島19.弓田美子の視点
弓田美子26歳。身長162
黒髪ロングの清楚な印象。反して口が悪いがTPOはわきまえている。
通訳や翻訳の仕事をしている。
島19.弓田美子の視点
飛行機事故の翌日。
私は森の中をフラフラと散策していた。
特に目的はない。
何かしたいわけでもない。
ただ、あの場所から離れたかった。
だけど、何も考えない思い付きの行動はアクシデントを呼ぶものだ。
案の定、道に迷った。
ああ、道じゃないか。
森で迷ったから遭難したになるのかな? まあとにかく迷子になった。
子供じゃないから、迷い人だね。
迷い人になった。
気が付いたら辺りは暗くなっていく。
ぐるっと180度見回す。
暗くなれば篝火が見えると思ったけど、見えない。
どこに居るか分からない。
疲れたら休めば良いやと歩き出した。
少しすると話し声が聞こえてきた。
なんだか揉めているみたいだ。
危険かとも思ったけど、近付くことを選択した。
そこには両手足を縛られ、尚且つ木に繋がれている人々が居た。
不審に思いながらも近付く。
相手は身動きができない。
そんな余裕も有るかもしれない。
『何をしに来た!?』
『これを解け!!』
『殺す!! 殺してやる!!』
『殺すのは駄目だ!! 雌だ!!』
『じゃあ種付けだ!!』
私を見付けると謎の言語で物騒なことを言ってきた。
それにしても彼らの言語がなぜ理解できるのか不明だ。
こんな言語は学習した覚えがない。
だけど、理解できるのは確かだ。
私の方からも話す事が出来る気がする。
『黙れ。どっちが有利か分からないの?』
そう言って、近くに落ちていた石器時代に使われていたような棍棒を拾い、思い切り地面に叩きつける。
鈍い音がして地面が少しへこむ。
迫力には乏しかったけど、自分たちの立場を理解したのか彼らは黙った。
『お前たちはどうして、縛られている? 何が有った?』
ギャーギャーとまた全員が騒ぎ出す。
再度、棍棒を振り下ろし、黙らせる。
そして近くに居た奴を指名し喋らせた。
さっきとは違い、随分と理性的に話してきた。
さっきまで濁っていた筈の目も不思議と澄んでいる様に見える。
縛られていた理由は人間と争い敗れ、その人間達に縛られたからだと言う。
ちなみに人間という言葉は私が教えた。
彼らは私と同じ種族の雄と争ったと言ったからだ。
人間と争ったことに関して眉をしかめると、今後はそのようなことはしないと誓った。
『最後にお聞かせください。貴女様はどうして我らの言葉を話せるのですか?』
『どうしてと言われても、理由は分からない。確かなのはこの言語を理解できると言う事だけ』
『やはりそうなのですね。もちろん人間の言葉も話せるのでしょう?』
『そりゃあ、人間だからね。と言うか、あんたらは人間じゃないの?』
『我らはゴブリンという種族です。人間ではありません』
「ゴブリン……確かによく見れば、見た目はまんまゴブリンか」
ゴブリンが、お伽噺とかファンタジーな創作物に出て来る人型の生き物ってことは知っている。
どういった外見なのかも何となく理解している。
確かにこいつらの見た目はまんまゴブリンだ。
『貴女様はゴブリンの言語が話せる。つまりは我らの支配者なのです』
『え? どういうこと?』
『我らの魂にはいくつかのことが刻まれています。その中に我らの言語を話せる人種の者は我らの支配者になるといった意味のものがあります』
『それで? 私にどうしろと?』
『我らは貴女様に絶対服従を誓います。ですので我らをお導き下さいませんか?』
『導くって、私は非力だよ?』
そう言うと、目の前のゴブリンは言葉に困り黙ってしまった。
だけど、別のゴブリンが私に話し掛けて来た。
薄毛の少し老齢な感じのゴブリンだ。
『いいえ、察するに貴女様は強大な力を持つ魔女でらっしゃる。ああ、横から失礼しました』
『気にしないでいいよ。魔女って、どういうこと?』
『貴女様からは溢れる魔力を感じます。その艶やかな美しい黒髪には膨大な魔力が蓄えられているのでしょう。魔女意外に考えられません』
『魔力? そんなもん自覚したことがないんだけど』
『なんと? では僭越ながらお教えしても宜しいですかな?』
『うん、ありがとう』
その薄毛のゴブリンに色々と教わると、魔力と言うものを感じられるようになった。
そして魔力を知った私は直ぐに魔法を使えるようになった。
頭の中にいくつかの魔法の知識が流れ込んできたからだ。
ゴブリンがいくつかのことを魂に刻まれているのと同様に、私の魂にも魔法について刻まれていたのかもしれない。
まだ使える魔法は少ないけど、魔法を鍛えていけば使える魔法が増えていく確信がある。
私が魔女というのもあながち間違いではないと感じた。
友達の誰に話したとしても嘘だと言われるに違いない。
友達は飛行機事故でみんな死んじゃったけど。
『おお、凄まじい!! さすがミコ様』
私が魔法でゴブリン達を縛っている蔦を全部切ると凄く褒めて来た。
私に魔力を教えてくれた薄毛のゴブリンだ。
そういえば私は名前を教えたけど、ゴブリンには教わっていない。
名前はなんていうんだろう?
『ねえ、名前は?』
『我らは名を持ちません』
『そう、それは不便ね。じゃあ私が名付けるわ。良いかしら?』
『勿論でございます。恐悦至極にございます』
『大袈裟ね。そうね、あなたはボーズね』
先ずは魔力を教えてくれた薄毛のゴブリンに名付ける。
その後に他のゴブリン達にも名前を付けていく。
名前を付ける毎に身体から魔力を減っていくのを感じる。
魔法を使った時よりも減る量が大きい。
一回の量は私の持つ魔力量からすると大した量じゃないけど、数が多いから厳しいかも。
だけど名付けられて喜んでいるゴブリンたちを見ると止められない。
頭がクラクラしたけど頑張って全員の名付けを終える。
だけど、ちょっと不味いかも。
ああ、駄目だ。
視界が暗転し、私は意識を失った。
どれくらい経ったか分からない。
けど、夜が明け始めている気がするから、数時間は意識を失っていたみたいだ。
目覚めると私は担架みたいな物に乗せられ、ゴブリンたちに丁重に運ばれていた。
起きてることを示すと行軍は止まる。
『ミコ様!! お目覚めですか!? 良かったです』
ビストと名付けた最初に私と話したゴブリンが泣きながら言った。
他のゴブリン達も喜んでいる。
その後、魔力を教えてくれたボーズから魔力枯渇か短時間での魔力大量消費で意識を失ったかもしれないと言われた。
『名付けてたら魔力消費が激しいと思ったけど、いけると思ったんだ。それに皆が喜んでるから調子に乗っちゃった。心配かけてごめんよ』
『何をおっしゃいます。我らこそ考えが至らず申し訳ありません。我らの短慮でミコ様にご負担を強いた上、一名を失ってしまいました。叱責はいかようにも』
そう言って、土下座するゴブリン達。
その光景に少し驚いたけど、それよりも一名を失ったという言葉が気にかかる。
それを問うと、ボーズが説明してくれた。
私が意識を失い、ゴブリン達は大いに慌てた。
呼吸していることから生きていることは確かであり、ボーズが魔力枯渇等の理由を予想。
朝まで目覚めない可能性もあることを踏まえると、目覚めるまでここに留まれば昼間戦闘した人間と再度遭遇してしまうかもしれないと考えた。
もしまた人間と遭遇したとしても私が居なければ交渉は不可能。
再度戦闘となれば今度は全滅してしまうかもしれない。
じゃあ私を連れて集落に戻ろう。
そう考えて、私を運ぶ為の担架の様な物を急いで作り、いざ運ぼうとした。
その時にゴブリン達と敵対関係にある生物が現れたので、敵に対抗する班と私を安全に運ぶ為の班に分かれた。
そして殿を務めた班のガリと名付けたゴブリンが死んでしまったそうだ。
本来、敵対生物との戦闘は、ここにいる全員で向かっても半数以上の犠牲者を出しようやく撃退できるレベルだったが、今回は半数以下で撃退でき犠牲者も一名で済んだから、とんでもない成果だと言う。
ただ、絶対の服従を誓う私に無断で死んでしまって申し訳ないという気持ちも有るようだ。
『ガリの犠牲は悲しいけど、皆、頑張ってくれたんだから、感謝こそすれ叱責なんかしないよ』
私の言葉に、再度ゴブリン達は平伏し感謝の言葉を返してきた。
私は彼らを見ながら、私を守ってくれる存在であると同時に守るべき存在であるとも感じた。
簡単に命が散る。
ここはそんな場所なんだと思った。
『ミコ様、ここが我らの集落になります』
暫く歩き続けると、目的地に辿り着いた。
ゴブリン達の集落は洞窟の中に有るみたいだ。
洞窟の中を突き進む。
名付けたゴブリンの皆が緊張しているのが分かる。
私が気を失っている時に分けた班のうち、集落に向かった班が戻って来てないことが理由だと思う。
集落で何らかのアクシデントが有った可能性は高い。
私も警戒しながら進む。
魔力はもうかなり戻ってきてる。
今度は皆の力になれる筈だ。
洞窟を奥へ奥へ進むと、争っているような声が聞こえた。
私たちは駆け足でその声の方へと向かう。
狭くて天井も低く薄暗い洞窟の通路から、明るい開けた場所に出る。
そこは洞窟とは思えない、円形闘技場の様な場所だった。
私達が居るのは最上階の観客席、騒がしいのは下に見える闘技場。
人間の女性が3人。
女性を守る様に私が名付けたゴブリンが6名。
さらにそれらを取り囲むように多くのゴブリンが居る。
私達は急いで観客席を駆け下りていく。
近付くにつれ、名付けたゴブリン達が負傷しているのが見えた。
私の中で何かのスイッチが入る。
走る速度が増す。
ある程度進むとそこから大きく跳躍し、女性三人の直ぐ近くに降り立った。
風魔法を使い私を含め全員を運んだから、凄い飛距離の跳躍になった。
取り囲むゴブリン達をびっくりさせて怯ませるのに成功したと思う。
人間の女性三人は擦り傷とかは有るけど、レイプされた様子はない。
良かった。
ゴブリンに捕らえられた女性となると、そういったものを予想しちゃうからね。
見た感じ日本人だし、私と同じで墜落事故の生き残りなんじゃないかな。
名付けたゴブリンの連中も軽傷に見える。
少し安心したけど、怒りの感情は消えない。
そう、私は名付けたゴブリン達を傷付けられたことに怒っている。
『どうして彼らを傷付けた!?』
声に魔力を込めて威圧の魔法効果を加えたうえで、大きな声で問う。
相手の心を屈服させる魔法で、精神的な強さを持っているか、魔法耐性が無ければ身動ぎすらできなくなる。
予想通り、多くのゴブリンが固まった。
ただ、この状態でも返事できる奴は強者でありイコール首謀者である可能性が高い。
つまり、そいつにガツンと食らわせれば話は早い。
『お前は何者だ?』
『黙れ。質問しているのは私だ』
少しだけ体格の大きいゴブリンが前に出て口を開いたので強い魔法を使って黙らせる。
喋れないことに困惑するそのゴブリンに近付く。
ゴブリンが近付いた私に気付いた瞬間、魔法で強化した鉄拳を打ち込む。
5メートルほど殴り飛ばされるゴブリン。
根性が有る様で、一度起き上がろうとしたけど、起き上がる前に力尽きたのか再度倒れた。
ちなみに死んだ訳では無い。
『で、誰が私の質問に答えてくれるの?』
視線を向けた先のゴブリン達は物凄い勢いで目を逸らしていく。
身動ぎすらできない筈なのに視線の避け方は半端ない。
少し滑稽で笑いそうになった。
『ミコ様、私から説明させていただいて宜しいですか?』
名付けたゴリリンのうちの一名がそう話し掛けて来た。
勿論許可を出し、説明を聞く。
説明の後、ゴリリンが他のゴブリン達を脅すと彼らも私に忠誠を誓った。
あとは、人間の女性三人に対する説明が必要かな。
ああ、少し面倒臭い。