殺人免許講師の名前は"キラー"
ジュンがピエロにされ一瞬だけ和やかな空気が作り出された教室内。
しかしその空気は教室の外から聞こえてくるひとつの足音で脆くも崩れ去った。
「誰か来た!」
その足音が教室入り口のドアの前で止まりガラガラと音を立てて扉が開いた。
そこに現れたのは一人の男だった。
「はいはい、お待たせいたしましたー」
教室内の視線を一斉に集めたその男は淡々とした口調と共に教壇の前に立った。
「はいどうも。私が今回皆様の講師を務めさせていただきますキラーと申します」
背が高く、細くも太くもない体つきに女性のようなさらさらのロングヘアー。
表情なく淡々と喋る男の目には人らしい生気が感じられない不気味さがあった。
「…」
教室の誰もが殺人免許の講師という存在に対し興味津々な視線を送る。
「まぁ名前は偽名ですけどね。こういう場なんでなるべくお互いのプライバシー尊重で」
(さっき俺のプライバシーはあの女子高生がぶち壊したけど…)
そんな中、キラーと名乗った殺人免許の講師がジュンの存在に気付く。
「あれ?君はセンターの職員だよね?どうしてここに?」
「あ!はい。今回研修の一環で見学させていただける事になりましたジュンと申します。宜しくお願い致します」
「上司の許可は取ってあるの?」
「はい。総合案内のジムラ係長に許可をいただいています」
「あ、そうなの?君ジムラの部下なんだ?」
「え?ご存知なんですか?」
「同期だよ」
「え?ほ、本当ですか?あ、よ、宜しくお願い致します」
「よろしくねー」
「内輪の世間話はその辺にしてもらえない?私達待ちくたびれてるんだけど」
インテリ風女性が口を挟む。
「あ、はいはい。ごめんなさいね。それじゃあ早速始めます。といっても今日はオリエンテーションで簡単な説明だけなので」
そう言うとキラーは手元にある資料に目を通しながら説明を始めた。
「皆さん、殺人免許の書類審査通過おめでとうございます。これから皆さんには当センターが制定したカリキュラムを受講していただきます。皆さんが今回取得を目指す殺人免許は許可が下りた特定の人物のみ殺害することを許可される免許です。悪用や乱用を防ぐため、また申請者の安全を守るためにも技術面としては遠方からの銃殺のみ習得していただきます。他は人殺しに関する必要最低限の知識を習得していただく形となります。人を殺すことはそんなには難しくありません。まぁしいて言えば初心者の方はいざというときに人殺しのプレッシャーに耐えられないというのが一番のネックですが、その辺もカリキュラムに組み込まれておりますのでご安心ください」
(ず、随分淡々と話すもんだなぁ…)
「殺人免許の講習内容は大きく分けて「筆記」「実技」「最終試験」の3つに分かれます。「筆記」では人体の急所、死の確認、探偵術、薬物の知識、殺す前と後の対応、の5項目に関して授業を受けていただき定期的に小テストを実施致します。「実技」では尾行術、銃の操作と射的術を繰り返し受講していただきある程度のものを身に付けていただきます。あと中間試験として途中いくつかの動物を殺していただきます。無論短期間で一流の技術を習得することは出来ませんのである程度のラインを見据えて合否の判断は僕が行います」
講師キラーの説明が淡々と進む中、受講生とジュンはただ黙って聞き入っている様子だった。
「勿論、今回皆さんが審査に通過したことやここで教える内容含め全ては極秘事項なので他言しない様に。誓約書にサインはされましたね?合格された暁には暗殺用の銃と安楽死出来る薬を必要分配布します。これは近しい間柄の相手を暗殺する場合にご利用下さい。遂行し終わったら返却必須なので無くさない様に」
「ちょっといいかしら?」
インテリ風の女性が口を挟んできた。
「一人ひとりの事情に合わせてカリキュラムを変更してもらうことは出来ないの?正直私の場合、今言われた内容は全部必要ない、許可さえもらえればいいんだけど」
「それぞれの事情に合わせていたらキリないですからね。統一化、合理化、平等化が必要な免許国家です。例えば喫茶店免許欲しいって言ってる人が”ウチは紅茶しか出さないからコーヒーの授業はいらない”って言ってるのと同じですよ。他99人は皆コーヒーの講習が必要なのにその人だけ特別扱いは出来ないでしょ?」
「…そう。言ってみただけよ」
「人によっては必要のない能力を磨くことになるかもですがそこはご容赦ください。どの免許にも多かれ少なかれあることです」
「はー。しかし随分と項目が多いもんだな。こりゃ骨が折れそうだ」
ジェントルマン風の男が頭を掻きながらため息を漏らす。
「センター責任の元で免許発行となります。何かトラブルが起こればセンターが各機関から叩かれたり監査入ったりと面倒なので出来るだけそうならない様、技術や知識はしっかりと身につけていただきます」
「しつもーん!」
女子高生が勢いよく手を挙げた。
「はいどうぞ」
「免許は必ず貰えるんですかー?」
「最終試験に合格すれば交付しますよ」
「最終試験ってなにするんですかー?」
「それはまだ秘密です」
「えー」
「当然でしょ。試験前に内容を知ってちゃ試験にならないでしょ」
「あー、そっかー」
「カリキュラム詳細や他の注意事項なんかはここのプリントに書いてありますから、後で各自1部ずつ取って目を通しておいて下さいね。あ、そういえば呼び名を決めましょうか。短い期間だけどないと不便だから。本名は教えたくない人もいるだろうし、教えてもらっても多分僕が覚えないだろうから分かりやすいニックネームを決めさせてもらおうかな」
「はーい。じゃーわたしはJKでー」
「はいはい。分かりやすくていいですねー」
「そうだな。じゃあ俺はジェントルとでも呼んでもらおうか」
「えー。なんかナルっぽーい」
「紳士が信条なんでね」
「じゃあそのこのシスターさんはそのままシスターでいいですか?」
「はい」
「あなたは何か希望とかあります?」
インテリ風の女性に問うキラー。
「なんでもいいわ」
「そうですか。んー。じゃあ委員長さんでいいですか?真面目そうで頭もよさそうだし」
「結構よ」
「どうも。それじゃあ皆さん本日はここ迄ですが何か質問等ありますかー?」
すると教室内で意外な人物が手を挙げた。
「はい、シスターさん」
キラーから名指しを受けたシスターは徐に口を開く。
「あの…つかぬ事を伺いますが。ことを終えた場合、その免許は効果を失うと思うのですが、その免許証は何方かに転売する事は出来るのでしょうか?」
「!」
シスターからの意外な質問にジュンは勿論の事、講師のキラーもいささか驚いた表情を見せていた。
「いや、駄目です。発行時に説明しようと思ってましたが、殺人免許証に関しては実施後センターへの返納が必須と成ります」
「…そうですか」
「どうしてですか?」
「あ、いえ、その…。もしかしたら嗜好品目的で欲しがる方がいらっしゃればと思って。生活費の足しにしようと…。失礼しました」
「…」
シスターの口から飛び出たあまりにも人間臭い発言にジュンはとても意外を感じていた。
他の受講生もジュンと似た様な感情を抱いている様子だった。
「他にはありますかー?…はい、無いみたいですね。それでは免許取得まで一緒に頑張っていきましょう。宜しくお願いしまーす」
手元の資料をパタンと閉じ講師のキラーは教室から退出する。
それから数秒置きに一人、また一人と教壇の上にあるプリントを1枚ずつ取り教室を後にする受講生達。
最後に教室に残ったのはジュンとシスターの2人。終始沈黙を貫いていたシスターにジュンが話し掛ける。
「あ、あの…」
無言のまま振り向くシスター。
「こ、こんなこと、言っていいかどうか分からないですけど、その、頑張って下さい」
「はい、ありがとうございます。では行きましょうか」
「あ、はい」
シスターもまた教壇のプリントを手に取るとジュンと共に教室を後にする。シスターのセキュリティカードを使いエレベーターで1階に戻るとその場で2人は別れた。
ジュンはすぐに受付には戻らず暫くシスターの後姿を目で追っているとシスターはそのまま歩きながら電話を掛け始めた。
会話の内容は勿論聞こえなかったが、ジュンはその姿が見なくなるまで目で追うのだった。




