一章 ②
アホほど投稿が遅れてすみません。
時間の割に字数が釣り合ってませんが、私の現状の体力・精神力ではこんなものです。生暖かい応援をお願いします。
時は過ぎ、19時。
自宅最寄り駅の改札を出た私は、深々とため息を吐いた。
「はぁ……」
結局、最初から最後まで仕事に手が付かなかった。
数人分のレポートは採点できたが、それだけだ。「嫌だ」と叫び続ける心を押さえつけながらレポートの採点をすることの難しさは、円周率をひたすら覚える傍らで英語のリスニングをやってもらえれば分かるかもしれない。
タスクを満足にこなせなかった自分が嫌になり、再びため息が出る。
「はぁ…………」
──今日もダメだった。
そんな言葉が私に重くのしかかって来る。
日が暮れてくるといつもこうだ。日暮れ時になると、もうすぐ一日が終わろうとしているのに何一つ行動が起こせなかった自分に嫌悪感が湧いてくるのだ。
この嫌悪感は、もはや「自己嫌悪」と呼べるようなものでは無い。初めの方こそ嫌悪がはっきりと「自己」に向いているが、嫌悪に疲れ果て思考が働かなくなりつつある頃からは嫌悪の対象がいなくなる。これは決して感覚の麻痺などという幸せなものではない。この「嫌悪」は、人間の精神を加速度的に追い詰めていく猛毒だ。
逃げ場を失った空気が風船を割るように、行き場を無くした「嫌悪」は自分の心を蝕んでいく。
発散しようにもその「嫌悪」は言葉に出来ない。出来ることと言えば、思い付く限りの全てを嫌悪の対象にしてせめてもの発散を図ることだけである。こうなってしまえば最後、自分の嫌いなものはおろか自分の好きなものにさえ殺意を抱いてしまうのである。
──嗚呼、嫌だ。
──ふざけるな。
症状が進行すると、思い浮かべられる言葉は専らこういったものだけになってしまう。無心でいるうちはまだいい。何かの拍子で感情が刺激されてしまえば、たとえそれがどれだけ感動的で素晴らしいものであろうとも無条件に殺意と嫌悪を抱くようになってしまう。
募らせた嫌悪は心を蝕み、頭を蝕み、身体を蝕む。
疲れ果てた心は体の支配を拒み、頭もまた不活性化されていく。焦る自分とは裏腹に、自分は何もかもを拒絶する。
──無気力状態の出来上がりだ。
人間誰しも辛い時期はあると言うが、果たしてこれ程辛い事は誰しもに降りかかるものだろうか。そうだとするなら、人間の社会はもっと落ちぶれているのではなかろうか。
──……どうすれば良いんだろうな
これが、私の素直な思いだ。
果たしてどうにかしようがあるのか。無いのなら、その時はどうしたら良いのだろうか。
……ここまで考えたところで、私の思考は活動を拒否し始めた。
考察にしておよそ四十字。これが、今の私の限界だ。
思考を投げ出した私は、自分の欲求に従って酒と煙草を買い込んだ。ガラガラと袋の中で転がる缶の音に嫌悪感がちらつくが、手に持った煙草とチューハイでどうにか飲み下す。
「ハハ……本格的に終わってきたな」
軽く酔いが回り始めてきたのか、酒で流しきれなかった嫌悪が口をついて漏れ出した。
本当はもう少し別の言葉を呟こうとしていた筈だが、適切な語彙が見つからず圧縮言語じみた言い回しになってしまった。
(はてさて……何だか家に帰るのも面倒だな)
幸いなことに、まだ時期的には寒さが厳しくならない。そのへんの公園で飲んだくれていても、恐らく深刻なことにはならないだろう。そう感じた頃には、私は光を目指す蛾のように公園へと吸い寄せられていった。
疲弊したところに酒を流し込まれ、理性は完璧に眠りについたようだ。普段であれば「風呂はどうする」「夕食は」「明日の準備は」などと止めに入るであろうところだが、今回は黙りこくったままだった。
「か〜らぁす〜 なぜなくの〜 からすのかってでしょ〜」
バカっぽい歌をボソボソと歌いながら、私は暗くなった公園の中を彷徨っていた。既に缶は二、三本減っており、二本目の煙草も半分ほどが灰になっている。
「ベンチ無いかなー……歩いて飲むのも疲れるんだよなー……」
思考が口からだだ漏れになっているあたり、完全に不審者だ。この状態この場面で幼女先輩などと遭遇してしまった日には事案発覚、無事社会的死を迎えて試合終了だ。諦めなくても試合は終わるのだ。
「……ギシアン発覚──ぶははっ」
頭の端っこに湧いて出たしょうもないギャグに思わず吹き出す。不審者だ。
どうやらこの公園は見た目以上に広かったらしく、少し歩いたくらいではベンチの一つも見つからなかった。公園入口近くには地図らしきものがあったが、暗くてはよく見えなかった。今歩いているここも十メートルほどの間隔で前時代的な蛍光灯の街灯があるだけで、それ以外の光は無い。これだけ暗ければ物の怪の一匹や二匹なら出会えそうだ。
そんなことを考えていると、ふと「物の怪」という言葉に好奇心が首をもたげた。
「物の怪か……」
化学をやっている人間にとって、UMAや妖怪の類は縁が薄い存在だ。少なくとも存在が確認されサンプルの採取に成功するまでは、化学がそれらに関わる機会は少ないだろう。
しかし科学者の端くれとして、UMAや妖怪の実在については興味がある。オカルティックな領域にまで踏み込む気は無いが、「実はその辺にいるかもしれない」という仮説に従って歩き回ってみるのは吝かではない。
「……ふむ。もし出会えたら挨拶がわりに酒を飲ませてやろう」
会えたからといって特段その先に求めることは無い。酔いに任せた衝動的な思考をゆるゆると巡らせながら、私は止めていた足を動かし始めた。
主人公の女性、結構言動が不安定なように感じられることと思います。
キャラがブレてるわけではないので、気にせずご覧下さい。