「貴様の様なクズは俺達センターが奈落の底まで叩き落す」
ジュンは突然シオリの手を引き自身の車に乗せた。
颯爽と走り出すジュン。
やがて2人が到着したのは、かつてマツリが勤めていた企業の自社ビルの前だった。
「ちょっと?ジュンさん?何なんよ?」
「一緒に来て」
「はぁ??」
ジュンはシオリの困惑に構うこと無くビルの入り口へと向かって行く。
やがて受付に到着したジュンはとある人物の呼び出しを申し出る。
「営業課のササキ課長さんはいらっしゃいますか?」
「はい。アポはお取りでしょうか?」
するとジュンは胸ポケットからセンター正職員の証である手帳を取り出し受付の女性へと見せた。
「今すぐササキ課長を呼び出して下さい」
「あぁ!セ、センターの方でいらっしゃいますね?しょ、少々お待ちを…」
受付の女性は慌てて社内の内線を掛け始めた。
「申し訳ございません。現在ササキは会議に出席しております最中でございまして…」
「居るんですね?それでは今すぐその会議を抜け出して来るよう伝えて下さい」
「えぇ!?」
ジュンはマツリの元上司であるササキという男がビル5階に在籍していることを聞き出しシオリを連れエレベーターへと乗り込んだ。
用意されていた部屋で待っているとやがてそのササキという男が慌てた様子で姿を見せた。
「た、大変お待たせ致しました。私がササキと申します!」
「…お座り下さい」
事情が分からないササキはジュンとシオリが座る向かいのソファに座り、2人の顔色を伺いながら探りを入れ始める。
「あ、あの…、失礼ですが本日はどの様なご用件で?」
「マツリ=クスナさんをご存知ですね?」
「え!?」
ササキはマツリの名前に反応を見せた。
「あ、えぇ、まぁ。少し前まで派遣でウチに入ってくれてた方ですね」
「何故辞められたかご存知ですか?」
「え?えー…あぁ、まぁ。何だか疲れていた様子でしたが、入院されたとかで。突然の事でしたので」
「何故そうなったかはご存知で?」
「さ、さぁ?まぁ彼女頑張り屋さんだったので無理して自分を追い込んでしまったのではないでしょうか?」
明らかに惚けているといった様子のササキをシオリはジュンの横でずっと睨み付けていた。
「ご自身の部下が退職されたというのに随分を曖昧な認知ですね」
「えーあーいやぁー…、まぁそのぉ、なにぶん弊社は従業員の数が多くてですねぇ。特に彼女は派遣で入ってくれていた方なのでどうしても。風の様に去る方々が多いもんですから」
「アナタの立場を利用した業務適正範疇超過の高圧的指導、つまりパワーハラスメントが原因であるという自覚はありますか?」
「えぇ!?なっ、何を急に?」
「正社員に昇格させることをエサに常識を超えたノルマを課したということは?」
「いえ、そんな!私は彼女のやる気の能力を見込んで適正を思われる内容を課したまでです!」
「自身の責任をマツリさんに擦り付けたことは?」
「あっ、ありえません!それはチームプレイであり責任を持った仕事を覚えてもらうためにそれぞれに責任を割り振った結果です!」
「アナタはマツリさんを指導してから随分と柔軟に有給休暇を取得出来る様になったみたいですね。これまでは未消化のまま消失していたはずの有給でしたが?」
「と、当然の権利ですよ、社会人として有給を消化するのは。そのタイミングがたまたま今になったというだけで」
「それではマツリさんが救急車で運ばれている際、”そのまま救急車に会社まで送ってもらえ”と怒鳴りつけたことは?」
「なっ、なぁにを馬鹿な事を!あのねぇ、さっきから一体何が言いたいんですか?そんな証拠が何処に在るって言うんですか?いくらセンターの職員とはいえ、妙な言い掛かりはその辺にしていただきたい!」
ジュンの猛追に半ば逆ギレ気味になるササキ。
ジュンはひと呼吸気持ちを落ち着けた様子だった。
「そうですね。確かにこれらの事は証拠を見つけるのは難しいでしょう。不景気と企業保護を申し立てれば、そちら側に違法性を見出す事も出来ないかもしれませんね」
するとジュンは静かに立ち上がった。
このまま部屋を立ち退くかに思えたため、ササキも同じく立ち上がり部屋のドアまで誘導しようとした、その時、
「おおおぉぉぉ!!!」
「っがぁぁあ!!!!」
突然ジュンは大声を上げ刹那に表情を激昂させると力一杯握った拳でササキの顔面を殴り飛ばした。
体重の乗ったジュンの右ストレートにササキは体ごと部屋の壁に叩きつけられてしまった。
「あぁっ、あぁっ、あっ、なっ、なっ、何を!!?」
痛みに悶えるササキ。
ジュンは更にササキの胸ぐらを掴み上げ至近距離にまで怒りの表情を近付けると声を荒げ言い放った。
「いいか?よく聞け!この免許制度国家はまだまだ未完成だ。だが、だがいつか、これから俺達が必ず正しい世の中を作り上げて見せる!お前みたいな網目を掻い潜る性根の腐った野郎共が生きていけない様な社会にしてみせる!」
「ひぃっ、ひひ…」
怯えるササキ。
その様子をシオリは目を丸くし呆然としながら眺めている。
「その痛みを胸に刻んでおけ。更正するなら今のうちだからな!その時が来てもまだこんなふざけたことしてみろ!俺達センターが貴様を奈落の底まで叩き落してやるからな!!」
ジュンは部屋の外まで聞こえるかの如く怒声をササキに叩き付けた。
そしてササキを離したジュンはシオリと共にビルを後にする。
車に乗り込んだ2人、シオリはたまらずジュンに問い掛ける。
「ジュ、ジュンさん!ええんか?あんな事して」
「平気だよ」
「で、でも。訴えられたらどないすんの?センタークビとかにならへんの?」
するとジュンは先程受付で見せた手帳を取り出し、その中から1枚のカードを抜き取るとシオリに見せた。
「え?これ、聖人免許?…あ!」
シオリは何かに気付いた様子だった。
「”暴力”、入ってるやん!」
ジュンが持つ聖人免許の備考欄には”暴力”の文字が刻まれていた。
「そう。俺達センターが持つ聖人免許は俗に”聖人免許2種”って言われてるんだ。自動的に”暴力”と”脅迫”が許可されてある程度の裁量が任される。勿論センターの業務において必要不可欠と自身が判断した時のみだけどね」
「そ、そうやったんや!はー、ホンマこの世の中センター様は無敵やねんねぇ」
「ま、正直今回の件はグレーぎりぎりだけどね」
ジュンはシオリを自宅まで送るべく車のエンジンを掛け走らせ始めた。
帰宅の最中、シオリは何気に気になっていた事をジュンに問い掛ける。
「なぁなぁ。でもなんであんな事してくれたん?」
「ん?」
「いやホラ、私ジュンさんの弱み握っていつもええ様にこき使ってたやん?せやのになんでかなーと思て」
「そこだよ」
「え?」
「いや、まぁ。正直ここまでしちゃったのは勢いとか流れもあるんだけど、君が助けるに値すると思ったからさ」
「どゆこと?」
「あの一件で俺は君に弱みを握られたけど、君は1度として”裏口で免許を取らせろ”と脅迫してくる事はなかっただろ」
「!」
「まぁ勉強教えろだ昼飯奢れだなんだ言ってきたけど、免許だけは最後まで自分の力で取ろうと努力してた。人の何倍も。あんなに追い詰められた状況なら中々出来ることじゃない。そこに誠実性が表れてたんだ」
「…」
「そういう道徳心とかモラルをきちんと持ってる人を守り社会に繁栄させていくのも俺達センターの仕事だからね」
「…」
シオリは照れながらも心に温かいものを感じていた。
自分の頑張りを人が評価してくれるという喜びは23年の人生で始めての経験だった。
「俺に出来るのはここまでだけどね。あとは君がいち大人として社会でどう立ち回っていくかが全てだからな。ちゃんと頑張るんだぞ」
「わ、わーかってるって!ホンマおせっかいな人やなぁ!」
シオリはジュンの期待と受けた恩に報いようと密かに心の中で決意を固めるのだった。




