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35.領主の過去、一難ありて 5


「オスカー……」


 ソフィアの隣にいたカタリナがオスカーに気がついた。いつもはベッドに座ったカタリナを見舞うオスカーだった。日の光を穏やかな表情をしている母親をみたオスカーは、同じく穏やかな表情をしていた。


「母上、お加減はいかがですか」


「ええ……ソフィアたちのおかげで楽しく時間が過ぎます。オスカーも忙しいと聞きました。無理はされてないかしら」


 オスカーとカタリナの関係は、昔から少し距離があった。カタリナが厳しくオスカーを躾けているからだと、ソフィアは子どもながらに思っていた。だが、今の二人をみると上品で元々一定の距離を親子といえども持つ関係性なのだと思った。上品な会話に感じた。


「オスカー、さきほどソフィアにも言いました。わたしはこちらで子どもをうみ、こちらで育てたいと思っています。オスカーがこちらに赴任している限り……王都には帰るつもりはありません」


「母上が決めたことでしたら……わたしは異存ありません。どうか健やかな子をうんでください」


「ええ、ありがとう。オスカーにはずっと辛い思いをさせてきたと。今更謝ってもすむことではありませんが、どうかお腹の子どもをお願いします」


「母上はそんなこと気になさらないでください。わたしは母上の苦労を知っています。今まで育ててもらった恩はあれど、恨みはありません」


 ソフィアは二人の会話を聞いて、オスカーは母親から既に自立した男性なのだと感じた。ソフィアにはまだまだ両親に甘えてしまうことはあるし、家族だから甘えたいこともたくさんある。だけれどオスカーは母親にそんな思いをもつことはないのだと思った。生い立ちもあると思う。彼は母親のいいなりに、わざとなっていたのだとわかる。カタリナを支え、慈しんだ結果の行動だったと。


「カタリナ様、そろそろ部屋に戻りましょうか……」


 ソフィアは声をかけた。そうしてオスカーと二人、カタリナを部屋に送り届けた。オスカーは屋敷に戻るというので、馬車まで見送ることにした。久しぶりに二人きりになった。


「ソフィア……、君にはなんといって気持ちを言えばいいかわからない」


「え……?」


 馬車に行く途中、少しだけ遠回りをして広場を横切った。屋敷の敷地は広い。青々と茂った芝生があった。


「君のおかげで母上もずいぶん穏やかになったようだ。決して母はソフィアには優しくはなかった。そんな母に寄り添ってくれてありがとう」


「わたしはそんなつもりは……」


「ソフィアには何度も助けられる。こんなに穏やかな気持ちで母上と話せる日がくるなど思ったことがなかった。ひとが変わられたようだ。この土地は不思議だな」


「確かに、ここは時間がゆっくりでいい土地よね。オスカー様もひとが変わられたようだわ」


「そうかな?確かにいつも焦りがあったかもしれない。ソフィアは俺にただ生きてればいいと言ってくれたのにな」


「そんなことあったかしら?」


「やっぱり覚えてないか。ソフィアは一度俺のいのちを救ったんだ」



******


 それからオスカーは子どもの頃の話をしてくれた。

 あれはソフィアが祖父の家に来て、王都を離れていた。そして王都に戻り久しぶりにオスカーと一緒に遊んだのだ。




「ねえ、ソフィア……そんなにお祖父様のところ面白かったの?」


「うん、楽しかったわ!いろんな植物をみて、虫も動物もたくさん!夜になるとね、お空が星に埋め尽くされるの!びっくりしたわ」


「そうなんだ」


 キラキラした瞳で祖父の家での体験を語るソフィア。ソフィアの話は上手で、オスカーにとっては暗い毎日の一寸の光だ。


「オスカーも一度見てもらいたい!ねえ、今度一緒に見ましょうよ」


「無理だよ、そんな遠くに行けないよ」


「つまらないの」


 オスカーはソフィアがいない時間の自分のことを話そうと思った。だが考えれば、ソフィアに話すほどのことがあったわけではない。母親の言われたとおりに毎日を過ごし、眠りにつく。感動した出来事もなかった。むしろ母と父の喧嘩を聞くたびに、言い様のない気分になるのだ。逃げ出したい。ここからいなくなりたい。


「ソフィアはまたお祖父様のところへ行ってしまうの?」


「どうかしら?また行く機会があれば行くかもしれないわ」


「い、行かないで!!」


 オスカーはたまらない気持ちになってソフィアを見つめた。


「オスカーどうしたの?大きな声を出して」


「ソフィアがいないと、つまらないから。全然楽しくない」


「オスカーったら」


 手の掛かる弟を見るようにオスカーを見つめるソフィア。この視線を向けられると、胸がざわざわする。オスカーにはわからない感情だった。


「ソフィアも、僕が良い子にしていたら一緒にいてくれる?」


「まあどうしたの?そんなこと言わなくてもいいわよ」


「だって、母上は良い子にしてないと怒るから」


「オスカーは良い子よ。それに何かしなくても、わたしオスカーはそのままでいればいいと思うわ」


「僕は何かしなくてもいいの?」


「ええ、わたしオスカーが元気でいるだけでいいの。何もしなくても、いいと思うわ。うん生きていればいいのよ」


「生きていれば?」


「オスカーと離れて寂しかったときもあったわ。だけれど、オスカーも王都でがんばっていると思ったからわたしもがんばったわ。元気でがんばっていると思ったから」


「だめだよ、僕なんか」


「でも、またこうして会えた。それ以上大切なことってないでしょう?」


 オスカーはなぜだかソフィアの言葉が心に刺さった。ずっと辛かった。ソフィアがいなくて毎日暗い気持ちで過ごす。誰もそんな気持ちなど分ってはくれないと思った。だがソフィアは無意識かもしれないが、オスカーががんばっていると思ってくれた。そして無条件にオスカーという存在を認めてくれる。親にだって無条件で受け入れてもらったことがないのに。


「ど、どうしたの?!オスカー!」


 オスカーは大粒の涙を出していた。声を殺して泣いた。ソフィアの前で泣くなんて何度もある。でも今日は大声をだして泣きたくなかった。でも涙が出てくる。オスカーは今日でこんなに泣くのは最後にしようと思った。



*****



「そんなこと……あったかしら」


「ソフィアには何気ない一言だったかもしれないが。救われた気がしたよ」


「偉そうに言っていたわね。でも……たぶんそんな気持ちになったのは確かだわ。お祖母様が王都で亡くなって。お祖父様がこちらへ来たでしょう。心配で仕方なかったのよ。お祖父様が元気でいるか……でもお祖父様もこちらで癒されたのでしょうね。生きて会えてよかったなって子ども心に思ったのかもしれないわ」


 オスカーと歩く道に、さーっと風が通った。緑のにおいがする。爽やかな風が頬をさわる。


「俺は、やっぱりソフィアが好きだ。今は何も求めてない。ただそんな気持ちになった」


「オスカー様……」


「母親のこと、いろんな事をしっかりしないといけないな。好きだから乗り越えられると思ったのは俺の甘い見込みだったかもしれない。解決しないといけないことがある」


「解決?」


「ああ、父上のことだ。そろそろ事態に気がついて、こちらへ来るだろうから」


 オスカーはそのまま無表情になった。ソフィアはその横顔を見つめて、オスカーが何かと戦っているのを感じた。何かはわからない。だがオスカーが決めたことを応援したいとソフィアは思った。




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