女の名はシオリ
ひと騒動により選択権を奪われ奴隷と化したジュンはシオリを連れ1階の食堂に辿り着いた。
それぞれが昼食を注文し空いている席に向かい合って腰を下ろす。
女は早速注文したカツ丼を豪快に頬張り始める。
「ん~~~!ウマ!な~んか役所の食堂ご飯って美味いって定説あるよなぁ~」
そんな女を呆れ顔で眺めながらジュンは静かにコーヒーをすする。
「そういえば名乗ってへんかったよな?私シオリやで。よろしゅう~」
「はいはい。知ってますよ。さっき書類の記入手伝ったでしょうが」
「あ!せやな」
その女はシオリと名乗った。
口一杯にカツ丼を頬張りながら喋る品の無さを見てジュンは再び軽蔑の視線を流す。
「しっかし難儀な世の中やなぁ。何でもかんでも免許が必要やなんて。窮屈でたまらんわ」
「必要なのはごく一部でしょ」
「せやかて就職まで制限されてもうたら生きていかれへんやん」
「いち大人として最低限の常識と品性を身に着けてもらうためです。それすらままなってない人間が世間に野放しになるからアンマナーや不道徳な犯罪が増えるんだ」
「正味な話、無理矢理免許取らざるえーへん様な状況に追い込んで、取らせた後は責任負わせて破ったらしょっぴくって話やろ?殆ど独裁政治やん」
「好きに解釈してもらって結構。政治や規則の甘さが雑草を増やす、それにメスを入れたっていう実情は否定しないよ」
「やっぱそうやん」
「言っとくけど、今後はもっと多くの事柄に免許制が導入される予定だからね」
「えぇ!?嘘やろ?」
「当然。この免許国家が誕生したお陰で国民の士気は高まって犯罪も事件も激減してる。人知れず虐待される子供、無責任な飼い主のせいで殺処分される動物、非道徳なネットの書き込み起因の自殺や報復事件なんかもね」
「”マナー”っちゅう範囲にまで処罰範囲広げるんはどうかと思うけどな。禁止されとる項目多過ぎてもう何がアカンことなんかよーわからへんわ。別に男と女の付き合いで連絡回数の制限までせんでええんちゃうの?ストーカー被害防止かなんか知らんけど」
「線引きが難しいっていう課題はあるのは確かだけどね。でもそこが重要なんだよ。この免許制度をもっと昇華させることが本当の意味で正しい世の中にする唯一の方法なんだ!」
ジュンの言葉を聞いたシオリは食べる手を止め、どこか神妙な表情を見せ始めた。
「よぉ言うわ。何が正しい世の中やねん。なんぼ免許制にしたかて、結局正しさなんて権力の前には勝たれへんねんて」
「何だって?」
「だってそうやん。いつだって金持っとる奴やお上さんが甘い汁吸いよんねん。世の中も人間もそういうもんやねん。免許国家がナンボのもんやっちゅー話や」
ジュンは持っていたマグカップを机に置き鋭い目付きでシオリに反論を呈す。
「…聞き捨てならないね。さっきも言ったけどきちんと結果は出てるんだ。俺はこの仕事に誇りを持ってる。センターの内情も知らないくせに無責任な侮辱は止めてもらいたいね」
ジュンから睨みにも近い視線を浴びたシオリだったが、シオリもまた睨み返す様な表情を見せた。
会話が止まった重苦しい空気の中、シオリは残りのカツ丼を一気にかき込み終えるとすぐさま席を立った。
「ごちそうさまでした!」
そう言い残したシオリは食器を返却口に戻すと急ぎ足で食堂を後にした。
食堂に残ったジュンは再びコーヒーを飲みながら静かに独り言を呟く。
「…全く、典型的だな。自己管理も出来ない上に不都合は全部他人や世間のせい。あんな奴が大人免許を簡単に取得出来る訳ない」
そしてジュン自身も注文したサンドイッチを食べ終えると、静かに食堂を後にするのだった。