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紫煙の陽炎  作者: 文走星
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一章 ①

お久しぶりです。文走星です。


あんまり進んでいませんが、小出しの方が良いとの意見がありましたので今作はこのくらいのペースで更新していきたいと思います。


補足

・化学専攻と博士課程については完全に門外漢です。その道の方につきましては「これ違うよ」「こんなことしないよ」等々あるとは思いますが、素人の横好きと思いお見逃しください。

・時系列的には、プロローグはエピローグの後になります。混乱無きよう、予めお伝えしておきます。

関東平野のど真ん中、某国立大学の研究棟。秋の装いを見せ始めた冷たい風に吹かれながら、私は殺風景な屋上でぷかぷかと煙を吐いていた。

どこまでも高い空を見上げながら、私は大きく溜息を吐く。

「……はぁ」

大学の屋上なんてのは味気ないものだ。特に用途がない空間をとりあえず使えるようにしてあるだけなので、朽ちかけたフェンスが囲む以外は灰皿がぞんざいに置かれているだけだ。

こんな吹きっ晒しの空間に朝っぱらから煙草を吸いに来る人間なんて殆どいない。いたとしてもそいつは碌な人間じゃないし、そんな人間がこの場所に居られるはずもない。

(──ろくでなし、か)

そこまで考えたところでふと自分を省みてしまった私は、改めて自分の有様に失望を感じた。

「……私は一体、こんな所で何をしているんだろうな」

ひらひらと風に揺れる自分の名札を見下ろし、何度目かも分からない自嘲を零す。


『博士課程 きざはし怜菜れいな

──これが私の名前、そして私の立場だ。

簡単に言ってしまえば、私は研究者の端くれだ。学士の四年間と修士の二年間を修了し、第一線の研究者として道を歩み始めた青二才だ。

教授が率いる研究室に所属し、その活動を間近で手伝いながら経験を積んで自らの糧とする──それが、博士課程でやるべき事なのだ。


──しかし私は、自分のすべき事をほっぽり出してここにいる。


私はこの学校の応用化学科に所属している教授の研究室で勉強をしている。

研究室での仕事は様々だ。一応身分としては「研究者」ではあるのだが、博士課程を履修しているうちはまだ半人前。そのため自分の研究を自由にさせてはもらえず、研究室の事務仕事や教授が行う研究の手伝いを主に行うことになる。

もちろん自分の研究は行っている。自分の研究をやりたいがために博士課程にまで進んだのだから、そこに関しては悩むことは無い。──いや、正しく言うのなら「悩むことはなかった(・・・・)」か。


やりたいことをやるために大学へ通っているというのに、何故私がこんな所で油を売っているのか。

答えは単純だ。──研究を続けたくなくなったからだ。

より正確に言えば、「果たして私がやりたかったことは本当にこれなのか」という疑問を抱いてしまったからだ。

私はこれまで勉強一辺倒だった。「特にやりたい事が無いから」という理由で青春を勉強に費やし、何となく積み重ねていた学力でそれなりの大学に入った。特に何を学びたいわけでもなく入った応用化学科でこれまた日々を勉強に費やし、学士課程の修了を前にして修士課程に進むことを決めた。

もちろん、何もかもを「何となく」で選んでいた訳では無い。

応用化学を選んだのは小さい頃読んだ科学雑誌の化学コラムが面白かったからだし、元々ぼんやりと「こんな研究したいなぁ」と考えてもいた。修士課程の折返しに近付く頃に研究の面白さに気付いてからは研究の楽しさにも気付いていたし、そのまま進んでいれば特に悩むこともなく自分の人生を送れていただろう。

だが──ここに来て、プツンとテンションの糸が切れてしまったのだ。

つい二週間前のことだ。ラッシュを過ぎて閑散とし始めた電車に揺られながら研究室に向かっていると、なんの前触れも無く「本当に、これでいいのかな」という思いが湧いてきたのだ。

最初のうちこそ「今更そんなことを考えても仕方ない」と苦笑を零していた。──既に引き返せない所まで来ているのに、一体何を考えている──そう自分を諭そうとする事ができていた。

しかし時を追うにつれ、「これでいいのか」という疑問は「このままだなんて嫌だ」という苛立ちに変わっていった。

訳もわからないまま苛立ちを募らせる自分に、「何故今更そんな事を」と思わずにはいられなかった。以前の私は笑って受け流そうとすることが出来た気持ちに、その時の私はどうしようもなく苛立っていた。


そこから先は早かった。

その日を境に三日に一回は体調不良を理由に研究室へ行かなくなったし、研究室にいても何一つとして作業が手につかなくなった。十七から吸い始めた煙草も消費量が多くなってきているし、楽しんで見れていたテレビ番組もイライラせずには見れなくなった。

何事かと友人に心配されもしたが、素直に「人生が嫌になりました」とは言えなかった。何と答えたものかと悩んだが、結局は同僚に伝えたのと同様に体調不良を理由にした。

実際のところ、体調は普段に比べかなり悪い。

寝付きは最悪だし寝起きも最悪、食欲もガタ落ちしたうえ胃がむかついて仕方がない。

さっさと病院に行くべきだと解っていても、外出にすら忌避感を感じてしまう。全く、どうしたらいいというのか。




全身を覆う倦怠感に押し潰され、私は再び大きく溜息を吐く。

手元の煙草は既に大半が燃え尽き、後はフィルター近くの僅かな部分を残すのみとなってしまっている。

(──足りない)

口をついて、そんな言葉が零れそうになった。

自分でも思いがけない言葉だった。いくら煙草の消費量が増えてるとはいえ、まだ手元には数本吸っただけの箱がある。一日で一箱空けるほどのヘビースモーカーではないし、さらに言ってしまえば私は愛煙家ではない。たまたま手を出したのが煙草だっただけで、これといって煙草に拘りがある訳では無いのだ。

にも関わらず、私は無意識のうちに「足りない」と呟きかけていた。

「……どういう事なんだろうな」

巡らぬ頭に絡みつく疑問を、吐き出した煙と共に風に乗せる。

私に構わず運ばれていく紫煙を眺めていると、胸の奥によどくらい何かが疼き始めた。

「──」

疼痛で心がさざなみ立ち、言葉に出来ない不快感を胸じゅうに行き渡らせる。

逃げ場を求める衝動に抗えず、私は二本目の煙草を取り出した。

「──『メビウス(堂々巡り)』……か。笑えないな」

今まで気にかけたことも無かったパッケージにすら、私の胸はざわめいた。

何も考えず銘柄を選んだかつての自分が憎たらしい。──よしんば当時の自分に文句を言えたとしても、当人には笑い所のわからない冗談にしか聞こえないだろうが。

フィルターを強めに噛み締めながら、咥えた煙草に火をつける。

煙草を吸い始めた時から使い続けているオイルライターを手で弄んでいると、少しずつ心の疼きが和らぎ始めた。

──完全に中毒者ジャンキーだな。

そう心の中で自嘲しながら、深々と煙を吐く。

冷たい風に晒され続けた肌を撫でながら、私はぼんやりとした頭で研究室を抜け出した言い訳を考え始めた。




研究室のドアを開けると、部屋にいたのは私の机の隣でレポートの採点をする同僚一人だけだった。

「ん、お帰り」

ちらりとこちらを振り返った彼は、私を認めると適当な反応を返してきた。ぞんざいな扱いだが、あまり詮索されても面倒なのでこの位の反応が一番助かる。

「ああ。……他の人は?」

特段誰かに用があったりはしないのだが、私が不在の間に何らかの用事が入ったりしていたら後々面倒だ。

「多分昼食べに行ったんだと思う。食堂じゃね」

「そうか」

ならよかった、と心の中だけで呟く。

仕事の出来る研究者諸氏は昼休憩のようだが、仕事も出来ないままサボりを決め込んだ私にそんな時間は無い。終わらせられるかどうかは分からないが、出来る出来ないとに関わらず机の前に座るくらいはせねばなるまい。

(──まぁ、午前は駄目だったんだがな)

自分の不甲斐ない有様を思い出し、思わず渋い顔をしてしまう。

──ふと。席につくと、自分の机に積まれたレポートの山が小さくなっているのに気付いた。

隣を見れば、自分の採点分とは別にもう1つ山を崩している同僚の姿があった。

「……悪いな」

何と言うべきか分からず、私は短くそう声をかけるしか無かった。

「レポート返却も期限があるからな」

こちらを見もせず無愛想にいらえる同僚に、私は心が再びざわめき始めた。

今すぐこの場から逃げ出したくなったが、またもサボりに入るようじゃこいつにも示しがつかない。嫌がる心を宥めながら襟を正し、多少数の減ったレポートに手をつける。

(──嫌だな)

何が、というのは自分にも分からなかった。胸の奥から肉を破って飛び出しそうな苛立ちを努めて面に出さないようにしながら、私はペンを走らせた。

構想としては、 一〜六章+プロ/エピローグの八章立てを考えております。完走し切るか不安ですが、折れてしまうその日までお付き合い下さい。

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