島10.三宅糸の視点
三宅糸、26歳、身長155。
栗髪茶眼、痩せ型。可愛らしい印象を受ける容姿だが、あざといと判断する者も。
島10.三宅糸の視点
翼と一緒の旅行は飛行機が墜落したお陰で凄いドラマチックになってる。
飛行機に乗っていたせいで死んじゃった人たちは百人以上いて、その人たちは可哀想だけど私は生きてる。
きっと私はまだ死なない運命だったんだと思う。
大きな爬虫類に襲われた時にはヒーローに救われて生き延びたし。
きっと私はヒロインね。
ヒーローの名前は霧崎和彦さん。
親密になりたくて霧崎さんと離れないようにしてたら、おじさんが彼に何度も話をして来て、正直ウザかった。
だけど、翌日も霧崎さんと一緒に居られることになった。
おじさんグッジョブだよ。
朝になって霧崎さんとの待ち合わせ場所に行くと、若い男の子がやたらと話し掛けて来てウザかった。
だけど、翼が来たから逃げることができた。
翼グッジョブだよ。
何人か集まると、おばさんがコブジュツというやつを教えてくれた。
適当にやってたら、センス有るって言われた。
繰り返し頑張れば強くなれるって言ってたけど、ヒーローが守ってくれるから強くならなくても良いよ。
でも褒められたから、適当にしかやらないけど続けることにした。
少しするとウザかった男の子とは別の男の子が私と翼に話し始めた。
男の子が私たちは異世界に転移したって言った。
最初は馬鹿みたいって思った。
だけど、墜落する少し前に大きなマホージンが飛行機の下に現れて光ったと聞いた時に信じることにした。
だって私もそれを見たから。
翼は見ていなかったから雷だと思ったみたいだけど、私はマホージンを見た。
一昨日の私ならマホージンがどんなものか想像できない。
だけど実際に見た今なら分かる。
きっとあれがマホージンだ。
私が異世界に転移した話を信じるって言うと翼は怪訝な顔をしたし、ウザかった男の子は微妙な顔してたけど、無視無視。
霧崎さんが嬉しそうにしてたから、それが大事。
翼は落ち着いて考えたいと言って、どこかに歩いて行った。
少しすると戻って来ないことを気にした霧崎さんが翼を探しに行くと言うから、私も付いて行く。
そしたら、若い子たちが付いて来た。
せっかく霧崎さんと二人きりになれると思ったのに。
海岸の方に行くと飛行機の側に翼と知らない女が居た。
話を聞くと女の知り合いの男に翼が殴られたらしい。
心配で声を掛ける。
この姿を霧崎さんは見てるかな? 私、優しいよ。
ちゃんと見てない。
アピール損だ。
翼を殴った男が悪い。
翼を殴った男を出せと女に言ってみる。
女は困った顔をしている。
ちょっと楽しい。
なんか男の子が同調して来た。
興醒め。
あーあ、面白いこと起きないかな。
翼を殴った大きい男が来た。
面白いことが起きそうだったけど何も起きない。
いつの間にか来たおばさんと男が話をしたら面白いことが起きそうな雰囲気は消えちゃった。
皆で自己紹介した後に大きい男がスーツケースとかキャリーバッグとか盗まれないように管理した方が良いみたいなことを霧崎さんと話してる。
私はどうでもいい。
だけど霧崎さんは大きい男と真剣に話してる。
「皆、飛行機から少し離れて過ごしてるから、荷物を気にしない。だから近くに荷物を運び、皆の目に触れるようにすれば盗難防止になるのでは?」
「なるほど、じゃあそうしよう。協力して貰えるかな?」
「ええ、勿論」
「感謝する」
二人の話し合いは終わって、荷物を生存者の皆の目に触れる場所に移動することになった。
面倒だけど、霧崎さんと一緒に居る為に私も働く。
何人かで荷物を運んで、自分の荷物を手にしていない人には荷物を渡す。
「なあ、あんた」
見たこと無いおじさんが話しかけてきた。
カバンの中に入っていた筈の物がないんだってさ。
知らないかって言われても知らないよ。
「ごめんなさい、ちょっと分からないです」
「あれが無いと困るんだ。何とかしてくれ」
そんなことを言われる私の方が困るんですけど。
しつこいな。
おばさんが教えてくれた技でぶっ飛ばそうかな。
「どうしました?」
あ、霧崎さんが来てくれた。
ラッキー。
おじさんグッジョブだよ。
「この人のカバンの中に有った物が無いみたいなんです」
困った顔をして霧崎さんへの距離を詰める。
霧崎さんは距離を取らない。
そのままおじさんから話を聞いている。
やったね。
「どうした?」
大きな男が寄って来た。
霧崎さんが事情を説明している。
薬がどうのこうの言ってる。
「あいつが持っているかもしれないな」
大きな男がそう言うと、翼が不機嫌な顔をしだした。
面白そうだ。
でも大きな男と少し話をしたら不機嫌じゃなくなっちゃった。
それに一緒にどこかへ行くみたいだ。
他にも女が二人付いて行った。
その様子を見ていた霧崎さんは私の方を見ると困ったような顔をしながら少し笑った。
私は嬉しくて普通に笑った。
おじさんには、あの人が解決してくれる筈ですと大きな男を指差し霧崎さんが伝えた。
カバンのことが落ち着く頃には時間はお昼くらいになっていた。
昼ご飯は機内食がまだ残っていたので、それを食べる。
食べる時は霧崎さんの隣に。
正面に座れば少し思わせぶりなアピールできるけど、それはもっと親しくなってからの方が良いからね。
食事が終わる頃に翼たちが戻って来た。
お帰りと言って機内食を渡す。
どうだったか霧崎さんが大きな男に聞いている。
薬の入れ物を大きな男が霧崎さんに渡した。
霧崎さんはそれをチェックすると、さっきのおじさんに渡していた。
おじさんは感謝して霧崎さんは笑顔を見せた。
私も嬉しくなって笑顔になった。
翼は少し不機嫌そうにしている。
そして食事を終えると無言で立ち、森へと歩いて行った。
気付いたけど面倒だし霧崎さんと離れたくないから追いかけなかった。
でもコブジュツを教えてくれたおばさんが追いかけて行った。
あれ? そういえばおばさんと仲が良さそうだったおじさん2人が戻って来てない気がする。
何してるんだろ? まあ、どうでもいいか。
大きな男と2人の女は機内食を食べ終わると、他にもやることが有るからと言ってどこかに行った。
「ちょっと良いですか?」
うん? ここが異世界だって言った子が話し掛けて来た。
私だけじゃなくて霧崎さんにも用事が有るみたい。
なんか知らないけど、ウザい子が私を見てる。
本当、ウザいんですけど。
「これから俺と片平で海岸沿いを探索しようと思っているんですけど、俺たちはあっちに行くので、お二人であっち方面の探索をして貰えませんか?」
要は二手に分かれて海岸線を探索しようってことみたい。
この子、良い子ね。
私と霧崎さんを二人きりにしてくれるなんて。
たぶん、おばさんにコブジュツを習った私たちなら、何か起きても逃げるくらいはできると考えてなんだと思うけど、霧崎さんと二人きりになれることの方が重要だ。
この子は偉いから名前を憶えてあげよう。
えっと、クチキ君だっけ? 違ったっけ? まあ、いいか。
「暗くなる前には戻った方が良いでしょうから、今から二時間ぐらいを目安に行ける所まで行ってみましょう」
「ああ、分かった。生存者を見つけて医者が必要そうな場合は生存者を動かさず、どちらかが私を呼びに来てくれ」
私と霧崎さんはクチキ君たちとは別方向へと歩いて行く。
まるでデートみたい。
砂浜を二人で歩く。
波音が耳に心地良い。
親密度が高ければ、手を繋ぎ、波音を聞きながら、ただ歩くだけでも良い。
だけど、今はまだ、霧崎さんのことをいっぱい知って、私のことをいっぱい知って貰う為に沢山話さないと。
「できれば生存者が見付かると良いんだけどね」
霧崎さんは空中分解した他の部分に乗っていた人たちも生存してると思ってる。
私たちが何十人も生き残ったんだから、他の人たちも生き残っていると思うのは当然かもしれない。
どうでもいいけど、霧崎さんが望むなら私も望もう。
でもしたい話はそう言うことじゃないんだけどな。
暫く歩いていると、森は変わらずだけど、砂は固い土になって、海岸は崖っぽくなってきた。
そこでボーっと海を眺めているアラフォー位の男の人を見つけた。
見るからに日本人。
少し様子がおかしいかな。
だから、みんなカバンをまとめた付近に居るのに、この人はこんな所まで来ているのかも。
「こんにちは」
霧崎さんが声を掛ける。
男の人はゆっくりと振り向き、私たちを確認すると、怪訝な顔をした。
まるで私たちが良くないものであるかの様な目つきをしている。
「君たちは本物か?」
訳の分からない質問だ。
明らかに様子がおかしい。
精神的に参ってるのかもしれない。
「俺は幻覚を見ているんじゃないのか?」
ああ、と納得する。
この人は私たちとは違う場所に落ちた人なんだ。
きっと独りぼっちだったんだろうね。
霧崎さんの方を見ると頷いた。
霧崎さんも分かったみたいだ。
「私は霧崎と言います。こちらは三宅さん。私たちはあなたと同じです。飛行機墜落事故の生き残りです」
「ああ、本物なのか、俺は、一人きりじゃないんだな。ああ、すまない。俺は中木屋だ。生き残りは君たちだけか?」
「いえ、他にも数十人居ますよ」
「なに!? それは本当か!? 娘は!? ハ、ハーフの女の子は居なかったか!? それと妻だ。金髪のアメリカ人女性は居なかったか?」
「すみません。見た覚えは有りません。三宅さんは?」
私は首を横に振る。
生き残りは日本人ばかりだし、ハーフの子や、ましてや金髪のアメリカ人が居れば目立つと思うけど、見た覚えはない。
それに正直、他の人にあまり興味が無いからなあ。
「そ、そうか」
そう言うと男の人は力が抜けたかのように足を曲げ、両膝を地面につけ、顔を両手で覆った。
男の人が凄く落ち込んでいることは私でも分かる。
霧崎さんは自分たちが見てないだけで、もしかしたら大勢の中に居るかもしれないと言って、男の人を励ました。
それを聞いた男の人は何とか力を振り絞って立ち上がり、案内してくれと力無く言った。
「水分は足りていますか?」
そう言って霧崎さんは男の人に水の入ったペットボトルを渡す。
そういうことにも気付ける霧崎さんは凄いと思う。
確かに男の人は何も持ってないんだから水を飲めてないことは注意して観察すれば分かるけど、私はそんなことはしなかった。
「ありがとう。今朝、川で水を飲んだだけだから、喉が渇いてたんだ」
そう言って水を飲む男の人を霧崎さんは驚いて見ている。
当然だよね。
ここは異世界なんだから、どんな生物が居るか分からない。
なのに、川で水を飲むなんて無警戒だもん。
あれ? 違う?
「その川の位置は覚えてますか?」
「いや、川沿いを歩いていたんだが途中で何かに追われている気がして無我夢中で走ったんだ」
「そうですか、それは残念です」
「すまない」
「でも今ある水がやがて尽きたとしても、川があるなら水源は確保できるということですから。落ち着いたら一緒に探してもらっても良いですか?」
「勿論だよ」
「ありがとうございます」
私も一緒に探しますと伝えた。
霧崎さんはありがとうと笑顔を見せてくれた。
幸せな気持ちになる。
それにしても、そんな先のことまで考えてなかった。
さすが霧崎さん。
そんな話をしながら元の場所に戻る為に歩く。
少しでも影を歩く為に、行きとは違って森に近付いて歩いている。
日差しが強いから弱っている男の人を気遣ってのことだ。
提案は勿論霧崎さん。
森は海岸沿いにずっと有ったから、森沿いを歩いても元の位置に戻れる。
少し涼しくて、少しだけ歩くのが楽になった。
だけど、私たちの雰囲気は楽しいものではなくなってきた。
男の人が話しながら歩くのが辛そうだったので、私たちは無言になった。
無言で、ただただ歩いている。
やたら空気が重い。
ああ、早く元の場所に戻りたいな。