認められし愛ゆえの殺人
射的訓練が解散となりジュンがシスターと共に1階へ戻って行った頃、地下フロアの喫煙所にて1人タバコを吹かす男が居た。
「ふぅ…」
溜め息交じりで大量の煙を煙を吐き出しているのは恋人を殺すために殺人免許取得に励むスーツ姿のジェントルだった。
人前では比較的社交的な態度を見せていたジェントルだが、1人で憂い気にタバコを吹かしている姿はどこか暗いものを背負っている雰囲気を醸し出していた。
そこにもう1人の人影が現れる。
「ちょっといいかしら?」
それは先程迄共に射的訓練行っていた委員長だった。
「おっと!これはこれは。何かご用かな?」
「ちょっと聞きたい事があるの」
「ん?何か?」
「貴方、恋人を殺す為に免許を取るって言ってたわね?」
「…」
ジェントルの表情が固まる。
「ごめんなさい。聞かれたくない事かもしれないけど、どうしても気になったの」
「…どうしてだい?」
「特に。興味本位よ。勿論答えたくないなら無理にとは言わないわ」
再びタバコを大きく吹かすジェントル。
「ごめんなさい。野暮だったわね」
委員長が喫煙室から立ち去ろうとしたその時、ジェントルの口から真相が漏れた。
「病気さ」
「え!?」
自分の足元を見つめながらジェントルが呟く。
振り返る委員長。
吸い終わったタバコを灰皿に押し付けながら再び大きな溜め息をついたジェントルは静かに語り始めた。
「単純な話さ。不治の病に冒されていてな。快復の希望も無い。日々激痛と不安に耐えるだけの日々。法律じゃあ安楽死は認められていない。考え抜いた末に殺人免許を思い付いた。それで申請が通ったってことさ」
委員長は沈痛な面持ちで言葉に詰まった様子だった。
「これまで長く一緒に歩んで来た。彼女の人生最後を”自殺”なんて形で終わらせたくない。せめて俺の手で。何かこう、分かってもらえないかもしれないけど、俺も同じ位苦しみたいんだ。最後俺が手を下す事で俺の魂も一緒に天国へ持って行ってもらえるかもって、そんな感じがしてさ…」
「そうだったの…」
「合格して貰える安楽死の薬も目的のひとつさ。最後くらいは安らかに逝かせてあげたいしな」
「…ごめんなさい。やっぱり聞くべきじゃなかったわ。辛いわね。苦渋の決断だったと思うわ」
「はは、流石はお医者様だな」
「え?」
「医者なんだろ?あんた」
委員長は突然の指摘に驚いていた。
「え?どうして?」
「この前の人体構造の講習、相当グロい内容で高校生のお嬢ちゃんなんかはゲーゲー言ってたが、アンタは平然な顔してたよな。それに真剣に聞いてる感じではあったが物珍しそうな顔じゃなかった。他の講習とは違って珍しくメモも取ってなかったし。さしずめ”興味のある内容ではあるが既に知っている事”ってところかな?」
「…ご名答。と言ってあげたいところだけど惜しかったわね。”元”医者よ。今は製薬会社で開発チームをけん引してるの」
「そうか」
「推理はお見事」
「どうも。何も分かってない連中は無責任に”希望を捨てちゃダメだ”なんて言いやがるが、やっぱりアンタは違うんだな。似たような現場をいくつも見てきたんだろ?現実をさ…」
委員長は全てを言い当てられたかと言わんばかりにあっけにとられた表情をしていた。
「…フッ、なんてな」
「え?」
「失礼。実は休憩時間にアンタが読んでた医学文献のタイトルを盗み見させてもらったんだよ。机の上に置きっぱなしだったろ?」
「あ!…フン。講習中にも関わらずレディの顔をジロジロ観察した挙句、読み物を物色するなんてとんだ紳士ね」
少し微笑ながら冗談交じりで言う委員長。
「綺麗な顔に見とれてただけさ。自然と君のことが気になってね」
「チャラい男」
「かもな」
「けど意外ね。似た様な理由で申請する人は少なからずいそうだけど、他にそれらしい人はいない。皆こういった内容で通るはずないと思って申請してないのかしら?」
「俺は32回目の申請だ」
「えぇ!?」
「大抵他の連中は1、2回の申請で心が折れるんだろうさ。落ちた事を前向きに捉えて”これはまだ希望を捨てちゃいけないって事だよ”なんて言いながらな。実際、俺達だってそうだった。何度も何度も迷って話し合って考え抜いたさ」
「…それでも申請を繰り返した。それ位、決意は固かったってことね」
「しつこく面談があったよ。本当に彼女を愛してるのか?って。相手の家族構成、出会った日のことや会っていた頻度を聞かれたり、保険金殺人の可能性まで疑われてな…。まぁ、内容が内容だけに仕方ないんだろうが」
「貴方の愛は本物だったって認められたのね。申請が通ったってことは。皮肉だけど」
不意に立ち上がり、眉間にシワを寄せたジェントルが険しい表情で語り出す。
「君にこんなこと言うのはお門違いかもしれないが、俺はアイツを救うことが出来なかった医学者の連中や薬屋の連中に対していい印象は持ってない。これまでの歴史の中で関係者全員が全力を尽くして医学の発展に心血を注いでれば、治せたんじゃないかって、素人ながらに思ってる。どんな仕事でも、手を抜くことは出来るからな。義務を果たしてないヤブ医者共が人の運命を握りながら高給取りな生活してると思うと、胸糞悪いぜ…」
それは敵意か悔しさか、言葉で表現出来ない感情が委員長の表情を支配していた。
喉元にまででかかった反論の弁をぐっと飲み込んだ様子の委員長。
「薬学界、そして医学界を代表して、お詫びするわ」
「…」
ジェントルは目を合わせない。
「すまなかったな。君にこんなこと言うなんて、紳士失格だった」
「いいのよ」
「それじゃあ、次の講習でな」
そう言い残すとジェントルは喫煙室を後にした。
残された委員長も少しの間をおいて喫煙室を出たが、ジェントルが向かった道とは反対方向の廊下を歩んで行った。
出口には遠回りになると分かってはいたが、今のジェントルの後姿を直視出来ない委員長はあえて遠回りをするのしかないのであった。




