まさかの合格通知
大人免許試験終了から2週間後、ジュンはいつも通りセンター内で受付業務に勤しんでいた。
一度休憩のために席を外し自販機で缶コーヒーを買い席に戻る途中、遠くから自分の名前を叫び向かってくる1人の女が現れた。
「ジュンさぁぁぁああああーーん!!!」
「え!?」
ジュンが声のする方向を振り向くと、そこには全力疾走で向かって来るシオリの姿があった。
咄嗟の出来事に反応が遅れたジュンは次の瞬間、シオリの体当たりにより地面に押し倒されてしまった。
「ジュンさん!!やった!やったでぇぇぇ!!!」
「ななな、何だよぉぉ??…ん!」
次にジュンの視界に飛び込んできたのは、先程まで手に持っていたホットの缶コーヒーが倒れた衝撃で宙に舞い上がり、それが重力に逆らえず真っ逆さまに自分の顔目掛けて落ちてくる様子だった。
「うわっちゃぁぁぁあーーー!!!」
そして缶の中から放出された摂氏60度を超える液体はジュンの顔をまんべんなく濡らしていったのだった。
顔を洗ったジュンはコーヒーまみれとなったシャツのまま食堂でシオリと落ち合っていた。
席に着くなりシオリは手に持っていた書類を広げジュンに目の前に突き付ける。
「見て見て見て!見てんか、これぇ!!」
シオリが広げたそれは先日行われた大人免許試験への合格通知だった。
「おぉー!やったじゃないか!おめでとう」
「よかったぁ!よかったぁ!ホンマ安心したわぁ!!一時はどうなることか思て食事もノドを通らへんかったわぁ!」
(…この2週間毎日昼飯たかりにセンターに来てたくせに)
心の中で静かにツッコミを入れるジュンだったが、内心シオリの合格には自身も肩を撫で下ろしていた。
「でも何で?何で合格出来たんやろ?面接なーんも喋られんかったんやで?筆記かて70%位の手応えやったのに」
「…さぁね。センターの判断だから。何はともあれよかったじゃないか」
「あ!もしかしてジュンさんが裏から手ぇ回してくれたとか?」
「そんな事出来る訳ないだろ。合否を判断するのはもっと上層部だよ。俺らみたいな下っ端じゃフロアに入る事すら出来ないって」
「ふーん」
シオリはどこか腑に落ちないといった表情を浮かべながらも合格通知を見ては表情を緩めていた。
そんな中、ジュンは心の中で真相を呟いていた。
(面接試験で重要なのは質問に対して的確な答えを出せるかどうかじゃない。見られるのは人柄や誠実性、今後アンマナーや犯罪を犯す可能性の大小。だから面接官は臨床心理士や犯罪心理学のスペシャリストなんかが担当する。ま、勿論このカラクリは極秘事項だけど)
それらの事情を知っていたジュンは試験終了後落ち込むシオリに対し希望を捨てない様慰めたい気持ちだったが、いち職員として秘密を厳守し一線を守っていたのだった。
「喜んでるところに水差す様だけど、大人免許なんて本来取れて当たり前なんだからね。試験はあくまで表向きで誰でも勉強すれば取れる内容なの。本来の目的は一種の誓約書。大人として最低限のルールとマナーを守ります。それらについて私は熟知してます、万が一違反するような事があれば厳罰受け入れますっていう事を約束させるのが本当の狙いなんだから」
「わーってるわ!落ちこぼれで悪ぅござんしたね!人生で初めて本気になって勉強して頑張ってんから、こんな時くらいちょっと喜んだって構へんやないのー」
「はいはい。どうもおめでとうございました」
「よっしゃ!んじゃお祝いやな!今日は豪勢ステーキでも奢ってもらいまひょか」
「あっ、あのなぁ…。何で俺が君のお祝いせにゃならんのだ!」
「えーやないの。ここまで二人三脚で頑張って来た仲やないのぉ」
「自分の足に無理矢理俺の足括り付けただけだろうが。俺は引きずられただけだ!ていうか、俺今日はこれから外に出ないといけないんだよ」
「え?どこ行くん?」
「警察署」
「お?自首?下着でも盗んだんか?」
「アホか!!」
そしてジュンはセンターを出て車に乗り込みエンジンをかけたが、その後部座席には引き続きシオリの姿があったのだった。




