再試験
その頃、唯一の不合格者であるジェントルはとある病院の前に来ていた。
その足取りは重い。
足元だけを見つめながら目的の病室に辿り着けたことは、ジェントルがこの病院に通い慣れていることを伺わせる。
ドアに手を掛けゆっくりと開けるとそこは4人部屋、しかし他3つのベッドは空いており残り一つ、カーテンで仕切られた中から微かに人の気配がしている。
声を掛けるジェントル。
「グラン、俺だ」
「スエン!入って」
カーテンの中から聞こえた女性の声はとても弱々しかった。
ジェントルがカーテンを開けると、そこには一人の女性が座っていた。
その体は皮膚の上から骨が浮かび上がるほどやせ細り、こけた頬と青ざめた顔色はとても痛ましいものだった。
「久しぶりだな…。少し、顔色良くなったんじゃないか?」
かける言葉に事欠いたジェントルは、苦し紛れの嘘をついた。
「そう?ありがと。どれ位振りかしらね、お見舞いに来てくれるの」
「すまないな、講習が忙しくてさ」
「大変だったわね。お疲れ様」
彼女こそがジェントルことスエンの恋人にして殺害対象となる予定だったグランだった。
「…」
”免許は取れた?”グランはそう切り出すことが出来なかった。
死は覚悟しているものの、それが2人にとって想像を絶する悲劇の終焉を意味するからだった。
会話が無くなるとジェントルが重い口を開いた。
「…ごめん。取れなかったんだ、免許」
「!」
グランはスエンの様子を見て何かを悟り、それ以上の詳細を聞こうとはしなかった。
「そうだったの。仕方ないね。でもこれで逆にまた希望が繋がったってことかもよ。神様が頑張れって言ってるのかも。私、頑張るから!」
スエンの存在が彼女に強がりを言わせた。
「す、すまない。本当に、本当にすまない…。やっと、やっと終わりにしてやれると思ったのに…」
ジェントルは下を向き、拳を強く握りしめ、そして震えていた。
そんなジェントルの姿を見たグランは急に咳込み始めた。
「謝らないで。出来ることは精一杯したじゃない。それに…うっ!」
「グラン!?」
突然グランは苦しそうに咳き込み始めた。
「コホッ、ゴホッ、アッ、ゲホッ…」
「グ、グラン!大丈夫か?」
グランの肩に手を置き気遣うジェントルだったが、次の瞬間表情が凍る。
「!!?」
咳を受け止めたグランの手の平にはべっとりと血が付いていた。
「グ、グラン、お前…」
「だ、大丈夫よ。いつもの事だから、心配しないで」
「い、いつものことって、いつから?」
「…もう、どの道にしても長くはないみたいなの。だから苦しんでもあと少しだって。ふふ、変よね。なんか少し安心しちゃったの」
それを聞いたジェントルはベッドの横に膝をついた。
そして血に染まるグランの手を強く握りしめ大粒の涙を流す。
「うっ、ううぅ…」
「泣かないでスエン。私たちは全力を尽くしたじゃない。私のために頑張ってくれてありがとう」
慰めのためにかけた言葉が逆にスエンを追い詰めた。
これ以上、最愛の彼女を苦しめるわけにはいかないと心で叫んだスエンは立ち上がった。
「スエン?どうしたの?」
「…もう一度、センターに行って来る。最終試験の再試をお願いしてみるよ」
「え?けど、出来るの?」
「分からない。でも何とか頼み込んでみるよ。待っててくれ。もうこれ以上、お前を苦しめたくない。少しでも早く…」
そういうとスエンは病室を出ようとドアに手を掛けた、その瞬間、
「失礼するわよ」
ドアの反対側から聞き覚えのある女性の声が聞こえた。




