試験終了「落ちたわ…。もうアカン…」
この日、国家免許センターはいつにも増して多くの人が溢れ返っていた。
センターの中でも外でも拡声器を使った職員が長蛇の列を成す訪問者を誘導している。
「受験票を用意しておいて下さーい!大人免許の受験生はこちらの列に4列に。家族免許受験の方はこちらに2列にー。その他更新手続きの方は列を外れて奥にお進み下さいー」
半年に1度開催される国家2大免許の受験日を迎えたセンター。
大人免許を受験する人々はフォーマルな身なりを整え、家族免許を受験する人々はそれぞれパートナーと共に列に並んでいた。
「あ、すみません。免許の更新手続きに来たんですけど、どこに並べば?」
「あぁ、すみません。本日は受験日となってまして大変込み合ってるんですよ。もしお急ぎの更新じゃなければ明後日以降で直しされた方が宜しいかと…」
「あぁー!そういやそうだった。分かりました。また来ますね」
「申し訳ありません」
ジュンもまたセンター出入り口付近で次々と受験に訪れる人を案内誘導していた。
するとそこに聞き慣れた声が飛び込んでくる。
「ジュンさーん!」
「お!」
振り向いた先に立っていたのは同じく受験に訪れたシオリだった。
しかし普段露出が高くだらしない格好をしているシオリも、この日ばかりは違う風貌を見せていた。
「はは。見違えるね」
「せやろぉ~?」
シオリは散らかっていた髪型を綺麗に整え、清潔感のあるリクルートスーツに身を包んでいた。
薄手の化粧が施されたその表情は普段とは一線を画す品格を醸し出しまるで別人の様だった。
「何か随分吹っ切れた感じだね」
「もうここまで来たらやるしかないねん!」
「その意気。受験票用意しておいてね」
「おっけー…あれ!?」
カバンの中を手探りするシオリだったが、その表情は見る見ると青ざめていった。
「ア、アカン…。受験票忘れた…」
「えぇ!!?」
シオリはその場でカバンを引っくり返し全ての中身を地面にぶちまけるもやはり受験票は見当たらなかった。
「あぁぁぁ~しもたぁ~!!!オシャレ気合入れ過ぎてすっかり忘れてもぉたぁ!!」
「な、何やってんだよ!急いで取って来い!」
「アカンて!バス待ってたら間に合えへんし、タクシー乗るお金なんて持ってへんもん!」
「なっ!じゃどうするんだよ?」
「お願いジュンさん!家まで送ってぇな!」
「はぁ!?俺仕事中だぞ?」
「一生のお願いやってぇ!!今日試験受けられへんかったら私らホンマにホームレスになってまうやんー!!」
ただでさえ大混雑にて仕事を投げ出せないジュンだったが、シオリの懇願に根負けし半ばやけくそといった気持ちでシオリの腕を掴んだ。
「あぁぁぁ!全くもぉぉ!!!」
ジュンは自分の車にシオリを放り込む様にして乗せ込みエンジンをかけると猛スピードで車を走り出させた。
法定速度ギリギリのスピードとハンドル捌きでシオリの家まで到着したジュン。
シオリは車から飛び出ると大急ぎで家から受験票を取って戻って来た。
再び猛スピードでセンターへと車を飛ばすジュン。
やがて到着し何とかギリギリの時間で間に合ったのだった。
「ったく!試験当日に受験票忘れるなんて、俺が面接官ならこの時点で落第だよ!さっさと行って来い!」
「はっ、はいぃ~!!ホンマすんません!おおきにぃ!」
シオリは車を降りるとセンター内へと駆け込んで行った。
(てか、こんな肩入れがバレたら俺だってクビかもだよ…)
ジュンは車内で呼吸を整えるとゆっくりとシートベルトを外すのだった。
同じ日の夕方、受験者グループ最後の組がぞくぞくと各教室を出て自身の帰路へとつき始める。
ジュンは既にこの日の業務を終えており、自席でコーヒーを飲みながら雑務をこなしていたが、やがてその人波を見つけ本日の全ての試験日程が終わった事を悟る。
「お!いた!」
ジュンはその中からシオリを見つけ出すと人ごみをかき分けゆっくりと近付いて行く。
しかし遠い視界からも明らかにシオリの様子がおかしい事に気付いていた。
やがて辿り着き後ろからシオリの肩を叩くジュン。
「おい、お疲れ。どうだった?」
「…」
シオリはその場に立ち止まるもそのまま振り向こうとはしなかった。
「どうしたんだよ?」
「アカンかった…」
「え?」
「落ちたわ…。もうアカン…」
「何だよ?どうしたんだよ?」
「なんも喋られへんかってん」
「え?」
「面接。色々聞かれてんけど、緊張してもうて…」
「…」
シオリは消え入りそうな声で細々と後悔を呟く。
「筆記試験は手応えあってん。ほんで残り面接さえいけたら合格や思たら急に緊張してもうて…。頭真っ白なってもうて…」
「あぁ~。あるね、そういう事。でもまだ結果出てないんだし、そう悲観的になるなよ」
「無責任な事言わんといて!いっこもやで?いっこも答えられへんかってんで。挙動不審やったし口開いてもカミまくりやし。こんなんで受かる訳無いやないの!」
ひどく落ち込むシオリを見てジュンはひとつ小さく息をついた。
「夕飯。食べていくか?」
「食欲なんかあらへんわ。帰る」
そうしてシオリは再び流れる人波に乗りセンターを後にした。
ジュンは心配そうな表情でシオリの後ろ姿を眺めていたが、やがて自席に戻り何故か涼しい表情で残りの雑務に手を付けるのだった。




