2 生意気な天使-②
ロベルト王子と会ってから1ヶ月が過ぎた。
あれからというものロベルトは3日に一度のペースで私の家に来る。
正直いって、意味がわからない。
なに、なんで、婚約者でもない私に何の用??
家に来たとしても他愛もない話をしたり、甘いスイーツと美味しい紅茶を飲んだり、一緒に読書をしたり、遊んだりするだけ。
あの日はほとんど会話なんてものしてなかった。なのになんでこんなに私に構ってくるようになったのか。
困り果てている今日の私の所に彼はまたやって来た。
「シルビア!今日はチーズタルトを持ってきたんだ!一緒に食べよう!」
「……………ありがとうございます」
いつの間にか呼び捨てで呼んでくる年下王子は、毎回のように甘いスイーツを持ってくる。私は甘いもの大好きだから結構嬉しいけど、王子様からこんなものをいつもいつも持ってきてもらうなんて気が引ける。
でもそんなことを考えていても、早く食べてオーラがすごすぎて、またいつものようにケーキを口に運ぶ。
勝手に口角が上がっていって、とても幸せな気持ちになる。
「美味しい………!」
「シルビアはほんとに甘いものが好きだね!」
否定はしませんよ、甘いものは正義ですから。でも、あなたにもらうというのがとても怖い。
「俺、シルビアがケーキ食べてる姿好きだな!」
「…………ありがとうございます」
「シルビアは僕のこと好き?」
「私は殿下をお慕い申しておりますよ」
軽く愛想笑いをする。
私が困っている1番はこれだ。
何かにつけて、好きだと言ってくる。まだ5歳の男の子が言っているだけだからなんとも思わないけれど、あなたが言うと恐怖心が出てきてしまいますよ。
失礼なのかもしれないけれど、毎回言ってくるその言葉を私は軽く流していた。
自分に興味がない令嬢が珍しくて構っているだけなのだろう、いつか飽きるはず!あわよくば、婚約しないまま飽きていって!!
でも、なぜだか彼は諦める雰囲気は全くなく、私が軽く流す態度にとても嬉しそうなのだ。
えーーーー、なんでだーーーーーーーー、
そんなことが続いて1ヶ月、私はつい気を抜いてしまった。
「シルビアは僕のことどう思ってるの?」
いつもと違う聞き方をされたからなのだろうか、流しすぎて嫌になってきたのか、
「…………なぜ殿下は私をお嫌いにならないのですか」
そう言った瞬間、私は血の気が引くのがわかった。
いやいやいや、本当に好きかどうかもわからないって言うか、これは流石に失礼だし、嫌ってほしいって丸わかりじゃん!
「……………ふっ、ふっ、あははははははは!」
ロベルトは突然大笑いをし始めた。
え、え?なに、こわっ!頭のネジ飛んじゃったの???
怒りすぎて笑ってるの!?
「はぁ……面白い……………シルビアは俺のこと嫌いなの?」
またいたずらっ子のように笑う。
「き、嫌いなんてことは全く……………」
「でも、好きじゃないんだね」
「うっ………………」
「…………俺の周りの人はみんな俺に優しくて、俺のことを好きなんだ、でも、シルビアは違った。シルビアは俺が王子だからしょうがなくしてる、俺はそれがすごく嬉しかったんだ。」
……………つまり、みんなに気を使われすぎて疲れちゃったみたいなこと????
だから私のこんな態度がよかったと。
「俺はシルビアが大好きだよ!」
今まで私が見てきた作った微笑みでも、いたずらっ子のような笑顔でもない、満面の笑み。
綺麗な金の髪がふわっと揺らいだ。
天使みたいに笑うロベルトがとても可愛らしくて、ゲームのことなんか忘れていた私は、ロベルトの目にかかりそうな前髪を少し払ってから、「殿下がそうやって笑うのは、私好きです。」そう言った。
あぁ、ロベルトの前で普通に笑うの、これが初めてかもしれない。
私がそう言い終わると、ロベルトは俯いてしまった。
「………?…………殿下?」
なにか気に触ったのだろうか、不安になった私は俯いたロベルトの顔を覗き込もうとしたその時。
バッと顔を上げたロベルトは私に抱きついた。
「シルビア本当に可愛い……!!」
そう言って手を緩めたロベルトと目が合った。
キラキラとした海のように青いその瞳に吸い込まれそうになる。
可愛い天使のような男の子は、目を細めて顔を赤らめて言った、
「ねぇ、シルビア!俺のお嫁さんになって!」
可愛くお願いされた私は「はい」と言ってしまった。
その日の夜、私は自分のベッドの上で頭を抱えていた。
「あぁ、天使の笑顔にやられた、あんなの婚約しますって言ったようなものじゃないか。」
あの時の私のバカ!!!
あの笑顔はゲームの中のトゥルーエンドの最後のロベルトの笑顔にとても似ていた。なのに、ゲームのことを考えずに返事してしまった!
天使のお願いは断れません!!!!
あれ、でもおかしい。確か婚約はシルビアから無理やり取り付けたはずだったけど、どちらかと言うと私が婚約を結ばれたみたいなことになっている。
これは、婚約者という立場をどうにかして抜け出し、いいお友達を貫き通すしかない。
変に嫌われるよりも、よき相談相手とかになった方がいいのでは???もーーーーーわからない!何が正解なのーーーー!!!!
公爵令嬢らしからぬ、手足をばたつかせて駄々っ子のように心の中で叫んだ。
3日後の朝、顔色の悪いお父様から婚約したことを告げられた。
それからというもの、3日に1度のペースでやってくるロベルトと、いつものように他愛のない話をして時は過ぎていった。
これといった変化もなく3年の月日が流れていた。
9歳になった私は、1ヶ月後にあるお城でのお茶会の準備をしていた。
準備というのは新しいドレスのデザインについての話し合いだ。
山ほどあるドレス、もう新しいのはいらないと言っても今度のお茶会では絶対新しいものを!というメアリの強い押しに負け絶賛サイズを測っている最中だ。
今度開かれるお茶会では、有名な貴族の8歳〜14歳の令嬢令息がたくさん来るそうで、15歳で入学する魔法学園での同級生になるであろう人にも会うことになるのだ。
ここでより良い関係を築くことが出来れば、学園でも過ごしやすくなると、お父様とお母様は言っていた。
人付き合いをあまりしてこなかった私にとっては、ほぼ初めてといった歳の近い子達との関わりになる。
そこにはもちろん、何人かの攻略対象もくるはず。
一気に死亡フラグ総立ちなんてされたら困る。用心しなければ。
そんなことを考えているうちに、サイズ寸法も終わり、何時間かぶりの自由ができたと思ったら、きたよ、王子、昨日も来たよね?来すぎだよ、暇なのかな。
「シルビア!今日もとても美しい、愛しているよ」
会った直後にこれだよ、ははははは
初めは、恥ずかしさもあったけど、こう毎回言われるとなれるものだ。
「ありがとうございます、殿下」
「俺のことはロベルトと呼んでいいと言っているのに」
「いえ、殿下をそんなふうにお呼びするだなんて、私にはできません」
「もう、またそう硬いことを言う!」
プクッとほっぺたを膨らませる王子はやっぱり天使のように可愛らしい。
8歳となった王子は少し身長も伸びて、低かった目線が私と同じくらいになっていた。
耳が隠れるくらいあったちょっと長めの髪を切って、男の子っぽくなられた天使様は今日は不機嫌なご様子。なんでかな?
「ねぇ、シルビア、お茶会本当にくるの?」
「…………はい…………?」
なんでそんなことを聞いてくるのかイマイチ分からなかった。
お茶会の主催者は女王様、つまり、ロベルトの母親だ。
ロベルトといつも話していてわかるけど、彼は母のことをとても好きだし、定期的にあるお茶会もとても楽しそうに参加している印象だった。
なのになんで、嫌そうに私に聞いてくるのだろうか。
ま、まさか、私にお茶会に来て欲しくない!?
こんな婚約者周りに見せるのが嫌!?
「殿下のお邪魔になるようなことはしないように致します!」
本当に邪魔しないから!
そんな嫌そうな顔をするのはやめて!!!
私が言った言葉に対して、「そういう事じゃないんだけどな」と言った殿下の小さな声は私の耳に届いては来なかった。