強制補習施行
休館日のセンター、平日の賑わいとは打って変わり水を打ったような静けさを見せるセンター内。
ちらほらと自席で仕事に励む職員達以外に人影は見えなかった。
そんな僅かな職員達の中にジュンの姿もあった。
「ふひぃ~。俺も早いとこ出世したいな~。毎日毎日受付と書類整理ばっかり」
ジュンが小さく愚痴を漏らしていると、受付窓口の方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ジュ~ンさぁ~ん…」
「ん?」
そこには落胆した様子のシオリが机に身を乗り出していた。
ジュンはすぐさまシオリの方へと向かう。
「どうしたんだよ?今日休館日だぞ。食堂も開いてないぞ」
「ちゃうねん。ちょっと聞いてぇ~や~」
仕事を中断しシオリと共に人気の無い食堂に座るジュン。
するとシオリから早速相談を持ち掛けられる。
「え?全部落ちた?」
「せやねん。60社も申し込んだのに全滅やで。一社も書類選考通らへんなんてありえる?もしかして私、社会のブラックリストか何かに載ってんちゃうの??」
怒りと絶望を混ぜた様な表情を見せるシオリに対し、ジュンは噴出し笑い始めた。
「あっははは。仮にそんなブラックリストあったとして、それに載ってる人にセンターが免許発行する訳無いだろ」
「ほな何でやねん?」
「あのね、就職活動ってのはそういうもんなの。60社なんて甘い甘い。もっと不景気な頃には100社送って全滅なんて話もザラにあるんだから」
「え…マジ?」
「マジだ。それに就活は会社ニーズとその人物像がマッチしてるかが肝心だから。S級大学出てるエリートならどんな会社でも受かるって訳でもないんだよ。体力に自信のある若者求めてる建設会社を数学の博士号取った大学生が受けたって落とされる道理だろ?」
「た、確かに」
「会社のニーズも多種多様。中には離職率を警戒して能力より会社がある場所が出生地って条件を掲げてる企業だってあるんだから。実家に住みながら通勤出来る人ならちょっとやそっとのことじゃ辞めないって目論見で。その企業が今人材不足なのか飽和状態なのかとか、運やタイミングが作用する要素も多いんだよ。いちいち落ちたこと気にしてたら身が持たないぞ」
「なるほどなぁ~。難儀やなぁ~」
「履歴書持ってる?」
「え?うん」
「見せて」
シオリはカバンに入れていた履歴書を取り出しジュンに見せた。
それは名前や年齢経歴等の不動情報だけが書き埋められており、次に送る会社が決まった際に送る用にと事前準備していた書類だった。
「…だーめだこりゃ。駄目全然、雑過ぎ!これじゃニーズがどうのこのそれ以前だよ。この様子じゃ志望動機の欄だって適当に書いたろ?」
「え!?いや、その、魂込めて書いたつもりやけど…」
「魂って…。あのねぇ、これから社会に出て給料貰いながら働こうって意思を示す書類だぞ。きちんとしたビジネスマナーがあるの。ちゃんと本とか見て書き方勉強したか?大人免許の講習でも習ったはずだぞ?」
「あー、いやぁ、そのぉ…。まぁ、免許持っとるし、ええかなーと思て…」
「アホか!就活する人間は皆免許なんて持ってるんだよ。あんなのスタートラインに立っただけ。これからが本当の勝負なの。面接の練習とかシュミレーションも全くしてないのか?」
「え?面接も練習せなアカンの?」
「君ねぇ…」
「いやでもホラ!大人免許ん時は黙ってても受かったんやで?てことは就活の面接も同じちゃうの?その、何か知らんけど、私のオーラ的なもんを感じ取ってくれるとか?」
(こ、こいつは…)
シオリのあまりにも世間知らずな発言の数々にジュンは椅子からずり落ちそうな程落胆していた。
根本的な訓練が必要だと感じ取ったジュンは椅子から立ち上がりシオリに対し宣言を放つ。
「今から猛特訓だ!今日は帰れないと思え!」
「えぇぇ!?と、特訓て?またしんどい事せなあかんの?免許取ったばっかりやで?」
「高校卒業して5年なーんもしてこなかったんだろ?その分取り返すんだからもうひと地獄見てもらうからな!」
「ひぃぃぃ!!!鬼ぃぃ!!!」
こうしてジュンによる就職に向けた特別訓練の火蓋が切って落とされたのだった。




