「天国では幸せになれるのかな?」
ジュンとシオリが天ぷら屋を後にした頃、受講生達が銃を構える射的場では一風変わった風景があった。
受講生達1人1人が標的にするのは全身黒の防護服を纏った人間だった。
その人物はそれとなく普段の行動を装った動きを見せ、受講生達は銃弾を命中させていく。
被弾の衝撃を受けながら倒れてはまた立ち上がり、そんな訓練が繰り返されていった。
やがて全員がその訓練を終えるとその的となっていた人物はヘルメットを取りその素顔を見せた。
「はーい、お疲れ様でした。的中率に個人差はあるけど皆だいぶ板についてきたね。何度も言いますが相手を狙う時は必ず的の広い胴体を狙うこと。頭を狙うのは初弾が命中して動きが鈍ってからの方が効率がいいからねー」
平然な顔でそう告げるのは講師のキラーだった。
キラーはそう言いながら何事も無かったかの様に防護服を脱いでいく。
その様子を見ていたジェントルは驚嘆を漏らす。
「…いくら安全とはいえ、ああも平気な顔して実弾の標的なれるってのは、やっぱ並の神経じゃないな…」
「全くね…」
講師のキラーが終わりの号令を告げると受講生達は次々と射的場を後にする。
そのメンバーの中には勿論委員長の姿もあった。
彼女も同じく無言で更衣室へ入り着替えを済ませると荷物を抱え更衣室を出る。
するとそこにはジェントルが待ち構えている姿があった。
「や、お疲れ様」
「女子更衣室の前でなにやってるのよ?」
「はは。不審だったかな?」
「覗きでもしてたわけ?私はいいけど、中には高校生とシスターもいるのよ?神様に喧嘩売った挙句、犯罪者になりたいの?」
「ははは、それもそうだな。覗くとするなら君が一人で着替えてる時にするよ」
「大した紳士ね。ジェントルなんて名乗る割には腕時計すらしてないじゃない。身だしなみの時点で失格よ」
委員長はジェントルの手元を顎で指し少し軽蔑するかの様な表情で指摘した。
「あぁ…。これでも前は結構いいのつけてたんだけどな。売ったんだ、彼女の治療費のために」
自分の左手首を握り物憂げに呟くジェントル。
ハッと気が付いた様に気まずさを表情に広げる委員長。
一気にその場の空気は重くなり数秒間の沈黙が流れた。
その空気と罪悪感に耐え切れなくなった委員長はたまらず侘びの言葉を口にする。
「…ごめんなさい。本当に」
「いいんだ。悪いことばかりじゃない。車も売ったお陰で毎日歩き放題。ダイエットには大成功さ」
「…それで、何か用なの?」
「いや、特に。ただ少し気になっててな」
「何?」
「君の殺害相手と動機さ」
咄嗟の質問にまた少しの沈黙が流れる。
「どうして今更?」
「最初から気にはなってたさ。君だけじゃなく、受講生全員のね。ある人を殺したい、そしてその殺人は国に許可されたなんて言ったら、どんな奴でも動機が気になるのは当然だろ?」
「…そうね」
「聞くのが野暮だってのは重々承知だが、君のことは最近特に気になってね」
「何よその言い方。もしかして口説こうっての?」
ジェントルは言葉で否定はしなかったが、真意がそんな事ではないということは空気で伝わっていた。
そしてジェントルが一歩核心に迫った質問をする。
「随分と追われてる感じがないもんだな、君は」
「!」
「そろそろ最終試験が迫ってるらしいが、君は随分平然としてる。人を殺す時期が差し迫ってるっていうのに」
「…」
「その相手がどんなクズ野郎だったとしても、これから人を殺めようって人間なら少しは困惑とか迷いが出てもおかしくないもんだろ?あの高校生ですら、最初の頃と比べて考え込む時間が増えてるのに。まぁ君が普段から殺しを生業にしてるってんなら話は別だが」
「…」
「色々考えたんだがやっぱり分からなくてね。よかったら教えてもらえないか?」
委員長は徐に口を開く。
「最初の頃に言った通りよ。野蛮な理由じゃない、それだけ」
「…そうか」
「貴方達が野蛮だって言ったことは撤回するわ。やっぱり皆それぞれ理由があるものよね」
「いいんだ」
委員長はその場から立ち去った。
ジェントルはそれを追わなかった。
「…ふぅ」
ジェントルポケットに手を入れたままは壁にもたれかかり天井を見つめる。
「人のことを気にしたってしょうがないのにな…」
最終試験が近付くにつれ、ジェントルの心は明らかに揺れ始めていた。
恋人を苦しみから救うためとはいえ、この手でその命を奪おうとしていることに強い葛藤を思い出していた。
(…死ぬ程話し合った、死ぬほど愛し合った、センターにも申請が通った、何度も言い聞かせた。今更何を迷ってるんだ、俺は…)
何とか自分の心を納得させるため、踏ん切りをつけるため、繰り返し頭で唱えるジェントルだったが、やはり心が落ち着くことは無かった。
先程委員長に事情を問い掛けたのも、もしかして自分と似たような境遇であれば共感を得てほんの少しでも心を軽くすることが出来るかもしれないと思ったからだった。
(何で…何でなんだよっ、クソォ…)
ジェントルが自分の運命を呪い神に怒りをぶつけている最中、自分が歩いて来た方向から別の足音が聞こえてきた。
その方向に目を向けると、そこにはシスターの姿があった。
「や、やぁシスターさん。お疲れ様」
「お疲れ様です」
「お帰りかい?」
「はい。失礼します」
シスターがジェントルの前を通り過ぎようとした時、ジェントルは咄嗟に呼び止めた。
「なぁ、シスターさん」
無言で振り返るシスター。
「…例えばだ、ある人がこの世界でとても苦しんでるとして、その人が…その、もし、死んだら…、生きてる時に苦しんだ分、天国では幸せになれるのかな?」
突拍子も無い質問ではあったが、シスターは表情を変えず少し考え込んだ様子だった。
「…さぁ。私にはよく分かりません」
「…ははは、そうだよな。すまない、変なこと言って」
「いえ」
そう言うと再びシスターは歩き出した。
ジェントルが天井から足元に視線を落とした瞬間に頬を伝った一筋の涙は、音も無く地面に零れるのだった。




