島11.中木屋美愛の視点
中木屋美愛、16歳、身長168。
父は日本人(中木屋愁斗)、母はアメリカ人(中木屋ドナ)。
髪色は明るく瞳は薄い茶色。大人びた顔。
島11.中木屋美愛の視点
私たち家族の乗っていた飛行機が落ちていく。
現在進行形で。
怖い。
怖くて堪らない。
凄い落下感。
激しい音が聞こえると、私たちの席のほんの少し後ろで異変が起きた。
天井が裂け、床が裂ける。
そして、飛行機の後部がどこかに飛んで行った。
その後、気圧の急激な変化が原因か何か知らないけど、今度は私たちの座席が後ろに凄い勢いで引っ張られる。
きちんと固定されていたはずの座席は、その力に抗えず、私たちは座席ごと空中へと放り投げられた。
私とママの座席はくっついてたけど、パパの座席は離れちゃって、別々の方向へ落ちていく。
私とママはくっついた座席のまま森に向かって落ちていく。
ママは気を失ってしまったみたいだ。
私も意識を手放して楽になりたいけど、生きることに一縷の望みがないか探している。
大して衝撃が和らぐとも思えないけど、木の枝が多そうな場所に落ちる様に落下方向をコントロールする。
やがて来る衝撃。
木の枝に強烈に当たる。
そして更に激しい衝撃を受け、とうとう私は意識を手放した。
☆
運良く目が覚める。
そう、私は死んでいなかった。
運良く枝にシートごと引っ掛かり、大きな怪我もなく助かった。
だけど地面まで数メートルある。
「私たち助かったのね。でもシュウトは?」
ママも意識を取り戻した。
残念だけどパパはどこか分からない。
でも分からないってことは生きているかもしれないってことだよ。
パパを心配するママにそう言う。
私だけじゃなくてママも心配してるしパパを探しに行きたかったけど、木から降りたら薄暗かったから今直ぐ探しの行くのは諦めた。
ママのパパ、私のグランパはアメリカの自然が多い州で生まれ育った人で元軍人でもあるからサバイバルに長けてる。
だけどグランパと同じ州で生まれ育ったはずなのに、ママは違う。
元軍人じゃないから仕方ないのかな。
とにかく木から降りるのも一苦労で、時間がかかり過ぎちゃった。
「もう薄暗いから、夜はここで明かすね。大丈夫?」
「少し怖いけど大丈夫。ありがとうミア。あなたが居て心強いわ」
そう言ったママの声は震えていた。
私は急いで持っていたライターで火を点けて焚火をする。
私はタバコを吸わないけど、グランパの勧めでアメリカ産の金属製オイルライターをいつも持っている。
すごく役に立った。
ありがとう、グランパのお蔭だよ。
湿度が高いから木は水気が有って燃え難い筈なのに意外とあっさり燃えた。
しかも木の種類によっては、まるで固形燃料みたいに良く燃えるのも有る。
忘れているだけかもしれないけど、私の記憶には無い木だった。
覚えておこう。
そして、焚火から少し離れた場所の木にママを登らせる。
火は事故の生存者や救助者を呼ぶ目印になるけど、好奇心の有る動物を呼んでしまうデメリットも有る。
それが大型肉食獣であった場合、命の危険だ。
だから少し離れた場所で様子を見る。
決して安全度が高い訳ではないけど、スタイルは良いのに運動神経は良くないママのことを考えると地面に居るよりは良いかなと思って木に登らせた。
ママを木に登らせるのは苦労したけど、降りさせた時よりかは楽だった。
私は地面に居たり、木に登ったりしてる。
焚火が消えないように木をくべなきゃならないし、辺りを調べたいからね。
ざっと調べたところ、動物のフンや木々に爪痕を残して縄張りを主張している感じも無いので、動物に関しては大きな心配はしてない。
だけど、警戒は怠らないようにしないといけない。
ここがどんな場所か分からないのだから。
☆
夜が明けた。
私は少し仮眠をとったけど、ママはたぶん眠れてない。
木の枝で眠ることに慣れてなんてないだろうし、不安で一杯だろうから、眠れないのは当たり前だ。
凄く疲れてると思う。
でもここから移動することを考えないといけない。
ここにずっと居ても救助が来るとは限らない。
できればパパを探しにも行きたい。
まずは落ち着ける場所を確保したい。
それに最低でも水は確保しないと。
ママには酷だけど、ここで休ませることはできない。
「ママ、辛いとは思うけど移動するよ」
「大丈夫よ。まだまだ元気だから」
うん、全然元気そうじゃない。
だけど、無理して貰う。
ごめんね、ママ。
……
……
……
かなりの時間、歩いた。
もう数時間経っている。
こんなに森を歩いたのに水場を見つけられない。
せめて果物が有れば水分が取れるんだけど、それすら見つからない。
とっくにお昼は過ぎてるけど当然お昼ご飯は無い。
お腹が空いている。
そして何より、喉が渇いている。
きっとママも一緒だ。
そんな私たちに水音が聞こえた。
だけどそれは波音だった。
ほぼ絶望。
だけど一縷の望みを持って歩く。
そこは海だった。
湖だったら良かったのに、鼻には潮の香り。
駄目なことは知っているのに、思わずゴクリと無い筈の唾を飲んだ。
海の水を飲みたい衝動に駆られる。
駄目だ。
そんなことをしたら死んでしまう。
あ、ママ。
嫌な予感がする。
心配になってママを見る。
意外と冷静に見える。
「水ね」
そう言うとママは海に向かってノロノロと歩いて行く。
これは駄目だ。
ママの手首を握る。
ママが振り向く。
悲しそうなママの顔。
だけど駄目。
私は首を横に振る。
「なぜ?」
ママの質問に私は首を振り駄目だよと言い続ける。
ママは私より力が弱い筈なのに、ズルズルと私を引き摺り、海へと歩いて行く。
誰か、誰か助けて。
心の中で叫ぶ。
パパ、パパ助けて。
ママが大変なんだよ。
助けてよ。
「大丈夫ですか?」
「え?」
「これ飲んで」
その人は突然現れた。
そして、私たちの状況が分かっていたみたいに背負ってたリュックから水の入っているペットボトルを取り出して私とママにくれた。
私とママはどちらが早く飲み終わるか競うように、凄い勢いで水を飲む。
物凄く美味しい。
英語で話すからアメリカ人かと思ったけど、見た目は明らかに日本人だ。
年齢は私と同じか少し上かな。
「俺は朽木って言います。こっちは片平」
「ファーストネームは?」
「ああ、拓哉です。こっちは幸助」
「私はドナでこっちは娘のミアよ。本当にありがとう、タクヤ。あなたに出会わなければ私はとんでもないことをするところだった」
そう言ってタクヤにハグするママ。
ママにハグされて照れるタクヤはなんだか可愛くて凄く若く見える。
だけど若くても頼りになりそうな男の人に会って安心したのか、ママは少しハイになった。
ママが少しハイなのはいつものことだから嬉しい。
水を飲んだから、いつものママに戻ったんだ。
私たちに水をくれたのがタクヤで、少し遅れて来たのがコウスケだ。
タクヤは優しそうな顔で、コウスケは神経質っぽい顔かな。
背はタクヤの方が少し高い。
私より10センチくらい高いかな。
「あ」
私のお腹が鳴った。
タクヤは優しく笑うと今度は急がないでねと言ってリュックから機内食を取り出して私とママににくれた。
私とママはゆっくり食べたつもりだったけど、たぶん早かったと思う。
お腹も満ちて落ち着くと漸く頭が回転してきた気がする。
眠気も有るけど、抗えないレベルじゃない。
それに聞いておきたいことが有る。
他に生存者が居るか聞いてみた。
少なくても五十人は居ると聞いて、パパのことを聞いてみる。
二人とも分からないと言った。
だけど生き残りは二人の知る限り日本人ばかりで、パパと同じ世代の人も少なくないみたいだから希望は有る。
「それにしても二人とも英語が上手ね。うちのミアみたいに英語圏で育ったの?」
「え?」
「ん? 何かおかしなこと言った?」
「英語ですか? 俺たちは英語なんて喋れませんよ」
何の冗談かと思った。
さっきから二人はママと流暢な英語で喋っている。
なのに英語が喋れないと英語で言っている。
そういう笑いの手法かとも思ったけど、二人の顔を見る限り、そうは思えない。
「ちょっと良いかな?」
タクヤが何か閃いたみたいだ。
私に日本語が分かるか聞いて来た。
答えは勿論イエスだ。
ママはどうか聞かれた。
ママは日本語が余り上手じゃないと伝える。
「じゃあ今から、日本語で俺と話して欲しい」
「うん、良いよ」
最初から英語で話し掛けて来たし、英語だったらママも理解できるからずっと英語で話してたけど、日本語で返事をした。
そしたらママが驚きの一言。
「もうミアったら、英語で返事しちゃってるじゃない」
どういうこと? 私が話したのは日本語だよ。
なのにママには英語で聞こえてるの? そんなこと有り得ないでしょ。
「ドナさん、今、俺が話しているのは何語ですか?」
「え? 英語でしょ? 何? どうしたの?」
違う。
タクヤが話したのは日本語だ。
あれ? もしかしてタクヤと日本語で話そうと考えたら彼の話す言葉が日本語で聞こえる様になったの? 有り得ないよ。
でもママは私もタクヤも英語で話してる様に聞こえているみたい。
なにこれ? どういうこと? パニックになるよ。
「ミアさんの反応を見れば分かるかもしれないですけど、かなりパニクってますよね?」
「そうね」
「きっとミアさんには、俺が日本語でドナさんは英語で話している様に聞こえてる。そしてドナさんが日本語が不得意なのに俺の言うことを理解して返事しているのが不思議でしょうがないんです」
「そうなのミア?」
「うん」
ママが複雑な表情をしている。
あれ? それ以上にコウスケが複雑な顔をしている。
タクヤは穏やかな笑みを浮かべている。
「そろそろ皆の居る所に向かいましょう。話は歩きながらでも出来ますから」
タクヤが促してみんなが歩き始める。
ママは分からないことは深く考えない。
気分を変えたのか楽しげに歩き始めた。
コウスケはブツブツ何か言いながら考え事をしながら歩いてる。
私も同じ様にしたいけど、ハッキリさせたいからタクヤに聞く。
「ねえ、タクヤ。さっきのは一体、どんなトリックなの?」
「正直、どんな手法でそれが行われているか分からない。だけど、俺たちには自動翻訳機能みたいなものが備わってる。そしてそれは、たぶん飛行機に乗っていた人の全員に備わってる」
思わず殴りたくなるほどイラッとした。
意味が分からない。
でも言っていることが嘘か本当かは証明はできそうな気もする。
アメリカに行くからって皆が皆、英語を話せるとは限らない。
だから全員に英語で話し掛けてみればいい。
私が何を言っているか分からない人が一人でも居れば、タクヤは嘘を吐いていることになる。
でも、こんな嘘を吐く意味なんてあるかな? 愉快犯? 人を困惑させて喜んでいるとしたら、とんでもなく悪趣味だ。
でも、そんな人が私たちを助けてくれるのかな? それとも信用させる為に一度助けた? 駄目だ、なんてこと考えてるんだろう。
「訳が分からないよね。でもさ、こんな風に考えてみたら? ここは地球とは異なる世界だって」
「え? なに? どういうこと?」
「ここは常識が通じない場所なんだ。不思議なことが起きる場所。地球とは常識が異なる場所。異世界。だから、こんなことだってできる」
そう言うと、タクヤは膝を軽く曲げると真上に跳んだ。
その高さはびっくりの高さで、私もママも放送禁止用語が口から出る位には驚いた。
「片平はもっと凄いよ。見せてあげなよ」
そう言われたコウスケは考え事をするのをやめて軽く跳ぶ。
その高さに更にびっくりさせられた私とママは、口を大きく開けたまま、言葉を失った。
その後、少しして、コウスケレベルまでは難しいけどタクヤレベルなら私もママも出来るようになるってタクヤが言うから、ジャンプしてみたら笑われた。
「今直ぐって訳じゃなくて、毛塚さんという女性に色々と学べばできるようになるって話だよ」
「そういうことなのね。正直、今、私、少し恥ずかしい」
「笑ってごめんね」
「いいよいいよ」
タクヤは優しい。
だからって信用できる訳じゃないけど、疑って良いって訳でもない。
それに生存者が多くいる場所に行けば何か分かるかもしれない。
せっかく絶望的な状況から良い状況になってきているんだ。
今は楽しく会話することにしよう。