島12.新野尾誠也の視点
新野尾誠也
28歳、身長168。
黒髪黒目、少し筋肉質。サル顔。
島12.新野尾誠也の視点
自然が豊かな森の中を歩く。
まさに森林浴だ。
癒される。
こんなこと、二日前なら考えもしなかった筈だ。
なにせ、ほぼ毎月、下手すりゃ月に二回の海外出張がある。
英語が話せて、尚且つ妻子のいない身軽な立場だから、英語が通用する方々の国に出張させられてる。
今回もロスで仕事漬けの予定だった。
飛行機事故はかなり大きなアクシデントだけど、連休を貰ったと思おう。
運良く生き残ったことだしな。
ただ、俺の不在で仕事が止まってるなんて事態は勘弁して欲しいところだ。
そんな仕事絡みのことを考えるのが嫌になって森の中を歩いている。
自然の中を歩くなんて子供の時もしなかったかもしれない。
不思議な気分だ。
昨夜のトカゲは少し怖いが、夜行性と誰か言っていたから大丈夫だろう。
それよりも森の中、自然を感じて歩くことに精神を傾ける。
「さっきの闘気、凄かったですね」
「片平君とは質が違うし、どういうことでしょう?」
「私が少し様子を見て来ます」
「毛塚さんが行けば安心でしょうけど、念のため私たちも行きますか?」
「いいえ、問題ないと思います。それよりも近藤さんたちには頼みたいことが有るんです」
「近くに1人居ます。引き込んで下さい」
割と近くで男女三人の声が聞こえた。
会話はよくわからなかったが、好奇心が湧いたので近づいてみる。
少し開けた場所があり、覗いてみると男性が2人。
何かの練習か、随分と身軽に動きながら何かを投げて木に書いた的に当てている。
さっきは女性の声も聞こえていた筈なんだが、見当たらない。
どこかに行ってしまったようだ。
しかし二人とも見事なまでの身軽さだ。
学生時代に器械体操をしていたから俺も身軽さには自信があるが、二人の身軽さは大きく上回る。
中国の雑技団的な人たちかな? まあ、とりあえず日本語で話し掛けよう。
「こんにちは」
気軽に話しかけてみる。
二人とも気軽に日本語で返してくれる。
五十代くらいの人が近藤さんで三十代くらいの人が真中さんというそうだ。
「随分と身軽なんですね。やっぱり長く修業したんですか?」
「正直、はいと返事するのは憚れます。実はこんな風に体を動かせるようになったのは昨日からなんですよ」
「俺は今朝からです」
「え?」
「ある人から教えを受けまして、こんなこともできるようになりました」
そういうと近藤さんは木の枝へ一回の跳躍で乗った。
1メートルとかそんな高さじゃない。
優に3メートルはある。
「近藤さんほどじゃないですけど」
そう言うと、今度は真中さんが跳躍する。
確かに近藤さんほどではなかったが、2メートルくらいは跳んでいる。
凄いというより羨ましいと感じた。
少し教えを受けただけで、そんなことができるようになるのなら自分だって教えて欲しい。
教えて貰えた二人が心底羨ましく思える。
それとも冗談で本当は長く修業したとか?
「私たちに教えてくれた人ほど上手くはできませんが、良かったらお教えしましょうか?」
近藤さんから信じられない提案がされた。
素直に飛びつく。
こういう好機を逃すのは愚か者のすることだ。
まず最初に、目を瞑って集中し、ここは地球とは異なる世界だと思って下さいと言われた。
そう思うことで今までの自分では考えられない能力を発揮する為の心の準備をするそうだ。
言われてみれば、いきなりあんな跳躍ができたとしたら、今迄の自分と違うから驚いてバランスを崩してしまうかもしれない。
異なる世界、異世界か。
よし、思い込んでみよう。
……。
よし、思い込んだ。
そう確信したら目を開けるようにと言われたので、目を開ける。
ん? 何かが変わった? そう感じた。
「新野尾さん、才能有りますね」
「ええ、本当に。では次は私を真似て動いて下さい」
近藤さんが俊敏な動きで横に移動する。
真似て動くと自分も俊敏に動けた。
驚きと嬉しさが同時に襲ってくる。
体が軽い。
自分の体じゃないみたいだ。
その後、様々な動きを教えて貰う。
ほんの少し意識を変え、動きを変えるだけで、こうも動けるようになるのかと感動を覚える。
どんどん色々と動けるようになってきた。
ああ、これは駄目だ。
「あ、ちょっと!! 新野尾さん!!」
真中さんが呼んでいるけど、止まらない。
身軽に動けるのが楽しくて、2人みたいに跳べるかと試してみたら跳べた。
凄い。
まるでアニメの中の忍者だ。
サルみたいに木から木へと跳んで渡れる。
「新野尾さん、才能有り過ぎですね」
「ええ、俺も驚いてます。とにかく追いかけましょう。新野尾さん、ストップ!! ストップ!!」
制止の声が聞こえる。
だけど、楽しくて止まらない。
止められない。
次の枝には一回転して跳んでみる。
あっさり成功。
今度は二回転、三回転、四回転。
前宙、側宙、後宙。
余りにも身軽に動けて自然と笑みがこぼれる。
楽しくて仕方ない。
「練気無しで、あの軽功は異常ですね。調子に乗ってしまうのも分からなくはないです」
「でも練気していないから俺たちもぎりぎり追いつけましたね」
後ろから二人の声が聞こえる。
そろそろ潮時かな。
少し先に開けた場所があるから、そこで下に降りて、はしゃいだことを謝ろう。
森の木々を抜け、開けた場所へ降り立とうとした足が止まる。
急いで、後ろの木に戻り、開けた場所から自分を見られないように隠れる。
「なんだあれは?」
疑問が口から思わずこぼれた。
開けた場所には初めて見る生き物が居た。
緑色の肌、醜悪な顔、身長は120センチから130センチ位の人型の生き物。
人型だが、人間とは思えない。
宇宙人かとも思ったが、着ている物が腰巻だけなので違うだろう。
宇宙人ならもっとこう時代を先行した物か宇宙服的な物を着てると思う。
この謎の生物は、なんというか石器時代スタイルだ。
この地の先住民だろうか? その表情から攻撃的な性格をしていると思えてしまう。
ネットで見た北センチネンタル島の住人のことを思い出してしまった。
数は二十以上三十以下といったところ。
何かを食べてる奴や寝てる奴、会話らしきものをしている奴、それぞれ思い思いに行動している。
こちらに気付いている様子はない。
隠れたことが幸いしたのか謎の生物が無警戒だからかは分からないが、リアクションが無いということは気付いて無いということだろう。
近藤さんと真中さんが追いついたが、俺の様子を見て黙っている。
「はしゃいでしまったのは謝ります。だけど今は先ずあれを見て下さい」
二人は謎の生物を見ると少し嫌悪感を露わにしたが、冷静さを取り戻すと謎の生物を暫く観察しようと言う話になった。
俺としてはそんな危険なことをしたくない。
ここは素直に危険なのではと聞いてみる。
「じゃあ新野尾さんは皆が居る所に戻ってください。そしてそこで毛塚さんという女性を探し、ここでの事を伝えてくれませんか? あと、あの生物について公言するのは控えて下さいね。無用の混乱を避ける為です」
「近藤さん、あれ見てください」
真中さんが指し示す方を見ると、蔦の様なもので縛られている女性が寝ているのが見えた。
それは人間、そして日本人に見える。
その瞬間、同胞が捕らえられてる事に憤りを感じる。
そして何をされてしまうんだろうという恐怖も感じる。
「じゃあ新野尾さん、宜しくお願いしますよ」
そう言うと近藤さんは開けた場所に出ないように木々に隠れながら移動し、謎の生物との距離を縮めていく。
真中さんもそれを追う。
俺は最後まで見届けたいと思ったが、頼まれたことをしなければと皆が居る場所へと急ぐ。
暫く移動すると、漸く海岸に辿り着いた。
焦っているからか、時間が結構経ってしまったように思える。
辺りをきょろきょろと見回し、その辺を歩いている人に毛塚さんという女性を知らないか聞く。
何人目かにようやく毛塚さんを知っている女性に当たった。
「すみません。どこに居るかまでは分からないっす」
どこに居るか知らないか聞くと残念な答えが返ってきた。
困っていると大きな男がやって来た。
俺が毛塚さんを探していると聞くと、男は毛塚さんが緊急で必要な程の事態が起きているのかと聞いてきた。
この男は事情を知っていそうだと思い、毛塚さんという人が来ないと不味い状況にあるとだけ伝えた。
「なら取り敢えず私が行こう。毛塚さん程じゃないがそれなりに戦える。毛塚さんは部下に探させよう」
そう言うと男は女性に何か指示した。
そして俺は男と共に近藤さん達の居る場所へ向かう。
果たして男は俺の移動速度についてこれるだろうか? と心配になる。
だが杞憂だった。
猿のように木から木へと移動する俺に対して男は地上を走っているが移動速度は変わらない。
これなら問題無さそうだ。
道すがら共に自己紹介をする。
男の名前は廻谷徹。
毛塚さんという人と同じ古武術の使い手だそうだ。
背が高く筋骨も隆々で逞しい。
きっと力になってくれるだろう。
暫く移動し件の場所に漸く到着する。
近藤さんたちの姿は直ぐに見つかった。
寝ている女性を守りながら、謎の生物と戦っている。
二人に怪我は無い様だが、顔には疲労の色が濃い。
謎の生物は生死不明の動かない奴らの数が十位、まだまだ戦闘意欲が高そうな奴らが十位、遠巻きに様子見している奴らが十位か。
どうするか考えている間に、雄叫びを上げて廻谷さんが集団に突っ込む。
凄い行動力だが無謀だろ、と焦る。
だが考え無しとしか思えないその突貫は謎の生物数体を吹き飛ばした。
とんでもない突進力だ。
とても人とは思えない。
近藤さんも真中さんも廻谷さんを見て驚いている。
もしかして連れてくる人を間違えたのか。
「お二人さん、自己紹介は後だ。とりあえず、こいつらを片付ける」
廻谷さんはそう言うと謎の生物を一体、また一体と瞬く間に片付けていく。
それは何というか、またしても人とはとても思えなかった。
いや、なんだろう、素人目にも分かる位の凄い武術の技であることは確かだ。
だが、その何と言えば良いか、パワーとスピードが人間離れしていて……きっとゴリラが武術をできたらこんな感じなのではと失礼ながら思ってしまった。
そんなことを思っていたら、立っているのは人間だけになった。
女性をグルグル巻きに縛っていた蔦で謎の生物の手足を固く縛る。
思いのほか長かったので、全個体を縛るのに問題無かった。
死んでいるとしか思えない奴もいたが、念の為に全部縛った。
女性はといえば、まだ眠っている。
寝息は安定しているし、顔色も悪くない。
なので起こすのは憚れたから起こしていないそうだ。
さっきの騒がしさの中でも目を覚まさないのは相当だと思うが、皆のところに行けば医者が居るから、その時まで起きないようなら診て貰えばいいだろう。
謎の生物を数えてみたら、総数は27だった。
半分以上を廻谷さんは一人で片付けたことになる。
因みに謎の生物に話しかけてみたが、やはり会話はできなかった。
反応が返ってくることもあったが、言語だと思えるものではなく、意思の疎通も勿論不可能だった。
「ありがとうございます。お陰で助かりました」
近藤さんが廻谷さんに礼を言っている。
俺にも助っ人を呼んでくれてありがとうと礼を言ってくれた。
そして実は初対面だった近藤さんたちと廻谷さんが互いに自己紹介し俺が経過説明し皆が納得する。
「ところで、こいつらは何なんでしょう?」
廻谷さんの言った言葉はまんま俺の疑問でもあった。
近藤さんと真中さんは互いに顔を見合わせると、強く頷く。
そして、俄には信じ難いことを話し始めた。