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主人公の居ない集団異世界転移  作者: 十二月敬太
飛行機墜落事故から始まる集団異世界転移
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島04.近藤宗親の視点

近藤宗近こんどうむねちか、男、55歳、身長177。

独身かつ未婚だがゲイでも性的不能でも女性不信でもない。

黒目ロマンスグレーの紳士。

元会社経営者だが社長というよりは執事という印象。

島04.近藤宗親こんどうむねちかの視点




「だって、ここは地球とは異なる世界、異世界ですから」


 そう朽木君は言った。

 その言葉に私は答えを得たと思い、自然と感嘆の声を漏らしていた。

 この島に来てから、いや、正確には飛行機が墜落する少し前から私は身体に力が漲るのを感じていた。

 それまで有った病気の治療薬による慢性的な身体の気怠さが消え、まるで新品の身体に交換されたかのようだった。


 墜落の最中や直後であれば、死に直面することによって脳内麻薬が分泌され、力が漲る可能性もあるだろう。

 だがそうではなく、窓の外で何かが光った直後に力が漲った。

 その時の飛行機は安定していたし、私は死に直面などしていなかった。

 この力の漲りはなんだ? と思考していたら、衝撃があり、飛行機が墜落した。


 墜落後も自分が思っている以上に身体は動いた。

 年甲斐も無く張り切ってしまった、と言うより張り切れてしまった。

 高揚し、動き続けた。

 だが高揚がおさまると、自分が自分で無いような感じは疑念に変わった。

 自分はどうしてしまったのだろう? だが答えは得られようがなかった。


 そして空に星が見える頃、驚くべきことに気付いた。

 私の知る星座が見当たらない。

 最も分かり易いはずの北極星すら見当たらない。

 可能性は低いが南半球であることも考慮し、空を見たが南十字星すら見当たらない。


 とんでもない考えが私の頭を支配した。

 近くに居たからという理由だけではなく、彼女になら私の考えていることを言っても大丈夫だと直感的に思えた私は毛塚さんにとんでももない話をしてしまった。

 彼女は肯定こそしてくれたが、残念なことに答えを得たとまでは感じられなかった。


 だが朽木君の言葉によって答えを得られたと感じた。

 私に漲る力も空の星々が未知のものであることも、何かしらの有り得ないことが起きているのだと確信にも似た何かが私の中にあった。

 その答えがここは異世界であるということなのだ。


「これは……」


 暫しの思考の後に、ここが異世界であるということを真実であると認識すると、私の中の漲る力がより活性化しているのを感じた。

 なぜそうなったのか? 答えはきっと朽木君が持っているだろう。


 確かなのは一つ。

 ここが異世界であると認識すれば、自分の中の何かが覚醒するということだ。

 それが何かは分からないが、その答えもきっと朽木君が持っているだろう。


 私は彼に話しかけようと目を向ける。

 彼は毛塚さんに気功なるものを行わせようとしていた。

 毛塚さんは舞の様な美しい動きをしていく。

 とても骨折しているようには思えない美しい動きだ。

 話によると古武術の動きだそうだが、武骨なものでは無く、洗練されていて非常に美しい。

 武闘は舞踏、そんな言葉を思い出した。


「凄い!!」


 朽木君が興奮している。

 そして声にこそ出さないが私も興奮している。

 それが何かは分からないが、高密度のエネルギーの様なものが毛塚さんを覆っているのが分かったからだ。

 だが興奮していない者もいた。

 片平君だ。


「いったい何が凄いんだ?」


 朽木君を訝しんでいる。

 まるで毛塚さんの身体を覆う高密度のエネルギーが見えていないかのようだ。

 いや『ようだ』ではなく、実際に見えていないのだろう。


「片平君、君には毛塚さんが踊っているだけの様に見えるのかい?」

「え? はい。近藤さんも、そうですよね? え? もしかして近藤さんにも朽木が興奮する凄い何かが見えているんですか?」


 片平君の表情は可哀想になる程の悲哀に溢れていた。

 毛塚さんと私の名前を言い当てたことから予想できる。

 朽木君は私にも見えている高密度のエネルギーとは別にいくつかのものが見えている。

 それを片平君は理解しているが、自分には何も見えない。

 そのことに劣等感があるのだろう。

 ここで私が見えると言えば、それは更に大きくなるかもしれない。

 だがそれでも一つのある確信をもって私は彼に見えると言おう。


「朽木君より見えているものは少ないだろうが、彼と同じように毛塚さんが不思議な現象を起こしているのは見えているよ。それにそれが見えている理由も分かっていると思う」

「見えている理由?」

「ああ、ここが異世界であると不思議なことに私は信じることができてしまった。すると毛塚さんの身体を覆う高密度のエネルギーのようなものが見えたんだよ。ここが異世界であると信じてごらん。きっと見えるから」

「あなたみたいな大人まで異世界なんて言い出すんですか!?」


 片平君は怒気の含まれた大きな声をあげた。

 幸いなことに周囲の注目は集めていない。

 周りの目が有るよ? と目線で促してみると彼は渋々ではあるが落ち着きを取り戻していく。


「残念ながら、ここが異世界だと君に証明することはできない」

「じゃあ、なぜ異世界だって言うんですかっ!?」

「私は星座には少し詳しいから、ここが異世界だと信じることができたんだ。そして、そう信じたら見えないはずのものが見えるようになった」

「そんな!? じゃあ俺はどうすればいいんですか!?」


 また少し片平君が感情的になっている。

 恐らく焦っているのだろう。

 朽木君だけが言っていたことを私も認めてしまった。

 自分も早く見えていないものが見えるようにならなければいけない。

 そんなところだろうか。


 恐らく一番の近道はここが異世界だと信じることだ。

 そう思って提案したが、今の態度だ。

 彼は何かしら分かり易い事象が起きなければ納得しないのかもしれない。

 それを見せる事ができれば良いのだが私にはできない。

 頼りは毛塚さんだが、あの高密度のエネルギーの様なものが片平君には見えていない。

 どうすべきか……


「片平君、近藤さん。ちょっと朽木君と一緒に森の方に行きましょう」


 困っていると毛塚さんから助け舟が来た。

 勿論了承する。片平君も然り。皆が歩き出す。

 そこで有り得ないものを見て驚愕する。


「毛塚さん、その足?」

「なんだか治っちゃったみたいです」


 そう言って照れ笑いする毛塚さんは魅力的だったが、それよりも骨折していたはずの足で歩いている彼女の姿に注目してしまう。

 数時間で骨折が治るなど有り得ない。

 まさに超常の力であり、分かり易い事象だ。

 これこそが異世界である証明だと片平君に言おうかとも思ったが、骨折していたことを証明できない。

 考えてみれば、疑おうと思えば私だって毛塚さんの骨折を疑える。


「ここなら他の人の目を気にせずに済みますね」


 森の中に入り、篝火の灯りは届くものの海岸からこちらの様子が見えそうもない場所まで来ると、朽木君はそう言った。

 その言葉はこれから何か悪い事をするかの様に聞こえた。

 だが私はわくわくしていた。

 これから起こるだろう事に期待しているのだ。


「じゃあ、これから」

「何をしているんですかっ!?」


 朽木君が何かを言い始めると、それを遮る様に大きな声を出しながら医者の霧崎君が現れた。

 その表情から何か言い咎めようと追いかけてきた事が分かる。

 骨折している毛塚さんをこんなところに連れ込んだ事に関してだろう。

 私は言葉に窮するだろうと思ったが、彼を宥めるのは年長者である自身の役目であると感じ、説明を試みた。

 始めは頑なに信じなかった霧崎君だったが、私の説得と朽木君の補助説明で次第に理解し始めた。

 自身の診断結果である毛塚さんの骨折が例え誤診であったとしても歩ける状態ではないはずなのに歩けていることが一番の理由であるようだ。

 だがまだ100パーセントの信用ではないだろうことは見れば分かる。


「霧崎さんはまだ半信半疑と言ったところですよね? じゃあこれから毛塚さんが信じられない事をしてくれますから、それを見て判断して下さい」


 朽木君がそう言うと毛塚さんは軽く膝を曲げる。

 直後、跳躍した。

 目の前で起きているのに自分の目を疑ってしまう程の高さだ。

 走り高跳びの世界記録の高さに設定されたバーを近くで見たことが有るが、その高さを優に越している。

 そして木の枝に乗った。

 驚愕の表情で毛塚さんを見る霧崎君と片平君。


「軽功と言われる技よ。でもこれほど高く跳べた経験なんてないわ。まるで映画や何かみたいね」


 音も無く着地し、口を開く毛塚さん。

 自身でも信じられないのだろうか、少し高ぶっている様に見える。

 霧崎君と片平君が毛塚さんの跳躍を見て、感じるものが無かったとは思えない。

 二人はどう出る?


「私の歯を見て貰えませんか?」


 少しの沈黙の後、霧崎君が二つの意味で口を開いた。

 私に向かって口を開ける霧崎君の口の中を見る。

 どの歯も白く輝いており、治療の後も無い様に見える。


「治療の後がないなんて素晴らしいね。綺麗な歯だよ」

「やはりそうですか……」


 そう言って黙り込む霧崎君は思考しているのだろう。

 霧崎君が沈黙すると今度は片平君が口を開く。

 その言葉を聞いて、彼を説得する術は最早無いのではと思った。

 彼は異世界である事を認めない事にムキになっていると思わずにいられなかった。

 彼は毛塚さんが素晴らしい技を持つことを称えたが、それがここが異世界である事を証明するものではないと言ったのだ。


 確かにその通りかもしれない。

 だがそこまで意固地に認めないものだろうか。

 あるいは私や毛塚さんや霧崎君が異質なのだろうか。

 私は彼に掛ける言葉が見つからなかった。

 その代わり、霧崎君が彼に声を掛ける。


「片平君だっけ? 君は歯の治療経験はあるかい?」

「え? 有りますけど、それがなんです?」

「これで口の中をチェックして」


 そう言うと霧崎君はポケットから鏡のついたエチケットブラシを取り出し、片平君に渡した。

 片平君は素直に口の中を確認すると、驚きの表情を浮かべた。

 そして私が予想していた事を言った。

 この身体が前と変わっているとしても、ここが異世界である証明にはならないと。


 霧崎君は確かにそうだねと彼を肯定した。

 そして無理にここが異世界であると思う必要はないと言った。

 私も同意だが、それだと片平君の望む見えないものが見えて来る現象が起こる可能性が低いだろう。

 それでいいのだろうか。


「片平が異世界でないと思うなら、それはそれで良い。ここが異世界であるなら、ここが異世界である事実を突きつけられる時が来る」

「むしろ異世界でない事実を朽木が突きつけられる時が来るかもしれない」

「そうだな。その可能性もある」

「だったら異世界だなんて言うなよ」

「それは個人の意見として自由だろう? 混乱を先導した訳でもない」

「俺は混乱している」

「それはごめん」

「いいんだ。俺も意固地になっている部分はあると思う」

「そうか、でも片平はそれでいい。ただ、事実が分かるまでは疎外感を受けるかもしれないけど、そこは耐えてくれとしか言えない。悪いな」

「ああ」

「それに俺やほかの人たちが見えているものは直ぐに片平も見えるようになるから」


 朽木君が私の疑念にまた答えをくれた。

 片平君は分かったよとあっさりと了承した。

 これが友人同士の信頼関係なのかもしれない。

 私はそんな二人をなんだか眩しく感じた。

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