「大人免許を発行しろぉぉ!!今すぐだぁぁ!!!」
「…今日…か」
この日、センター内のジュンはどこか浮かない顔だった。
いつも通りの風景、いつも通りの仕事、しかし唯一ひとつだけ違うところがあった。
それは今日が殺人免許最終試験の日ということだった。
ジュンは書類を目の前にするも仕事が手につかないといった表情を浮かべている。
そこに上司のジムラが現れた。
「やぁ、ジュン君」
「あ!ジ、ジムラさん!お疲れ様です」
「いよいよ今日だね」
「…はい」
「最終試験にも同行してもらうけど、この内容は特に重要機密事項だからね。どんな些細な事でも絶対に他言無用だよ。くれぐれも気を付けて」
「は、はい」
ジュンは普段より最終試験内容が気になってはいたが、上司であるジムラがわざわざ自分の席にまで来て注意を促す程の内容と知り、その興味は格段に飛躍した。
「最終試験は何時からなんだい?」
「えっと…あ!ご、極秘事項なので」
「うん。その調子だよ」
ジュンがジムラのカマかけに辛うじて気付き再び仕事に戻ろうとした時、突然センター内にけたたましいベルの音が鳴り響いた。
「なっ、何だ!?」
ジュンは勿論、ジムラもこの騒動に反応を見せ周囲を見渡すとやがて大声でセンター内を闊歩する男の存在に気付いた。
「大人免許を発行しろぉぉ!!今すぐだぁぁ!!!」
「!!」
それは恰幅の良い大柄な男で片手に斧を持ちそれを振り回しながら大声で叫んでいた。
周囲の職員や来訪者は奇声を上げながら男から逃げ惑っている。
「責任者はどいつだぁっ?こいつらぶっ殺されたくなかったら今すぐ出てこぉぉい!!」
ジムラはすぐさま受付カウンターから飛び出しその男の前に立ちはだかった。
「ジムラさん!!」
冷静な物腰で暴漢に語り掛けるジムラ。
「お客様、いかがなさいましたか?」
男はジムラに斧を向け乱暴に言い放つ。
「さっきから言ってんだろうがぁ!免許だ!!大人免許を今すぐ再発行しろーっ!!」
「穏やかではございませんが、ご事情をご説明いただけませんでしょうか?」
冷静に語り掛けるジムラだったが、その表情はどこか鋭いものを見せていた。
「うるせぇええっ!つべこべ言わずに今すぐ免許を発行しろっつってんだろーがぁぁっ!!」
男は聞く耳を持たぬといった様子で縦横無尽に斧を振り回している。
「ジムラさん、そいつ飲酒運転の前科者です!」
男の後ろからジムラに向かって大声で言い放ったのは男性職員のチーナだった。
「飲酒運転!?」
「はい!そいつ飲酒運転で事故起こして免許停止にされてるんです!再発行の手続きに来たんですが停止期間が終わってないのでお断りしたら急に暴れだして!」
「…」
ジムラの表情がみるみる険しくなっていく。
「…ご事情は把握いたしました。申し訳ございませんがお引き取りいただけますか?さもないと…」
「ふざけんなぁっ!一体何様だてめぇらっ、マジでぶっ殺すぞ!!」
忠告を一切聞き入れない男の態度にジムラは一度顔を伏せた。
そして再度男に視線を向けた表情には無数の青筋が走り鬼の形相への変貌したジムラからは激しい言葉が飛ばされ始めた。
「…キサマァ、飲酒運転だと?殺人未遂もいいとこだ。そんな輩に我々センターがそうやすやすと再発行をするとでも思ってるのか?いいから斧をよこして床に伏せろっ!殺されたいのかっ?あぁ??」
ジュンは普段のジムラからは想像も出来ない程の乱暴な口調に圧倒されていた。
男も少し怯んだ様子を見せたが奥歯を食いしばり再度叫び始める。
「う、うるせぇぇええ!!!2度とやらなきゃいいんだろーが!!俺ぁ今日ここで免許貰わねぇと人生終わっちまうんだよ!さっさと仕事始めねぇと家族まで失っちまう!そうなったらテメーらどう責任取るつもりなんだコラァッ!!」
男の傍若無人ぶりに周囲が呆れ返っている最中、男がジムラをめがけて突進していった。
「うらぁぁぁああああ!!!」
「ジムラさん!!」
ジムラは動揺した様子は見せず軽やかに男の斧を交わした。
男は体勢を立て直し顔を上げると、自分の近くに立っている1人の女性に目を付けた。
その女性は本日最終試験受験のためセンターに訪れていたシスターであった。
「シスターさん!!!」
ジュンが再び大声で叫ぶ。男はニヤッと悪質な笑みを浮かべた次の瞬間、シスターを捕まえ片腕を首に回し斧を顔に突き付けた。
「シスターさん!!!やめろっ!!その人を離せーっ!!」
ジュンはたまらず受付カウンターから飛び出して来た。
「いいか?この女の首をえぐられたくなかったら、今すぐ俺の免許を持ってこーい!!」
「やめろぉぉおおっっ!!!」
「…クズが」
ジュンが叫び、ジムラが呟く。
シスターは咄嗟の事に全ての事情を把握出来ていない様子だったが、その表情は恐怖におののいていた。
「やめろぉぉっ、その人を離してくれ!!!」
「うるせええぇぇえ、引っ込んでろガキ!!おい、そこのテメェ!今すぐ免許を用意しろ!今すぐだぁぁああっっ!!!」
ジュンは怒りと恐怖に震えながらその場に立ち尽くしていたが、やがて何かを思いついた様子でその場を去って行った。
暴漢の男は引き続き叫び続ける。
「だいたい何が免許国家だ!ふざけやがって!犯罪減らすためだとかキレイごと盾にしやがって!細かい事情一切聞かねぇで少しでも線はみ出した奴全員ブタ箱かぁ?テメェらの独裁政治でどんだけの人間が泣いてると思ってんだ、あぁ?不可抗力ってもんがあんだろうがよぉ!!」
「…貴様の飲酒運転も不可抗力だというのか?ある日突然理不尽になんの罪も無い家族の命を奪われた遺族の顔を、貴様は見た事があるのか?」
ジムラの表情と怒声に強みが増す中、膠着した状況に周囲の人々の混乱は徐々に落ち着きをみせつつあった。
やがて職員達の声が飛び交い始める。
「おい!誰か警察に!」
「ジムラさん、危ないです!下がって下さい!」
「クソォ!ここにキラーさんが居てくれたら!」
そして事態はこのまま暫くの膠着が続くと思われた、その時、
「うわぁぁぁ!!!」
「!!!」




