それからそれから
こうして食堂に集まった一同は昼食に舌鼓を打ちながらことの真相を語り始めた。
「ほへー。委員長さんそんな目的で殺人免許取得したんかいな。えらい肝据わってんなぁ。講習とか試験大変やったんちゃうの?」
「ふふふ、そうね。まぁ何とかなったわ」
「でもそれ人に話してもうてええん?殺人免許って色々秘密にせなアカンねやろ?」
「私のケースはある種いい世の中にするための啓蒙になるとしてセンターが特別に許可をくれたから大丈夫よ」
「なぁるほどなぁ。ジェントルさんとシスターさんは結局誰かを殺したん?」
「いや、俺も結局は誰も殺さないことになった。結果的にな。詳しい事は言えないが」
するとジェントルは隣に座る委員長を見た。
2人は目が合うと意味有り気な笑みをこぼし合う。
「なんやなんや?2人えらい怪しいなぁ。付き合うてんの?」
「いいや。俺にはグランっていう心に決めた人がいるからな」
「見せ付けられたわよ、目の前で。全くお熱いことで」
「ふーん。シスターさんは?って言われへんか」
「そうですね。でもお陰様で私も色々と助けられました。本当にセンターの皆様には感謝しています」
シスターはとても穏やかな笑顔を見せていた。
最初の出会いから事件が落着するまでの間、1度も見る事が出来なかったその笑顔を見てジュンはとても嬉しい気持ちになっていた。
「ふーん。何や殺人免許てごついもん取った人達にしてはみんな穏やかな感じやなぁ」
「ははは」
その後一同は暫く談笑を交えながら食事を楽しんだ。
やがて昼休みの時間が終わりに近付くと、シスター、ジェントル、委員長の3人は食堂を後にした。
残ったジュンとシオリは食後のコーヒーを飲みながら引き続き会話を続ける。
「仕事はどんな調子?」
「ぼちぼちでんなぁ。まー今まで何もせーへんかったから周りに迷惑かけてばっかりやけど、皆助けてくれんねん。優しい人達ばっかりやわ」
「そうか。それが一番だね。お姉さんは?」
「うん。ちょっとやけどなんか気持ちよぉなった気がすんねん。ホラ、この前ジュンさんがあのクソ上司どついてくれたやん?その話したらお姉ちゃん笑ろてん。ホンマ久々見た気がするわ、笑てんの」
「そっか」
「私な、次の目標決てん」
「ん?何?」
「このセンターに就職すんねん」
「えぇ?どうしてまた急に?」
「別に深い理由なんてあらへんよ。ジュンさん見ててカッコええなーて思っただけやん。どうせならやり甲斐のある仕事したいやん?」
「ははは。そりゃどうも光栄ですよ」
「私マジやで!あ、でもあれって基本は家族免許持ってなアカンねやろ?ならジュンさん、私と結婚してぇや!」
突然の逆プロポーズにたじろぐジュン。
「は、はぁ?何言ってんだよ?」
「えぇやないの。そうすればジュンさんもはれて童貞卒業やし、一石二鳥やないのぉ」
「あ、あのなぁ…」
するとそこに突然ジムラがやって来た。
「お邪魔してもいいかな?」
「ジ、ジムラさん!お、お疲れ様です!」
ジムラは手に持っていたコーヒーを机に置きジュンの前の席に腰を下ろした。
それをひと口飲むと静かに息を吐く。
「ふぅ、やれやれ。やっと仕事が落ち着いたものでね。たまにはここでひと息つこうかと」
「そうなんですね。お疲れ様です!」
「ふふふ。しかしジュン君がセンターを辞めるだなんて言い出した時は流石に肝を冷やしたよ。君はセンターの期待の星だからねぇ」
「えぇ?ジュンさん辞めようとしてたん?」
「いやぁ、あれは、その、す、すみません…ってか、ジムラさんも人が悪いなぁ。ああいうことだったなら教えてくれればよかったじゃないですかぁ」
「ははは。いやぁ私にも色々と事情があってねぇ。しかし心地の良いものだったよ。君の真っ直ぐな気持ちを再確認出来てよかったよ」
「は、ははは。ど、どうも。えと、それじゃそろろそ時間なんで、自分も仕事に戻りますね」
ジュンは半ば逃げる様にして食堂を後にした。
テーブルに残ったのはシオリとジムラ。
深い絡みの無い2人であったが、シオリ持ち前の性格からスムーズに会話が再開された。
「ジムラさんてセンターのお偉いさんなんねやろ?ジュンさんあんさんのこと恩人言うてたで。何かあったん?」
「ははは。私はただ古株ってだけですよ。恩人てのも大袈裟ですね。彼は律儀な性格だからそう言ったんでしょうが」
「ホンマ熱い人よなぁ。実は…」
シオリはジュンが自分の代わりに恨みのあるササキに対し復讐を代行してくれた事をジムラに話した。
「おやおやそんな事が?彼も変わってないみたいですねぇ。あの出来事は黒歴史だなんて恥ずかしがってけど」
「あの出来事?」
ジムラは再びコーヒーをひと口飲み、静かにジュンの過去を語り始めた。
「実は、彼は元警察官だったんだですよ」
「え?」
「自分が所属する署の所長が少女を強姦した事件がありましてね。彼はそれを偶然知ってしまいまして」
シオリは黙って聞き入っていた。
「黙ってれば昇進、告発すれば懲戒免職。万が一裁判になっても裏から手を回して偽証罪で逆にぶち込んでやるとも脅されたそうです。それでも彼は泣き哀しむ少女の姿を見て捨て身で内部告発をした」
「…」
「だけど実はその少女は戦争難民で正式な国籍やビザを持ってなかった。身寄りの無い僅か15歳の少女だったが、それでも法律は彼女を守ってくれくれなかった」
「…ひどい話やなぁ」
「所長の男はそれを知ってて犯行に及んだんでしょう。もし事になっても軽傷で済むとね。結局権力にモノを言わせ裏から手を回し処分は簡単な書類送検だけで終わり。我々センターとして何とか善処したかったのですが、彼の犯行はモラルやマナーの範疇を超えず1点を減点するのが精一杯でした。彼は不当人事で免職になった」
「…クズやな、そいつ。ありえへん」
「事件はその後起こった。彼はわざわざ警察署に乗り込んで所長に全治3ヶ月の大怪我を負わせたんです」
「えぇ!?」
「正しい世の中を作れると信じて警察官になった彼にとって、その中枢となるべく警察官が悪行を行いそれをもみ消した。腐敗した組織が許せなかったんでしょうねぇ。収監される覚悟の上で血だらけの拳を振り下ろし続けて彼は叫んだそうだ。”いつかこの手で正しい世の中を作り上げてみせる。お前みたいな悪党の返り血で汚れるなんて覚悟の上だ。たとえ弱者でも本当の正義を主張出来る世界にしてみせる”ってね」
「…そうやったんや。昔からそんな人やったんやな」
「正義感の塊、その勇気と道義心をセンターは買ったんですよ。彼をセンターに招き入れました。センターにとっては、そういう人材こそ必要なのでね」
「なるほど~。それでジムラさんを恩人や言うてたんや」
「私はただ窓口になっただけです。しかしその熱い気持ちが健在で安心しました。センター管理官である私にあんな啖呵を切れる若者はそういないですからねぇ」
ジムラはジュンが去って行った方向を見つめ静かに、そして嬉しそうに呟いた。
そしてジムラも席を立ちお暇を告げる。
「さて、私もそろそろ仕事に戻らないといけないので失礼させていただきますね」
「はいな。頑張って下さい。もっとええ世の中にして下さいな。期待してまっせ」
「ははは。えぇ、私なりに尽力させていただきますよ」
こうしてジムラもまたセンターの奥へと去って行く。
各々の結末を迎え、国家免許センターは今日も動き続けるのであった。
Fin




