「申請してたんだな、”暴力免許”」
いつもであればジュンの元にシオリが現れるというパターンであるが、この日ばかりは逆であった。
ジュンはとあるアパートの前に立ち誰かを待ち呆けている様子だった。
「え!?ジュンさん?」
「やぁ」
そのアパートはシオリと姉が住む築30年程の老朽した建物だった。
シオリがスーツ姿で仕事から帰宅したところをジュンは入口で待ち伏せた。
「何で?どうしてここにおんの?」
「これ」
するとジュンは胸ポケットからとある封筒を取り出しシオリに差し出した。
シオリはそれを開封し中身の書類を確認すると声のトーンが沈んだ。
「あ…」
シオリは直ぐに書類をたたみ持っていたカバンの中にしまい込む。
「何でわざわざ届けてくれたん?」
「非番だったし、ちょっと気になってさ」
「…なんや。うちの個人情報ジュンさんに筒抜けやんか。プライバシー無いわ」
「…”暴力免許”、申請してたんだな」
ジュンがシオリに手渡したのは暴力免許申請に対する不合格通知だった。
以前シスターが殺人免許の申請をしに訪れた際、暴力免許の存在を知ったシオリ。
軽いはずみで姉を追い込んだ上司に対する免許を申請すると発言をしていたが、怒りが収まっていないシオリは実際に申請をしていた。
「ごめん。差し出がましいとは思ったんだけど」
「ええよ。気にせんといて。せっかくやしお茶でも飲んでってーな。めーっちゃ汚い所やけどさ」
シオリはそう言うと1階に設定されている郵便受けを開け大量のチラシ、そして請求書と思われる封筒を担ぎ込み階段を上がって行った。
後をついて行くジュン。
するとシオリは部屋のドアに何かの張り紙が張られている事に気付く。
「…」
後ろから覗き込んだジュンはそれが立ち退き勧告であることに気付く。
「家賃、滞納してるのか」
「…大丈夫。給料入ったら払て終いやし。さ、入って」
シオリは張り紙を乱暴に剥がし取りドアの鍵を開けた。
ジュンを招き入れようと部屋の中を見ると、そこには衝撃の光景が広がっていた。
「姉ちゃん!!!」
「何!!」
2人が見たものは椅子の上に立ち天井から吊るした縄を握るシオリの姉マツリの姿だった。
マツリは輪っかになった部分に自身の首を掛け今にも宙に釣り下がろうとしている瀬戸際だった。
「何してんねん!!!」
「クソッ!!!」
シオリとジュンは大急ぎで部屋の中に駆け上がりマツリを止めに入った。
シオリはマツリの体を抱え、ジュンはマツリが蹴り飛ばそうとしている椅子を固定しマツリの足元をその椅子に着かせた。
「シオリさん!椅子を抑えててくれ!俺がお姉さんを下ろす!」
「姉ちゃん何してんねん!何考えてんねん!止めてぇやぁ!!」
力なく抵抗するマツリを何とか地面に下ろした2人。
シオリは姉マツリの体を強く抱き締め、マツリはシオリの胸の中で声を押し殺しながら静かに泣いていた。
ジュンは荒れた呼吸をゆっくり整えながらその様子を静観している。
「お姉ちゃん。大丈夫、大丈夫やから。落ち着いて。な?な?」
「うぅぅぅ…。だってぇ、だってぇ…」
悲痛な叫びを上げるマツリを見て、やがてシオリの目にも涙が浮かび上がる。
「お姉ちゃん。大丈夫やからな。もうあのクソ上司はここにはおらへんねん。もう一生現れへんねん。私免許取ったんやで!言うたやろ?今日もバリバリ働いて来たわ。バッチリやで。たっぷり稼いだるからな。もう家賃とか心配せんでええねんで。お姉ちゃんはなーんも悪ぅないねんで!」
同じく悲痛な気持ちになりながらじっとその様子を眺めているジュン。
シオリは安堵からやがて鳴き声と共に悔しさを吐露し始める。
「お医者さんに言われたわ。もう、もうあの強気で口やかましかったお姉ちゃんは一生戻って来ぇへんて…」
「シオリさん…」
「やっぱ許されへんわ。何でアイツが今も平気な顔して過ごしてんねん。前言うたことだけやないで。”途中で投げ出したら違約金が発生する”とか脅されたり、辞めた社員の引き継ぎが上手くいってへんのが原因で無うなった取り引きの責任擦り付けたりもされたり。その社員あのクソ上司が辞めさしたようなもんやのに。姉ちゃんが過労で倒れて救急車で運ばれとる時、何とか力振り絞って会社に休みの電話入れたらそいつなんて言うたと思う?”そのまま救急車に会社まで連れて来てもらえ”やて。免許国家言うて色々ときつぅ締めとるくせに、何でこんな横暴は許されとるんよ。あんまりやで…」
シオリから実態を聞いたジュンは同じく怒りに震え始めた。
センターで働きこの免許制度を守り昇華させていくことで正しい世の中になると信じていたジュンにとって、今目の前にある現状はどうしても許せないものだった。
やがて薬で落ち着きを取り戻したマツリはベッドの上で安らかな寝息を立て始めていた。
シオリはそのベッドに上半身を乗せじっと姉マツリを見ていた。
ジュンはそんなシオリに声を掛ける。
「シオリさん。行こう!」
「え?どこへ?」




