「何でそんなに切羽詰ってるんだ?」
この日もセンター内は人で溢れ返っていた。
ジュンが受付業務に励む中シオリが現れ不明点を聞きに来る。
そしてそのままの流れで昼食を共にするのはもはや毎日のルーティンと化していた。
慣れという部分もありジュンはそんなシオリの傍若無人振りにもはや大きな抵抗を感じない様になっていた。
それどころか免許センターの仕事に誇りを持つジュンにとって必死に免許取得に励むシオリの姿は若干の愛着さえも感じ始めていた。
この日のお昼もシオリはカツ丼の大盛りを豪快に担ぎ上げている。
ジュンはコーヒーを片手にその様子眺めている。
「毎日毎日カツ丼の大盛りなんてよく食うね」
「今人生でいっちゃん勉強しとるもん。お腹減るわ」
「そう。それと気になってたんだけど、そのTシャツ昨日と同じじゃないか?清潔感と身なりも試験面接で見られるよ」
「その時はちゃんとするて。今は毎日洗濯とかしとる暇ないねん」
「…家に帰っても勉強してるのか?」
「当たり前やろ。どっかの誰かさんがこんな難しい試験作るからやんけ。2日に1回シャワー浴びるんが精一杯やわ」
「…」
ジュンは心に少し引っ掛かりを感じ始めていた。
やがて食べ終わった2人は食器を片付け受付と自習室、それぞれの場所へと向かって行くのだった。
同じ日の夜20時。
外はすっかりと暗くなり17時で締め切られた受付フロアには殆ど人の姿は見えない。
ジュンが自席でパソコンを操作しながら残業をしていると、先輩職員から声を掛けられた。
「ジュン君。ちょっと悪いんだけど2階に行ってサーバーコンピューターの電源を入れて来てくれないかな?誰かが間違ってシャットダウンしちゃったみたいでさ」
「あ、はい。分かりました」
「ごめんね」
ジュンは作業の手を止め2階へと赴いた。
先輩職員に言われた通りコンピューターの電源を入れ1階に戻ろうとした時、何気無く自習室の横を通った。すると、
(ん!?あれは…)
自習室に1人残り黙々と勉強をする1人の女性、そこにはシオリの姿があった。
シオリはジュンの存在に気付く様子は無く一心不乱に机にかじりついている。
すると突然、自習室の中から鈍い音が聞こえてきた。
”ぎゅるるるるるる~"
「!」
シオリのお腹の虫がジュンの耳にも届いて来た。
ジュンはそのままシオリに声を掛けること無くその場を去って行った。
それから15分後。シオリは未だ自習室で時折お腹を鳴らしながら勉強に勤しんでいる。
「はぁ。お腹空いたなぁ~」
すると突然、自習室にジュンが現れた。
「お疲れ様」
「おろ?ジュンさん?どないしたん?」
するとジュンは黙ってシオリの机にサンドイッチとベーグルが乗った皿を置いた。
「へ?何なに?なんなん?」
「食堂で余り物貰ったんだ。よかったらどうぞ」
「へぇ!?ええの?てか、ここ飲食禁止なんちゃうの?」
「構わないよ。綺麗に掃除しといてくれれば」
突然の差し入れに表情を明るめるシオリ。
「なーんやぁ!ええとこあるやーん。最初陰険な奴やと思っとったけど、実はめっちゃ男前やないのぉ~!」
「そいつはどうも」
ジュンは近くにある席から椅子を転がし近くに腰を下ろすと、自販機で買ったカップコーヒーをひと口飲んだ。
シオリは美味しそうにサンドイッチを頬張る。
「こんな時間まで何してるん?残業?」
「まぁね」
「へー。なんかお役所さんは残業せーへんイメージやってんけどなぁ」
「発展途上の組織だからね。やらなきゃいけない事は山積み。それより、ちょっと気になってたんだけど」
「なにー?」
「何でそんなに切羽詰ってるんだ?」
「へ?何が?」
サンドイッチを食べ終わったシオリが手を払いながら聞き返す。
「失礼言う様だけど、正直君みたいな感じの子がこんなに毎日必死で勉強するってことは、それなりの事情があるんじゃないかと思って」
「!」
「1日12時間もセンターに篭って勉強して、家に帰っても洗濯や風呂すらままならない生活なんだろ?なりふり構わずって感じだ。他にそこまでする人いないしね」
「…」
先程迄サンドイッチの美味しさに笑みをこぼしていたシオリだったが、ジュンからの問い掛けに一気に表情を曇らせた。
「…別に。免許無かったら何もでけへんから必死なっとるだけやん」
「23でいきなりそれを思い立ったのか?その壁は18の時に味わうはずだろ?それでも5年間1度も免許の申請すらせず過ごしてた君がいきなりこんな猛勉強するのには何か訳があるとしか思えないな。緊急性を要する様な突発的な何かが」
「…」
シオリは明らかに言葉に詰まっていた。
「大人免許を持ってない君は収入も無いはずだし1人暮らしも出来ない。男女交際も出来ないから同棲もしてないはず。ご両親は既に他界。恐らく、お姉さんと一緒に暮らしてたんじゃないか?」
「ちょっ!何勝手に調べてんねん!」
「申請書類処理する時にいやでも分かるんだよ」
「…プライバシーまで無いんか、この国は」
「お姉さんと喧嘩でもしたのか?一緒に住めなくなったとか?」
「ちゃうわ!!」
シオリは強めの声を荒げた。そして息を飲み呼吸を整えゆっくりと話し出した。