「殺すのさ、恋人をな」
突然女子高生が投げかけた話題に教室の空気が一気に張り詰めた。
室内でその問いに答える者は誰一人としていなかった。
「ねーねー聞いてるー?」
するとインテリ風の女性が再び口を開く。
「アナタねぇ。こういったことは気軽に尋ねるものじゃないわよ」
「えー?いいじゃーん。だって超退屈なんだもーん」
「言うつもりはないわ。関係ないでしょ」
「ノリ悪くなーい?」
「ノリですって?そんなもの必要?あなた私達が今から何をしようとしているのか分かってるの?」
「人殺すんでしょー?知ってるしー」
「…随分と無邪気ね。全く、何でこんな能天気な子が申請通ったのかしら。センターの審査基準を疑うわ」
話の途切れ際にジュンを鋭い眼光で睨む女性。
「うっ…」
「なーんか感じわるーい」
「うるさいわね。少し静かに出来ないの?」
険悪なムードにスーツの男が間を取り持つ。
「まぁまぁ相手は子供なんだから。そんなにムキになることないだろ?」
「あー超失礼!子供じゃないしー!」
不服そうな表情で返す女子高生。
「ははは、ごめんごめん。高校生ならもう立派なレディだよな」
「そのとぉーり!お兄さん分かってるぅ~」
「だが高校生が殺人免許なんて正直驚きだな。よく申請が通ったもんだな」
「へへへー、私もびっくりー。ダメ元で申請書かいてみたけど言ってみるもんだよねー。未成年だから大人免許も持ってないけど特例だってさー」
(特例!?よっぽどの理由があるてことか…)
「全く軽いもんだな。今から誰かを殺すつもりとは思えないよ」
「まぁね~。敵討ちって申請したけど正直あんま覚えてないし。まぁノリ?」
「敵討ち?誰のだ?」
「ママ」
再び教室の空気が張り詰めた。
「…殺されたのか?」
ジュンは勿論のこと、2人の会話に他の受講生が聞き入っていることが後姿からも分かった。
「んー、てか自殺?ママの再婚相手普段から超乱暴でさー。私もよくぶたれてた記憶あるんだよねー。それで辛くて薬飲んで死んじゃったみたい」
「…」
ジュンが同情の眼差しを送る中、その女子高生は淡々と語る。
「なんかでもその時のこととかよく覚えてないんだよね。お医者さんはなんとかって言うメンタルの病気であちこち記憶障害が出てるって言われたんだけど。その後は施設で育ったけどそこそこいけてたしー」
「…そうか。辛かったな、それは」
「覚えてないけどねー。その時は悲しかったと思うけどさー」
「それで殺人免許を取って敵討ちてことか」
「そー。お前のせいでママは死んだんだー!正義の裁きをうけぇ~いって感じー?」
インテリ風の女性が読んでいた文献をパタンと閉じ、体ごと女子高生の方向を向いた。
「気持ちは察するけど、もうそこまで恨んでないのなら復讐なんて止めておきなさい。あなたの手を汚すほどの価値があるとは思えないわ。お母さんが悲しむんじゃないの?」
諭すような目で女子高生を語り掛ける。
「んー。でもさー、そいつかなりの変態でさー。時々私のこと犯してたらしいんだよねー」
「え!?」
「当時私まだ5歳だよ?チョーきもくない?」
「クズ野郎だな…」
スーツの男が声を漏らす。
「…その男はどこにいるの?」
「刑務所だよー。そろそろ出てくるみたいなんだよねー」
「DVで収監されたってことか?」
「ううん。何か他にも色々悪い事してる奴だったみたい」
「…そうだったの。ごめんなさいね」
インテリ風の女性は目線を落とし呟く様に言った。
「全然いいよー。気にしないでー」
(そ、そんなことが…。あの子の雰囲気からは想像も出来ない。難関とは聞いてたけど、申請が通ったのも納得だな)
「ねねー。お兄さんは?」
「ん?」
「誰殺したいのー?」
ジェントルマン風の男は少し物憂げな表情を浮かべながら口を開いた。
「…恋人さ」
「え!?」




