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5.待っていました、婚約破棄が叶う日を 5


「よし。これでおかしくないかしら」


 ソフィアは、持っている中では上等である服を着た。貴族時代のドレスは複数残してある。が、華美過ぎて今後着ないだろうというものは処分をしてしまった。チャリティとして出品して、恵まれない子どもたちへの寄付にも回してもらった。

 貴族時代には、教会や施設に寄付をしていたがこれからは寄付もできなくなる。だからまとまったお金をいつも懇意にしていた施設に寄付をした。

 ソフィアが今日着ている服は、ソフィアがデザインした服。この世界はスカートが床につくくらい長いものを着ていて、膨らんだ袖で体のラインはそこまで出さない。もちろん女性は肌を露出するものは普段着にはしない。

 だから、外で働くときにはひどく不便なのである。ソフィアは女性でも外で働けるデザインの服があればなと思い、装飾は取り去り、機能重視の服を作っている。だが、それだけでは味気ない。ボタンやファスナーにひと味加えて、アクセントを加えることもある。


「この刺繍も、悪くないと思うわ」


 袖も膨らんでいなく、シンプルな服に添えたのは、ブローチやネックレスをしなくても鮮やかな刺繍である。それも大柄なデザインではなく、縫い目に使う糸をカラフルにして、首元にはレースの縫い目を意識したステッチを施した。


「スカートの長さも、よし。しわになっていないし。髪の毛もよし」


 鏡の前でくるっと一回りターンをする。父譲りの栗色の髪は、単純な編み込みをしてひとつに結び後ろに流した。耳元には一粒のパールのイヤリング。目立たず、だけれど華やかに。ソフィアは、いくつかの型紙とドレスが入ったバッグを持って外にでた。

 今日は、型紙をくれたお店でフレーベル叔父さんと待ち合わせである。


 ソフィアは家を出ると、大通りを歩いて行く。王都の中心街からは離れているが、歩いていけなくもない距離である。数日家の中の片付けと、近場の市場で買い物するくらいであったので、歩くのも悪くない。


 晴れた空。雨も降ることもなく、洗濯ものも早く乾くし、気持ちがいい。お手伝いさんがこまごましたことはしてくれているが、ソフィアも家の中のことを仕切っているため、できることはやるようにしている。双子たちはお手伝いさんにみてもらっているため、今日は家でお留守番である。

 閑静な住宅地を抜けると、王都の中心街に続く道が見えてくる。まだ細い道路ではあるが、この辺りはメイン通りには出店しないが、知る人ぞ知るお店があることが多い。若手の職人が、お試しで安く店舗を借りる。ここで成功すれば、王室ご用達になり、さらには王都のメインストリートの一等地でお店を出すことができるのだ。

 ソフィアが行くのは一等地ではないメイン通りより一歩さがった道、富裕層がお忍びで通う二番通りに行く。その辺りは、フレーベル叔父さんが取引をしていた店が多い。

 

「今の流行は、グリーンなんだ。やっぱり、叔父さんがもらってきた布もグリーンだった。今年はグリーン系のアイテムを増やすといいのかもしれないわね」


 ショーウィンドウに飾られたドレスや小物を見ていると、ソフィアの創作意欲は高まる。今年の流行カラーを見て、ドレスの形で変化があるところを歩きながら勉強することができるのだ。貴族暮らしだったら、こんなことできなかった。本を見ることや、夜会に参加して初めて知ることが多い。ただ貴族の服装は、自己表現が過多になっている場合もあり、万人受けしないこともあるので、流行を判別するのも難しい。


「この角を曲がったら、お店だったわね」


 メインストリートを歩きながら、二番通りへ向けて曲がろうとする。すると近くで馬車が止まる。目の前で止まったので、ソフィアは驚いてしまった。

 だがソフィアがいる場所は、一等地のブティック店であったので、この店に行く人なのかもしれない。ソフィアは馬車を横目に歩いて行こうとする。


「ソフィア……」


 馬車の窓が開く。すると、中から見知った顔に人物がいた。色素の薄い、美貌の君。昼間だから、その色素は明るく見える。金髪であり、ブルーの瞳。癖のある髪の毛は、緩く波打っているが、やや長い前髪は自信がなさそうな印象を受ける。そう、この人は元・婚約者であった人。


「オスカー、様……なぜ?」


「探したよ、なぜ?という言葉はこちらが言いたい」


「話は済んだことです。オスカーも受け入れたと使者から聞きましたよ」


「わたしは聞いていない」


「ですが、契約書にはサインしました。ここで立ち話も迷惑ですから、失礼します」


「待って。話がしたい」


 ソフィアは困ってしまった。こうやって自分の意見を言うこともほぼなかったオスカー。大体母親の言うことに頷くだけで、母親に逆らうことがない。


「これから仕事がありますから」


「貴族の女性が?そんなに生活が困窮しているなら、わたしが……」


「それ以上言わないでくださいますか?わたしはもう貴族ではありませんので」


 ソフィアはオスカーの言葉を遮った。想像はできる。貴族たちが噂するように、お金に困った元・貴族。家族そろって仕事などして、貴族のプライドも捨て去ったと。オスカーは金銭的な援助を申し出てくるのだろう。でも生活にはまったく困ってはいない。

 それに、オスカーに頼って何になるのか。またあのムダにきらびやかな世界に戻るなんて嫌だ。

 

「では、もう会うことはないと思いますが。ごきげんよう」


 ソフィアは馬車の前を通り過ぎた。こんな人が多いところで言い争いはみっともない。ソフィアは叔父と待ち合わせしている店に向かって歩き出す。ソフィアは知らなかった。あんなに温厚で、無害で、ソフィアには毒にも薬にもならない婚約者に豹変する日々が来ることを。

 ソフィアの後ろ姿を馬車の中で、無表情で眺めるオスカーがいた。そして運転手に指示をする。馬車はその場から消え去った。


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