最後の審判
シスターが今まさに引き金を引こうとしたその瞬間、教会内にもうひとつの声が響き渡った。
声のする方向は後方出入り口扉。
ジュンとシスターはその声の主に視線を移す。
するとそこに立っていたのは国家免許センター総合受付責任者のジムラだった。
「ジ、ジムラ…さん?」
「…?」
2人は突然登場したジムラの存在に目を奪われていた。
「シスターさん、銃を下ろして下さい。もう大丈夫ですよ」
「…え?」
するとジムラの後ろからもう1人の小さな人影が現れた。
それはおよそ10歳程度の幼い少年だった。
「チャイル!!」
「お姉ちゃん!」
「え?」
シスターから”チャイル”と呼ばれた少年は一目散にシスターに向かって駆け寄って行く。
シスターもまた同じ様にチャイルという少年に駆け寄って行った。
やがて距離を失った2人は互いに飛び付き合い強い抱擁を交わした。
「チャイル、チャイル!!良かった、良かったぁぁぁ!!!」
「お姉ちゃん!怖かったぁぁぁ…」
抱き合う2人の目には大粒の涙が溢れていた。
目の前の光景を見て状況が掴みきれないジュンは現れたジムラに声を掛けた。
「ジ、ジムラさん?あの、これは一体…?」
「間一髪だったみたいだねぇ」
「え?どういうことですか?」
「シスターさんは脅されたいたんだよ。弟さんを誘拐されてね」
「えぇ!?」
「殺人免許を取得する過程の機密情報を全て横流しする様、チンピラグループに脅しを掛けられていたんだ」
「なっ、何だって?ほ、本当ですか?」
「その情報を使って色々と悪巧みを考えていたんだろうね」
「そ、そんなことが…」
「でも大丈夫。今頃彼らにも天罰は下っているはずだよ」
「天罰?」
「あぁ…。取り合えず一旦センターに戻ろうか。シスターさんもご一緒に」
こうして一件を落着させたジムラはジュンとシスター、そして弟のチャイルを車に乗せセンターへと向かって行った。
その頃とある森の奥地に佇む山小屋の中では数人の男達が叫び声を上げていた。
「てめぇ!クソ野郎が!解きやがれぇぇ!!ぶっ殺すぞコラァ!」
「ちっくしょぉぉ!!このやろぉぉ!!!」
「助けてくれぇぇぇ!!!」
部屋の中央にはロープで椅子縛り付けられた5人の男達の姿があった。
男達は部屋に居るもう1人の男に対し汚い言葉で罵声を浴びせているが、その男は冷静な物腰で言葉を返す。
「どんなに叫んだって無駄だよ。大体ここ君達が選んだ場所なんだから分かるでしょ。助けを求めても誰も来ないことくらいさ」
冷たい声で返事を返すのは国家免許センター殺人免許講師のキラーだった。
キラーは部屋に置いてあるポリタンクの蓋を開け液体を部屋中に撒き始める。
「て、てめぇ!センターの野郎か??」
「はーい、そうでーす。ご名答ついでに教えるけど、チャイル君は既に保護させてもらったからね。君達の悪巧みはここまで」
「なっ、何だと?一体どうやって?」
「いやぁ苦労したよー。君らみたいな3流のチンピラにしてはよく考えたよねぇ、あの申請文句」
キラーは淡々と液体を撒きながら静かに喋り続ける。
「平等と公平を期さないといけないセンターにとってああいう言い分を言われたら立場上は申請を通さないといけないからね。でも君らがシスターさんを脅してセンターの内情を探ろうとしてる事が判明したからそっからは大慌てだったよー。さしずめその情報と殺人免許を悪用して闇世界の連中と仲良くしようとか思ってたのかな?」
「なっ、何だと?どうして、どうして分かった?」
「最初から疑ってた訳じゃないよ。ただ申請の内容が内容だけにそれが本当かどうかを現場で審査するセカンドオピニオンが必要なんだよね。そうなった時に狩り出されるのが僕とかジムラみたいな人間って訳。機密性の高い免許だから目立った捜査とか警察に依頼も出来ないからねー」
「どうして?どうして嘘だって分かった?」
「いやぁシスターさんを観察してたら怪しいのは直ぐに分かったよ。だって近い将来死のうって人間が健康気にして食事制限したりお金の心配とかする?免許を転売出来るかどうかを聞けってのも君達がシスターさんに命令したんだろ?あと1度暴漢に襲われてそれをウチの人間が助けた事あったんだけど、その時心から感謝してるってのも変だなーと思ったんだよ。人目から隠れてよく電話もしてたしさー」
「そ、それだけで…?」
やがてポリタンク5つの液体を撒き終わると、キラーは最後残ったひとつのポリタンクに入った液体を縛られている5人の男に撒きかけた。
「ぶわっ、てめっ、ふざけんなコラァ!!」
「口閉じてないとガソリンが口に入っちゃうよー」
やがて全てのガソリンをかけ終えるとキラーはひと息をついた。
「ふー、やれやれっと。それじゃそろそろ死んでもらうね。先に有毒ガスを吸って気絶出来ればラッキーだけど悪ければ酸素無くなって窒息死かじわじわ焼け死ぬかだから」
「なっ、何だとぉ??てめぇ!マジで俺達を殺すつもりかぁ??」
「そうだよー。センターの機密を不正に知った君達は生かしておけない。だってほら、この件が明るみになったら免許制度の脆弱性が露呈するじゃない?事件を防ぐはずのセンターが逆に事件を引き起こしたみたいなさ。反対派が水を得たら色々と面倒だし。絶対唯一の揺ぎ無い存在こそが統治と成し得る訳ですよ。それにさ」
「…?」
「神様の伴侶に望まない人殺しまでさせたんだから、どの道死刑でしょ」
「こ、こ、こんな事していいのか?センターだかなんだから知らねぇけど、お前は俺達を警察に通報するなり裁判に掛けるなりする義務があるんじゃねぇのかよ??」
「無いね。僕等センターは本当の意味で国をよくするために司法や政府から独立したもうひとつの砦だから。まぁ制度を通すってことでも僕がセンターに君らに対する殺人免許申請しても通るだろからどの道だよ。まぁでもそれは面倒だからさ」
「そ、そ、そんなぁ…。嘘だろぉ?オイ!!」
そしてキラーはポケットから取り出したライターに火を付けた。
「や、やめろぉ!頼むぅ!止めてくれぇぇ!!!」
「法律や世間体を超え本当の意味で世の中をよくするのが僕等国家免許センター。十戒だけじゃない、僕等センター自体が最後の審判なんだよ」
キラーは火の付いたライターを床に放り投げた。
それは部屋中に撒かれたガソリンを一気に点火させ瞬く間に部屋の中は業火に埋め尽くされた。
悪党5人の悲痛な断末魔が飛び交う中、キラーはゆっくりと小屋を出て行った。外に出たキラーに対し1通の着信が入る。
受電するとその相手はジムラだった。
<終わったかい?>
「あぁ終わったよ。そっちは?」
<無事に救出出来たよ。シスターさんも無事だ>
「よかった。やっと終わったね」
<証拠は残してないかい?>
「疑う訳?長い付き合いだろ。これでも現役だぞ」
<これは失敬>
「毎度毎度趣味の悪い殺し方リクエストするね」
<センターに盾突く無法者には死を超えた制裁が必要だろ?>
「さすが”閻魔”と呼ばれるだけはあるね。まぁ君の正義感はジュン君のとは違って狂気に近いけど」
<”死神”と呼ばれる君もいい勝負さ>
「かもね。それじゃ僕は明日から本業に戻るよ」
<なんだ。久々のタッグだったし、2人で祝杯でも挙げようと思ったのに>
「遠慮しとくよ」
キラーは端末を切りポケットにしまい込んだ。
そして業火に包まれる小屋を背にキラーは暗闇の中に姿を消していくのだった。




