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主人公の居ない集団異世界転移  作者: 十二月敬太
飛行機墜落事故から始まる集団異世界転移
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島02.片平幸助の視点

片平幸助かたひらこうすけ、男、18歳、身長172。

黒髪、黒目。中肉中背。真面目そうだが神経質そうな顔でもある。

学業は優秀だがメンタルは少し弱い。

島02.片平幸助かたひらこうすけの視点




「たぶん俺たちは異世界転移している」


 専門学校のクラスメイトであり、恩人でもある朽木から突拍子もないことを言われて呆然としている。

 確かに携帯電話は海外でも通話できるようにしたのに圏外だ。

 だけど、俄かには信じられない。


 異世界転移といえば、俺の好きなネットで見られる小説のサイトでよくあるジャンルだ。

 つまり創作物だからこそのものであって現実的じゃない。

 そんなことが起こり得る訳がない。


 というか、むしろ起こって欲しくない。

 あれはフィクションで楽しむものであって、自分にとってのノンフィクションなんて御免だ。

 だけど、朽木の言うことなら信じたい。 そんな思いが有るのも事実だ。


 俺は鼻炎持ちだ。

 鼻詰まりは年中で、それを馬鹿にする奴は多い。

 ずっと笑って聞き流して生きていたが、怒りは蓄積していた。


 どこかでなんとか発散したい。

 馬鹿にする奴らに怒りをぶつけたい。

 そんな風に思ってしまっていた。


 だから高校を卒業した頃にアーミーナイフを購入した。お守りの様な物、のつもりだった。

 鞄に入れているアーミーナイフで馬鹿にしてきた相手の喉を切り裂く妄想をすることで怒りを抑え込んでいたからだ。


 だがいつしか抑え込みきれなくなった。

 そしてある日、クラスメイトがしつこく中傷して来た時に俺は怒りが爆発しそうになった。

 鞄に手を入れてアーミーナイフを抜く準備をし、次に何か言ったら喉を切り裂いてやると思った。

 今、考えるとゾッとするが当時はそう思ってしまった。


 だがそこで朽木が間に入った。

 俺を宥め、俺を馬鹿にしていた奴には上手に警告した。

 得意の人間観察の賜物かもしれないが、どうやって朽木が俺の殺意を知ったかは分からない。

 とにかく、お蔭で犯罪者にはならずに済んだ。


 そしてそれが切っ掛けで朽木と仲良くなった。

 しかも朽木と友好を深めるうちに鼻炎の事はそんなに気にならなくなった。

 だけど未だにアーミーナイフはお守りとして持っている。

 勿論もう妄想することは無いし、自分への戒めの意味もある。


 なんにせよ、そんなことが有ったから俺は朽木を恩人だと思っている。

 そう思わない人も居るだろうが、俺は恩人だと思っている。

 その恩人の言う事だから信じたい。

 だが……信じられない。


 ただ、さっき朽木は手を握ったり開いたりして見せた。

 朽木の左手は事故の影響で少し動きがぎこちなく、俺がさっき見たように高速で握ったり開いたりできないはずなのにそれをやってみせた。

 俺の鼻炎も症状が出ていない。

 それに禿げの人だ。


 禿げの人については最初に空港のロビーで見かけた。

 車椅子に乗っていて受付と少し揉めていた。

 その次は飛行機の搭乗口へと向かう通路への入り口付近だ。

 禿げの人はそこでも少し揉めていて、エキサイトしたのか車椅子が倒れ、転げ落ちてしまった。

 俺と朽木は他の人たちより手続きが早く終わったので、早めに飛行機に乗り込もうとしていたから、偶然その場に居合わせた。

 車椅子から転げ落ちた禿げの人を見て、急いで駆け寄ろうとしたが、朽木に止められた。


「助けられたいとは思っていないかもしれない」


 朽木はそう言った。

 禿げの人は懸命に車椅子に戻ろうとしていた。

 航空会社の人が手を貸そうとすると、助けは不要だと強い口調で言っていた。

 そんな禿げの人を追い越し、俺と朽木はかなり早く飛行機に乗り込んだ。

 しばらくすると、禿げの人がやって来た。

 禿げの人は航空会社の人たちに抱えられていた。

 本来は便宜が図られるはずだと記憶しているが、禿げの人は一般席に座った。

 その表情は恥ずかしさと怒りが混ぜ合ったような複雑な表情で、それが当人にとって嫌なことであるのは明白だった。

 そして抱えられていることから歩けない人なのだと明確に理解した。

 両足にギブスをしているという訳でもなかったので、下半身不随かもしれない。


 その禿げの人がさっき見た時には立っていた。

 そして今は歩いている。

 禿げの人が何らかの事情で歩けない演技をしていたというだけなら、可能性はゼロではない。


 だが俺の鼻炎の症状が出ずに記憶に有る限り最高のコンディションで、朽木の左手が不自由だったのが演技で、禿げの人が歩けない演技をしていた可能性よりも、なんらかの理由で飛行機に乗る前にあった俺たちの身体の不具合が治った可能性の方が高い気がする。

 いやむしろそうとしか思えない。

 だがそこから異世界転移という発想に俺ならいたらない。

 だから俺は朽木に聞いた。


「どうしてそう思うんだ?」

「最初は幻覚や夢を疑った。現時点でも疑ってはいる」

「ああ」

「ただ、現実であると前提した場合、この異変を説明するのに一番しっくり来たのが異世界転移なんだ」

「だから、どうしてだ?」

「ああ、すまん。その質問には答えていないな。そうだな、片平に勧められた例のサイトのとある小説の設定を思い出したのが切っ掛けの1つだ」


 朽木は前置きが長い。

 別に苦痛ではないが、答えを聞きたい時にやられると焦らされる。

 そしてイラッと来る。

 思わず口調が荒くなってしまった後ろめたさが有るが朽木も悪い。


「とある小説?」

「そうだ、タイトルは忘れたけどな。設定が印象的で覚えていた。要約すると地球から異世界に転移した主人公は記憶、あるいは魂だけが転移していて、肉体は転移先で構築されるって設定だ。ちなみにその主人公も身体の不具合が治っていた」

「いや、だとしてもそれじゃあ」

「説得力が弱いって言いたいんだろ?」


 そう、朽木の言う様に説得力が弱い、というか無いと言ってもいいほどだ。

 その発想に至った理由としては分からなくはないが、異世界転移はどう考えても現実的じゃない。

 それに身体を構築って。

 じゃあ、元の身体はどうなったんだよ。

 元の身体を再構築したってことか? 意味分からん。

 むしろ何らかの超常的な力で身体が変化した、とかの方がまだ分かるが……って、それでもフィクションの現象だ。


 とにかく、信じたいがとても信じられない。

 誰も信じないだろ、こんな話。

 そんな思いで黙っていると、朽木が話を続けた。


「それに俺は思い出したんだよ」

「何をだ?」

「墜落の少し前に見たものさ」

「記憶が戻ったのか?」

「まだ、曖昧な部分もあるけどな」

「それは良かったな。それで? 何を見たんだ?」

「片平は墜落の前に外が光ったって言ってただろ?」

「ああ」


 墜落の直前という訳じゃないが、少し前に外が光ったのは確かに記憶している。

 雷による墜落事故の可能性はゼロパーセントではないというのを何かで見た記憶がある。

 だから外の光は雷だったとなんとなく思っていた。


「あれな、雷じゃないんだ。俺は窓の外を見ていたから分かる。あれは魔法陣が光ったんだ」

「魔法陣? それってファンタジー創作物によく出る魔法陣?」

「そうだ。外を見ていたら光の線のようなもので魔法陣が構築されていった。少しするとその魔法陣が眩い光を放ったんだ」

「ちょっと待ってくれ」


 それは本当に見たものだろうか? そんな疑問が頭の中に浮かぶ。

 異世界転移をしていることを現実に起こったことだと自分自身に納得させるために朽木が自分の記憶を改竄しているか新たに創作している可能性だってある。


 だけど、その疑念は俺へと向けることもできる。

 異世界転移していることを信じたくない、認めたくないから朽木を疑っている可能性だ。

 朽木を信じたいと思いつつ、異世界転移を信じたくないのではないか? そう自分に問いかけてみる。


 分からない。

 俺は朽木の顔を見て困った表情を浮かべた。

 すると朽木はまた話し始めた。


「いきなり異世界なんて言われて信じられないのも無理はない。今は気にしなくていい。俺が馬鹿なことを言っていると思ってくれていい」

「そうか」


 相槌を打ちながらも朽木は墜落事故のショックで少しおかしくなったんじゃないかという疑念が頭を過ぎる。

 朽木の様子を見る。

 また生存者たちを観察しているようだ。

 何かを納得したようで盛んに頷いている。

 そして不意に俺の方を向いた。

 なんだか後ろめたさが有って少し驚いてしまった。


「なあ片平、いつもメモ帳を持ってたよな? 今も有るか? 有ったら紙を何枚かくれないか? ボールペンは持っているけど紙が無くてさ」

「これで良いか?」


 持っていたメモ帳の何も書いてないページを何枚か破って渡す。

 朽木はありがとうと礼を言った後に、紙に何かを書き始めた。

 しばらくすると書いた紙を折り畳み、俺に渡してきた。


「開かずに暫く持っていてくれ。それと、ちょっと付き合ってくれ」


 そう言うと朽木は立ち上がり、歩き始める。

 話声は聞こえない距離だが、他の乗客たちよりかは一番近い位置に居る中年位の男女二人組の座っている場所に向かっているようだ。


「初めまして、こんにちは」


 そう言って気さくに声を掛ける朽木に合わせて俺も会釈する。

 男女二人組も挨拶を返してくる。

 三十代後半から四十代前半くらいだろうか、うちの両親より少し若い。

 朽木は、体調はどうですか? 吐き気や頭痛は有りませんか? と気遣い、救助が早く来ると良いですねと前向きな発言をする。

 その後は自己紹介だ。

 俺と朽木が名前を伝えると相手の二人も教えてくれた。

 佐藤さんと鈴木さんで、夫婦かと思っていたが会社の同僚だそうだ。

 その後に、救助が来るまでの暇潰しと言っては何ですがと笑いながら、お二人がどんな人物か当てさせて貰えませんか? とお願いする。

 勿論、体調が悪くなければですけど、と付け足すのも忘れない。

 その前に体調が悪くないことを確認しているのだから相手は断りようがない。


「占いみたいなものなんですけど、ちょっと趣味で勉強してまして」


 そう言うと、まずは佐藤さんの方から当てていく。

 柔道経験者であることを当てたことから始まり、仕事や家族構成、気質なども正確に当てていく。

 暫し観察し、その人がどういう人物かを的中させる。

 それは朽木にとってはそう難しいことでは無いことを知っている。

 俺も以前に当てられたことが有るからだ。

 どんなトリックがあるかは分からないが、朽木の観察は相手の何かが見えてる。

 紙に書いてあるのはこのことだろう。

 だがそれを俺に見せてどうする? その能力は知っている。


「ありがとうございました」


 朽木は鈴木さんのことも当てまくった。

 驚いた二人は種明かしを強請っていたが、朽木が何か言うと何故だか不思議とあっさりと引き下がった。

 朽木は礼を言うと歩き出す。

 俺も二人にお礼を言い、すかさず朽木の後を追う。


「さっきの紙、見てみて」


 その言葉を受けた俺は紙を取り出し、畳んであったそれを開いていく。

 あの二人がどういった人物か書いてあるのは予想済みだ。

 だから驚きはしない。

 そう思いながら、書いてあることを見ていく。


「え?」


 紙には予想通り、それぞれどういった人物か書いてあった。

 そして最後に、二人の名前が書いてあった。

 そこで、紙に書いた時点では知り得なかったはずのことが書いてあることに気付いてしまった。

 どうして? なんで事前に知っていた? 言いようのない不安感が襲ってくる。


 いや待て、偶々二人のチケットを見たとかで知っていた可能性はある。

 というかそうとしか考えられない。

 落ち着け、単純に聞いてみればいいだけの話だ。

 朽木に確認しよう。


「なあ、朽木」

「ん?」

「なんで、佐藤さんと鈴木さんの名前を」


 朽木に確認しようとしたその時、大きな地響きがした。

 思わず、その音の方向を向く。

 少し遠くで地響きがするたびに山の木が倒れていくのが見える。

 そして、最後に獣の咆哮に似た大きな音が聞こえた。

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