「人生でこんなに神を恨む事になるなんて…」
地下室でシスターと別れたジェントルは喫煙所で一服を終えると地上1階へと戻って来た。
そこで天ぷら屋から戻って来たジュン、そしてシオリと遭遇した。
「あ、ジェントルさん!」
「ジュン君!」
「じぇんとるぅ?誰なんこの人」
ジェントルと初対面だったシオリは男の正体をジュンに問い掛けた。
「あぁ、こちらジェントルさん。ジェントルさん、こちらシオリさんです」
「へぇ、ジュン君の彼女かい?」
「い、いやいや。違いますよ!」
「ははは。てっきりシスターさんにゾッコンだと思ってたけど、意外と隅に置けないなぁ」
「ちょっ、ジェ、ジェントルさんまで…」
2人の会話を聞いていたシオリは不可思議な表情を浮かべていた。
「”じぇんとる”ってまさか本名やないよな?」
「あぁ失礼。今殺人免許の講習を受けててね。その中じゃ皆ニックネームで呼び合ってるんだ」
「ジェ、ジェントルさん!それ秘密…!」
「あ!あぁ、しまった…」
ジェントルはついうっかり口を滑らせてしまい、シオリはその内容に食いついた。
「ええー!お兄さんも殺人免許取るん?やば!誰殺すんよ?」
「あちゃ~…」
片手で頭を抱え困惑するジェントル。
シオリはその流れで2人を食堂に誘った。
「大丈夫やって。私こう見えても口は堅いんやで。まま、立ち話もなんですから、食堂でコーヒーでも飲んで行きましょうや」
シオリはジュンとジェントルの背中を押しながら食堂へと誘導した。
それぞれコーヒーを頼み席に着く3人。
そしてジェントルは徐に自身の事情を話し、場の空気は一気に重みを帯びた。
明るかったシオリの表情にもどんよりと影がかかった。
「…嘘やろ?そんな事あるん?」
「2人で考え抜いた結果なんだ」
「で、でもさ。わざわざお兄さんがそんな事せぇへんでも…」
「苦しまず、俺の手で安らかに逝かせてあげたい。人権だの人としての尊厳だのって国は好き勝手な事言いやがるからな。グランがどれだけ苦しんでるのかを知りもしないで。でもまぁ、もし安楽死の制度があったとしても俺はこの殺人免許を申請してたと思うよ。勝手な自己満足だけどな」
「…」
ジュンは勿論の事、流石のシオリもこの時ばかりは言葉を失っていた。
「あいつが何をしたっていうんだろうな、何で俺達なんだろうな。人生でこんなに神を恨む事になるなんて…。講習でシスターさんの姿を見る度に思うよ。このシスターさんを殺せば、少しは神に復讐が出来るのかなって…」
「!」
追い詰められたジェントルの狂気に近い発言に驚きを見せるジュン。
「…つい恨み節ばかりになっちまうな。どうかしてた。すまない、聞き心地の悪いもん聞かせちまって」
「…いえ」
「これでもあんた等センターには感謝してるんだぜ。ありがとな。それじゃ俺はそろそろ行くよ」
静かにその場を後にするジェントル。
重苦しい空気に苛まれその場から動けないでいるジュンとシオリ。
やがてシオリが小さく口を開く。
「…これも、センターが目指す正しい世の中のひとつなん?」
ジュンは考え込んだ。
しかし答えが見付かるはずも無いと悟るとすぐさま思考を止め反射的に言葉を返す。
「…分からないよ。俺には」
建物の外からはポツポツと夕立の音が聞こえ始める。
2人にとってはそれがジェントルが降らせる涙雨の様に感じられるのだった。




