「殺人免許の目的は殺める為じゃない、救う為よ」
ジェントルが再試験の申請を思い付き再び免許センターへ赴こうと立ち上がったその時、部屋の外から聞き覚えのある声が響いてきた。
「!?」
ドアから手を放すジェントル。
そして廊下側から病室のドアを開け姿を現したのは一緒に殺人免許講習を受けた委員長だった。
「え…?どうしてここに?」
委員長はジェントルの問いに答えないまま、ジェントルの背後に見えるグランの姿を確認した。
「…あの人がそうね?」
「え?」
委員長は病室のドアを閉めグランが座るベッドへ歩む。
「初めまして、私はローベル。製薬会社の者よ。前は医者だったの」
「は、初めまして。グランです」
とっさの出来事ではあったが、辛うじて挨拶に反応するグラン。
「お、おい。何だ?どうしたんだ?」
「スエン、この人は?」
「あ、あぁ。俺と一緒に殺人免許の講習を受けてた人だ。本名がローベルだってのは初耳だけどな」
「あら、そうだったかしら?あんなに分り合えた仲だったじゃない」
「え?」
グランは少し驚いた。
「おい!グランの前だぞ。タチの悪い冗談はよせ」
「フフッ。紳士なあなたがそんなムキな顔するなんて、よっぽど愛しているのね」
ジェントルの方向を振り返りクスッとっ口元に笑みを浮かべる委員長。
「最終試験での事、覚えてるわね?」
「!」
スエンは最終試験での委員長の言葉を思い出した。
委員長は胸ポケットから一枚のカードを取り出す、それは交付された殺人免許証だった。
「全部話すわ。私が殺人免許を取ったのは誰かを殺すためなんかじゃない。救うためよ!」
「?」
免許を胸ポケットにしまい持っていた鞄から何かのケースを取り出した。
そのケースを開けると、そこには数本の注射器が入っていた。
「…これは?」
「未承認の新薬だから名前はないけど、簡単に言うとピンポイントで悪性細胞だけを攻撃する生物型液薬よ」
「!?」
「グランは体のあちこちに悪性腫瘍が転移していて手術や放射線治療を受け付けない状態ね?」
「あ、あぁ」
「この薬を注射すれば、彼女の体の中にある悪性細胞だけを消滅させて、助かるかもしれない」
「な、なんだって!?」
ジェントルはたまらず大声を上げる。
「静かにして!病院よ」
「あ、あぁ。すまない」
「2人ともよく聞いて!この薬はあくまで未承認の実験段階なの。まだ正式に一般使用や実用化が認められていない新薬ってこと」
「危険なのか?」
「いいえ。沢山の実験と検証を行って問題がないことは確認済み。一般使用が認められてないから臨床データは取れないけど、理論値だけで言うならリスクは一般流通薬より劇的に低いし、通常なら何の問題もなく国の機関に申請が通って市販流通される特効薬」
「そ、そうなのか!?で、どれくらいで実用化されるんだ?」
「…恐らく、このままでは永遠にされることはないわ」
「え!?どういうことだ?」
「…」
委員長ことローベルは少し顔を俯かせ物憂げに語り始めた。
「この薬は私の最高傑作。理論にも根拠にも精製過程にも穴は無い。けど、国の機関がこの薬を認めることは無いわ」
「どうしてなんだ?」
「簡単な話よ。この薬が市場に出回れば間違いなく既存の薬は売れなくなる。それを危惧した大手の製薬会社が裏から手を回して国の担当者達を買収したのよ」
「な、何だと!?」
「私も頑張ったけど、意地でも認めるつもりはないみたい。あれこれいちゃもんつけられて最後にはいつも正体不明の人物を引き合いに出して”安全性を認められません”で追い返された…」
「…なんて腐ってやがるんだ!」
ジェントルが奥歯を噛み締める傍らでローベルが続ける。
「勿論未承認の薬を使用することは違法、場合によっては殺人未遂になることもある。本当に悩んだけど、それならそれを逆手に取って殺人免許を取ろうと決意したわ。建前は殺人目的でもこの薬を使えることで多くの命を救えるし、同時に沢山の臨床データが取得出来れば国の機関だっていい加減この薬を認めざるを得ない。私は罪に問われないから会社に迷惑をかけることもない」
委員長の構想と度胸に感服するジェントル。
「あんたって女は…。全くたまげた根性してるぜ。普通なら通常のやり方で粘って認められるまで悔しい思いし続けるところなのにな」
「本当に開くかどうかも分からない門の前に立ち続けるほど私はしおらしくも我慢強くもないわ。それに、そんな方法に甘んじてたら承認が降りたとしても実用化されるまでには何十年もかかる。その間にどれだけの命が失われるか。私一人じゃ癒着の証拠を掴む事も出来ないし」
ローベルの瞳に宿る光がより一層強さを増した。
「性根の腐ったクソじじい共に人生を左右されるなんて死んでもお断りよ。あのハゲ共、思い知らせてやるわ!」
「ははは、さすがだぜ!そうじゃなきゃあの最終試験を乗り切ることなんて出来なかったよな!」
「…」
ローベルの表情に強い闇がかかった。
「あ!す、すまない…」
「最終試験?何があったの?」
ローベルは何かを思い出している様だった。
動かぬ視線が脳内の活発具合を現している。
「す、すまない。本当に。思い出したくないことだよな…」
「…いいの。別に話す必要はないと思ったけど、この際だから言っておくわ。あの最終試験、私は相手を殺してないの」
「え!?いや、で、でも、キラーが間違いなく死を確認したはずだろ?」
「えぇそうよ。でも私が殺したんじゃない。彼自ら自害してくれたの」
「な、何?」
ローベルは空いている椅子に腰掛け、両手で肘を掴み静かに語り始めた。
「私の相手は強盗殺人犯だった。そしてグラン、アナタと同じ病に苦しむ娘の父親でもあったの」
「!」
「事情を説明したら泣きながら私に懇願してきたわ。”娘を助けてくれ。そして、愛していると伝えてくれ”って。その後、彼は部屋に置いてあった毒を自ら飲んだわ」
「…そ、そんなことがあったのか」
「娘を救うために保険の利かない新薬を買うお金が必要だったのよ。手段を選べない立場だった彼は強盗に入って、その弾みで一家を殺してしまったという訳」
「…やりきれないな」
語るローベルは勿論のこと、事情を聞いたスエンとグランも同じく表情に影を落としていた。
「弾みとはいえ、彼のしたことは許されることではないし、ここで私達が道徳だの法律だのを語るのは無意味よ。彼の意思だけは私がこの胸に秘めておくわ。さぁ、話を戻しましょう!」
ローベルは再び取得した殺人免許と例の新薬を取り出し2人に見せ、力強く問いかけた。
「免許種別”殺人”。対象者は”私の新薬使用に同意してくれる全ての難病患者”よ!どう?私に命を預けてくれる?」
ローベルがそう言い終わると、ジェントルとグランはお互いを見つめ合った。
1%の狂いもないであろうその通い合った心が導き出した答えは一つだった。
「やってくれ!もちろん!是非頼む!グランを、助けてくれ!!」
未承認の新薬であるということに加えて2人にとってはローベルの詳しい素性も分かっていない。
副作用による命の危険さえもある中で、それでも2人に迷いはなかった。
長い間一筋の光も見えない暗黒を彷徨い続けてきた2人にとっては、今回突然訪れた希望の光は眩しくて目を開けられないほどのものだったのだ。
タイムリミットが迫っており決断を強いられていた部分は否めない。
しかしそれ以上に、ローベルの真っ直ぐな視線と濁りのない瞳、自信に溢れた口調と物腰が2人から心配と疑念を消し去っていたのだった。




