る。
だがトカゲ相手に通用するとは思えない。
こんなことならトカゲ相手の技も習っておけば良かった。
まあそんなもんがあるか分からないし、今更言っても後の祭りだな。
とにかく逃げるしかない。
だが逃げると言ってもどこへ?
「きゃっ」
女性の短い悲鳴が耳に届く。
声の方を見ると、砂に足を取られたのか、転んでいる女性が居る。
その可愛らしい顔を昼間に見た覚えはあるが、名前までは知らない。
女性の近くには頭に角の生えた大きなトカゲが居る。
助けなければと思いつつ、俺にできる訳がないと躊躇する。
躊躇している間にトカゲが女性に近付いていく。
女性は立ち上がろうとする。
トカゲが距離を詰める為か加速する。
直後、トカゲの頭に向かって蹴りが飛んできた。
女性を助ける為に、男がトカゲに跳び蹴りをしたのだ。
この男は誰だか分かる。
医者の霧崎といったか。
凄い勇気だと思うが、大きなトカゲ相手に武器も無く挑むなんて無理がある。
トカゲはダメージがある様には見えない。
だがまあ、トカゲの表情なんて分からないからな。
意外とダメージを受けている可能性もある。
女性を庇うように立ち塞がる霧崎。
トカゲは霧崎を警戒しているようにも見える。
睨み合いが続くと思ったが、トカゲはあっさりと踵を返した。
森の中へと走って行く。
武器も持たずに追い払うとは……恐れ入ったとしか言いようがない。
女性に手を貸し、立ち上がらせる霧崎。
こりゃあ女性は霧崎に惚れたに違いない。
周りを見ると、騒動は収まっていた。
トカゲは何匹かいたが、一匹以外、森に逃げて行ったようだ。
その一匹は死体になっている。
頭がぐしゃぐしゃになっていて、なかなかグロい。
「トカゲを殺したのは誰なんだ?」
誰に聞くでもなく疑問を口に出してみた。
だが、誰も答えてくれない。
少し悲しい気持ちになる。
その後、皆で集まって話し合う。
トカゲは屍肉食だろうと推定し、飛行機の中の動かなくなった乗客を埋めることが決まった。
作業が終わると仮眠をとる。
仮眠から目覚めると霧崎に指導した武術講師の女性から俺も指導を受けさせて貰う為に森へと移動する。
穴掘りで同じ班になった霧崎にトカゲを撃退したことを褒めちぎり、武術経験があるのかなど質問をしつこく繰り返した。
そして武術講師の女性の話を聞きだし、約束を取り付けた。
質問を繰り返している最中、霧崎にトカゲから助けられた女性が俺を射殺さんかの様な目で見ていたが、気にしたら負けだし気付いたことを知らせるのも良くないだろうな。
森の中へ移動すると、高校生か大学生くらいの若者二人とそれよりいくつか年上そうな女性が二人、同年代の霧崎と明らかに先輩だろう五十代位の人、そして久し振りに見る女性が居た。
学生の時に武術を教えてくれた毛塚さんだ。
そうか霧崎に武術を教えたのは毛塚さんだったのか。
確かに毛塚さんは凄い武術講師だ。
武術マニアの友人の強烈な勧めで、毛塚さんの武術講習を受けたことが有る。
そこで暴漢に襲われた場合の対処法のいくつかを身体に覚えさせられた。
武術経験皆無だった俺が、実際に似たようなシチュエーションになった時に身体が勝手に動いて対応できた位だから、よっぽど教え方が上手いんだと思う。
因みに毛塚さんは先生と呼ばれるのを嫌うのでさん付けで呼んでいる。
そんな毛塚さんから教えを受けたのなら霧崎の強さも分かる。
と言いたいところだが、納得しかねる部分も有った。
だが一先ずはそのことを考えないようにする。
先に挨拶をしなければならない。
「お久しぶりです。俺のことを覚えてらっしゃるでしょうか? 真中です」
「あら? ええ、本当に久し振りね。随分と大人になったわね」
「毛塚さんは相変わらずお綺麗ですね」
「ふふ。でもまさか、こんな場所で再会するとは思わなかったわ。真中真君」
「フルネームで覚えて戴いていて光栄です」
「特徴的な名前だからね。ふふ、自己紹介も覚えてるわ」
「若気の至りと言う事で勘弁して下さい」
十年以上前、毛塚さんの武術講習を受けた際に、皆が自己紹介をした。
『俺の真ん中には真が有ります。真中真です』
そう言って変なポーズをしながら股間を指差すのが学生時代の定番だった俺は場の空気も読まずに同じことをした。
言った瞬間に場が凍り付いたが、毛塚さんだけ爆笑してくれた。
その瞬間は毛塚さんが下ネタ好きで助かったなんて思っていたが、講習が終わってよくよく考えたら場の空気を悪くしない為に毛塚さんが気を使ってくれたのだと思い、深く反省したんだ。
今回も集合した皆が自己紹介することになった。
今回は馬鹿なことは言わない。
真面目に自己紹介したつもりだが、毛塚さんは笑っていた。
自己紹介を受けて若者二人が朽木、片平、女性が門間さん、三宅さん、先輩が近藤さんと判明。
昨日、毛塚さんから武術指導を受けたのが医者の霧崎、若者の朽木、片平、先輩の近藤さん。
門間さん、三宅さんと俺が今回からの合流組だそうだ。
「本当はあと一人居るんだけど、今は気にしないでね」
毛塚さんはそう言うが、気にしないでと言われると逆に気になってしまう。
だが気にはなるが、今は毛塚さんの教えに集中しなければ。
他に色々と気になっていることの答えが有る筈だ。
「先ずはそうね、真中君は練気の型は覚えてるかしら?」
「え? はい、覚えていますけど……毛塚さん、気功については否定的じゃありませんでしたっけ?」
「そうね、でも真中君は信じてたわよね?」
「ええ、まあ、未だに信じてます」
「本当に? それは良かったわ。じゃあ是非とも練気の型をしてちょうだい」
「わかりました」
毛塚さんは俺にそれだけ言うと門間さんや三宅さんには軽功の指導を始めた。
俺は言われたとおりに練気の型を始める。
練気の型は気を練り上げる動作のことだ。
前に毛塚さんに気功について尋ねたら練気の型を教えてくれたが、気功については否定的だった。
信じていた俺は熱心に繰り返したが、結局は気功を感じることはできなかった。
結局、練気の型をやり続けることは辞めてしまったが、今でもしっかり体が覚えている。
そんなことを考えながら練気の型をしていると、不意に体が熱くなる。
練気の型をやる時は、目を瞑り体の中に意識を向ける。
だからだろうか? 身体の中に有る何かを感じる。
更に練気の型を続けると、その何かが大きくなり身体の隅々まで行き渡る。
「ふう」
一通りの動きを終えた俺は、一呼吸して落ち着こうと努力する。
だが、なかなか難しい。
なにせ今まで一度も感じなかった何かを、今は感じているのだ。
これこそが気功ではないか? いや、そうに違いない。
そう思い、ワクワクする心を落ち着かせることができない。
深い呼吸を何度か繰返し、少しだけ落ち着いた俺はゆっくりと目を開ける。
すると、周りの連中が俺に注目していた。
毛塚さんと近藤さん、そして霧崎が良い笑顔で俺を見ている。
朽木はキラキラした目で見ている。
片平は値踏みするかの様な目だ。
門間さんと三宅さんは不思議そうな顔をしている。
「嬉しいでしょ。今、感じているそれが真中君が憧れていたもの、と言っても良いかもしれないものよ」
「これが……」
「それを目に集中させることはできるかしら?」
毛塚さんに言われ、体の中に有る何かを動かせないか試してみる。
意識を集中し、動け動けと念じると、少しずつ動き始めた気がする。
手足から顔へと動かし目に集中させて留める。
目を開けても別世界を見ることはなかったが、大きく変わったことが有る。
門間さんと三宅さん以外の五人が半透明の何かを纏っている様に見える。
大きさは毛塚さんと片平が同じ位で次いで近藤さん、離れて霧崎と朽木か。
だが濃さという面においては毛塚さんが突出している。
次点は大きく離れて近藤さんで、そこから少し離れて他三人。
果たしてどんな意味があるかは分からないが、実に興味深い。
「なかなか面白いものが見えたでしょ?」
「ええ、でもこれって一体? これが気功なんでしょうか?」
「そうね……練気の型をやった結果、得ることが出来たのだから、そう言っても良いかもしれないけど……」
「違うんですか?」
「朽木君はこれを闘気と呼んだわ」
「ああ、漫画とかで言いますね。でも気功の方が正確だと思いますが?」
「そうかもしれないわね。だけど、彼がそう言うのならそれが正解なのよ」
「すみません、ちょっと意味が分からないんですけど?」
「そうでしょうね。でも彼を知れば分かるわ」
そう言うと毛塚さんは朽木という若者について詳しく教えてくれた。
そして詳しく教えられると、ますます意味が分からないと思った。
朽木には他人を見る力が有って、それはここが地球とは別の世界だと認識したことによって発動した能力である。
同じ様に毛塚さんも別の世界だと認識したことによって、武術を教える能力が前とは比べ物にならない程になったとのこと。
それは少し教えただけで素人が気功(闘気)や武術の技を使えるようになるレベルだそうだ。
だが地球とは別の世界なんて言われても俺はいまいちピンと来ないし信じられもしない。
一先ずなんとか理解したのは、三つ。
この場所には不思議なパワーが有るということ。
そのおかげで闘気を使えるようになったこと。
そして、霧崎がトカゲを追い払えた理由は毛塚さんに教わった闘気のお蔭ということだ。
ああ、もう一つあるな。
今の俺ならトカゲとも戦えるということだ。
正直、そうだとしてもできれば戦いたくはないが。
「とにかく朽木君と話してごらんなさい。彼の言うことなら何故か不思議と信じることができるから」
「はい、分かりました」
そうは言ってみたものの、朽木と話すのは正直面倒だ。
飛行機が墜落したら別の世界でしたって、そりゃあ無理があるだろうよ。
そう思っていた俺だったが、朽木と話し始めて五分で何故か不思議と意見が変わる。
そして意見が変わった瞬間、体を巡る闘気が力強くなったように感じた。
それは間違いではなく、目に闘気を集中させなくても他の人たちの闘気が見えるようになっていた。
断言する。
ここ、地球とは別の世界だわ。