ハレームランチ
食堂に着いた4人はそれぞれ昼食を注文し席に着いた。
「あれ?シスターさん、サラダだけ?もしかして宗教上お肉食べれないとか?」
「いえ、特にそういった戒律はありません。健康のためにと思って」
4人は各々昼食に手を付け始める。
シオリはこの日初対面となるJKから事情を聞き悲愴な気持ちに駆られた。
「そないなことあったんかぁ~…。ホンマ悲惨やなぁ。元気出してやぁ」
「へーきへーき。あんまり覚えてないしさ」
「せやけど、言うたら高校生の子に復讐で手を汚さすってことやろ?やっぱ因果な制度やでホンマ」
「まぁいいんじゃない?私は自分で望んだことだしー。講習も結構楽しいよ。バンバン本物の銃撃てるしー」
「コラ!秘密厳守ってこと忘れたのか?それ以上内容をベラベラ喋っちゃ駄目だ!シオリさんも質問はそこまで!」
「はーい」
声を揃えて返事をするシオリとJK。
「今の免許制度に賛否両論があることは重々承知してるよ。けど俺はこの制度の先に本当の意味での平和と秩序が達成されると信じてる!」
「いよっ!相変わらず熱いでおますなぁ~。お陰で私みたいなのはヒーヒー言わされとりまっさー」
皮肉交じりに言い放つシオリ。
「けどさー。あたしの先輩が彼ぴとデキちゃったんだけど、免許制国家でよかったって言ってた。もしこの制度無ければそいつ絶対逃げてたと思うからってー。ちゃんと働き出したみたいだしー」
「確かにペットの飼育に関しても規制が出来たお陰で虐待されたり無責任に捨てられるといった案件はほぼ聞かなくなったような気がします。殺処分もかなり激減したと聞いてます」
するとJKがシスターに対し声を掛ける。
「ねーねー。シスターさんって神様と結婚してるんだよね?じゃあ人間の男の人とは結婚しちゃいけないのー?」
「一般的な修道女はそうなりますね。私はそういった戒律には特に縛られていませんが」
「へー、じゃあ彼氏はいるのー?」
ジュンの耳がダンボのごとく大きくなる。
「…いえ。特には」
(いいいぃぃよっしゃああぁぁぁ!!!)
心の中では飛び跳ねながらガッツポーズを決めるジュンだったが、その顔はいたって冷静を保っていた。
「JKさんはいらっしゃるんですか?」
「いないよー。けどさー、講師のキラーさんってめっちゃカッコよくない?なんかすごくミステリアスでさー。冷徹な感じがいいよねぇ~」
(あ、あんな目に生気のない人好きになるなんて。やっぱり変わってるなこの子…)
「はぁ、そうですか」
「シスターさんはいないの?好きな人とか気になってる人ー」
再びジュンの耳がダンボとなる。
「んー。私はどちらかというと先程のジムラさんという方の方が素敵だと」
(ガーーーーーン!!!)
ジュンは手に持っていた箸をおぼんの上に落としてしまった。
本能的に取り乱してはいけないと思いながらも、その目はキラー以上に生気を失ったまま遠くを見つめていた。
「ん?どしたの?」
「はっ、あ、いや、なんでもない…」
(分かり易い男やで…)
「へー!シスターさん、あーゆー人好みなんだー!」
「好みというか、まぁ」
「ねね、お兄さん同じ場所で働いてるんでしょー?ジムラさんって結婚してるのー?」
「い、いやぁ…。ど、どうかな?プライベートなことはあまり…」
「ふーん。シスターさん、告っちゃう感じー?」
踏み込んだJKの質問に体中から汗が噴出すジュン。
「…いえ。私、色恋沙汰に構っている場合ではないので」
シスターの返答に複雑ながらも安堵するジュン。
「そそそそそ、そうですよねー!!今は講習本当大変ですもんねー!いやー、真面目で尊敬するなー。ハハハハー!!」
ジュンの全身を使ったリアクションを白い目で眺めるシオリ。
(今時コントする芸人でもこんなベタなリアクション見ぃひんで…)
やがて食事を済ませた4人はそのまま食堂で解散となった。
帰宅するJKとシスター。
自習室に向かうシオリ。
そしてジュンは仕事場である受付フロアへと向かっていたが、その足取りは重い。
それは昼食直後の満腹からくるものではなかった。
「はぁ。シスターさん、ジムラさんのことがタイプなのか、トホホ…」
「よう、ジュン。なに小声でボソボソ言ってんだよ?」
肩を落としながらトボトボ歩くジュンに背後から声をかけたのは先輩職員のチーナという男だった。
「あぁ、チーナさん。お疲れ様です」
「俺はそこまで疲れてないけど、お前は本当にお疲れ様なご様子だな」
「はは…」
「で?ジムラさんがどうしたって?」
「え?き、聞いてたんですか?」
「いや、はっきりとは聞こえなかったけど、ジムラさんがどうのこうのとか言ってなかったか?」
「あ、あぁ、いや、そのぉ…。いやー本当にすごい人だなーって。自分なんかまだまだで、いつになったらあそこまで仕事できる人になるのかなー、なんて。はははは」
チーナは明らかに不振なジュンの態度に気付いてはいたが、特に気に留める様子もないまま会話を続けた。
「ジムラさんね、確かに。でも色々謎の多い人だよなー」
「…女性って、やっぱりミステリアスな人に惹かれるんですかね…?」
「え?」
「ねぇ、チーナさん!女性ってやっぱりああいうミステリアスで落ち着いていて、年上でスーツが似合う男性が好きなんですかねぇぇっ??」
チーナの両肩を鷲掴みにして鬼気迫る表情で問い詰めるジュン。
「ちょちょちょちょ、な、なんだよ?どうしたってんだよ?男の俺にそれを聞くなよ!落ち着けって!」
チーナになだめられ再び肩を落とすジュン。
「まぁ女の好みはともかく、確かにあの人は男として憧れる部分あるよな。なんでもセンター長に実際に会ったことある数少ない職員だって噂だし」
「えぇ?セ、センター長に!?」
「あぁ、あの人昔は上司もビビるくらい仕事の鬼だったらしいぜ。通称”閻魔ジムラ”ってな」
「え、”閻魔”?なんかすごい怖いネーミング。何でそう呼ばれてたんですか?」
「さぁな、俺も詳しいことは知らない。あの人の昔を知る人間は少ないし、殆どが既に上層部だから俺達みたいな下っ端がそう気安く会える立場にはないしさ」
「な、なるほど…」
「そういえばジュンってジムラさんの推薦で入所出来たんだろ?」
「え、えぇ。そうなんですよ」
「すごい名誉だよな、それ。あんな偉大な人にさ。上司に恵まれるなんてこんな幸運なことないぜ」
「そ、そうですよね」
「そうそう。…おっと!時間が。じゃそろそろ行くよ。またな。頑張れよ?」
「はい、お疲れ様です」
ジュンの肩をポンと叩いてその場を去るチーナ。
「ジムラさん、センター長との面識まであるのか。こんなの俺がどう頑張ったって敵いっこないな…」
ジュンが再び大きく肩を落としながら受付窓口へ歩き始めた頃、シスターはセンターの外で1人、誰かに電話を掛けていた。
「…はい。いえ、日程までは…分かりました、直ぐに報告します。はい、はい、はい…」
物陰に身を潜めながら行われた通話はやがて早々に切り上げられた。
端末をポケットにしまい辺りをキョロキョロを見渡すとその場を去って行くシスター。
そんなシスターの後姿を死角から眺めているひとつの人影は手に持つ機械のスイッチを切り何も言わずにその場から姿を消すのだった。




