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向日葵の枯葉  作者: 現代の志
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向日葵の枯葉1

どうも、この度1巻目完成しました。作業をしていると目がしんどくて、眼球が破裂しそうなほどの苦しみも多分に味わったのですが。ホットアイマスク意外に何か目を保養する方法ってありませんかね。目の体操とかなら作業の合間々々にでもしています。

 新聞記事の見出しが目に止まった。大きな文字で大胆に書かれてあるのは「女児遺体解体事件」である。漢字の羅列が痛々しく目に入って来て、悲惨さとシュールさを感じさせる。この事件は2019年8月24日に滋賀県高島市で起こった女児誘拐殺人事件で、その残忍性が極めて高く世間を騒がせた。何より、犯人が18歳の青年であることが世間様の興味を一層掻き立て、連日のようにテレビではこの話でもちきりであった。しかし、この事件の真相は実のところあまり知られていない。いや、知られていないというよりも、知らせたくないと言う方が正しいのかもしれない。なんせこの事件を起こしたのは私達なのだから。

 6月某日。私の友人、坂本甘寧は実家に帰省することを余儀なくされた。聞いた話によると、彼の通っていた大学での人間関係が発端らしく、不幸にも精神的に追い詰められての成り行きであったそうだ。精神療養を余儀なくされた彼は、故郷である滋賀県の牧野町を自身の病床に選んだ。彼は地元の風景が好きなのだ。奥琵琶湖の静けさ、牧野高原の懐かしい匂いを療養の糧とするために赴いた。                

 「・・・ただいま」坂本は実家の玄関で口を開いた。「お帰り・・・」母親が坂本の帰りを出迎えた。しばらく見ていないせいなのか、お互いに少し鉛を感じる物言いで様子を伺う。「・・・荷物を渡しなさい」無言の圧力を断ち切るように母親が荷物を引き上げ、奥の方に運んで行った。「あッ・・ありがとう」坂本も出にくい言葉を無理に出しつつ居間のほうに上がっていった。

 こそばゆい感覚に見舞われながら、居間の畳を踏みつつこともなく辺りを見回した。久しぶりの再会もそうだが、しばらく肌身で感じていないと変に調子が狂う。特に事情が事情なので、個人的に負い目を感じてしまうのだ。例え理由がどうであれ、周囲の目を気にしてしまう坂本にとっては見慣れていたはずの母親や家具群でさえもが、自己のエゴイズム的天秤の上にある重りなのだ。

 母親が居間に入ってきたので、坂本は腰を下ろした。「・・・久しぶりやね。しばらく会わんかったから、一瞬誰なんかわからんかったわ。・・まあ、よう帰って来たなぁ」母親が口を開いた。事の成り行きを知っているが故に、多少の回りくどさが感じられた。「・・・・うん」つかの間の選択の末に出てきた安定な受け答えが坂本の喉を流れる。言葉足らずではあるかもしれないが、返答までの間隔が長い分、素っ気ない言葉に重みを乗せる。母親もその一言で自身の工面を無言のままに肯定する。「お昼ご飯は食べてきたん?」話題を現在に戻すべく、母親らしい自然な話を提示した。

「駅で食べてきた」

「ほな、お昼の心配はいらへんな」

「うん」

「夕飯、なんか食べたいものある?」

「・・卵焼き」

「卵焼きやな。作っとくは」

 会話が終わり、しばしの沈黙が続いた。

「俺の部屋って、まだ二階にあるん?」

「模様替えとかしてへんから前のままやで」

「ちょっと見てくる」

 坂本はごく自然にその場を後にした。人との会話が苦手なことや、自身の年甲斐も相まって母親との会話が億劫に感じたのだ。また、長らく見ていない自身の部屋が懐かしくて恋しく思われたのだろう。廊下を渡り、階段に差し掛かった折に小窓からふと差し込む陽光が胸をくすぐり、階段の軋む音が響く。無性に自分が可哀想で、目がかすんでゆく。昔に想いをはせると窮屈に感じ、何故だか心地よくもなる。今も昔も変わらないんだと、どこかで安心して不安にも感じる。

 自身の部屋の扉が目に入ってきた。妙に小さく見えるその扉は、幼い頃から見慣れているものだった。ドアノブに手を掛けて開くと、穏やかな面持ちで迎えてくれた。苦しい時もうれしい時も自分の傍にいつもいてくれた存在がそこにはあったのだ。多少の埃っぽさがあるものの、その匂いは変わらずに自身をなぐさめてくれた。机や壁に描かれている落書き、壁に空いてある穴、傷跡のついた机や椅子、本棚に立てかけてある大量の参考書。一つ一つが生き様を綴る。

 坂本は椅子に座り込んだ。ふうっと息を吹くと力が抜けてゆく心地よさがした。やはり独りは心地良い、最も自分らしくいられる。手元に置かれていたノートをめくると様々な絵が描かれてある。まだ少し技量が足りてはいないものの、肉付けを施せば店で見かけてもおかしくない程だ。一冊、また一冊とめくり進めているうちに、どこか幼い絵になってきた。以前、思い描いていた自分自身が甦ってくる。はたして今の自分を昔の自分が見るとどう感じるのだろうか。学校の卒業アルバムをめくった時に似た歯がゆさ、恥ずかしさや後悔がこみ上げてきた。説明できないこの気持ちは以前より彼自身を苦しめ続けたのだ。とある過去を、物語るものに出くわす度に締め付けられる。人一倍敏感で鋭利な感覚を持っている彼だからこそ分かってしまうのだ、常人には知覚できないものが、彼の周囲には溢れているのだ。それ故に、彼にとっては人間関係は死活問題なのだろう。人が口を開く前にある程度の憶測が効くのだ。そして、憶測とは逆の性質をも孕んでいる。今までにその類で苦労しなかったことはない。皮肉な話だろうが、彼の苦悩の数だけノートに絵が刻まれてあるのかもしれない。

 最後のノートを閉じた時、天窓から夕焼け色の光が差し込んでいた。腕時計を確認すると午後5時3分。昼から何も食べてなかった分流石に空腹を感じた。夕飯までの時間を散歩でもして気を紛らわす事に決めた坂本は玄関に向かった。途中母親と出くわして夕飯の時間を告げられたが、そう急ぐ様子ではなかったのでかなり遠くに行こうと思った。

 玄関の扉を開けると、緑の山々が紅く照らされている。丁度黄昏時に差し掛かっていたようだ。不思議と昔を思い出す。薄黄色の思い出が胸をつんざくように、今この時を坂本は心地よく迎え入れる。蛙の鳴き声が聞こえ、緑の稲穂が風でそよぐこの風景。昔に帰って来たのだ。長らく見ていなかったこの風景が、自分の認識を塗替えてゆく。灯台下暗しというのだろうか、こんなにも胸を打つ存在が身近にあったんだ。失って初めて気付く様に、本当に大切なものは、過ぎないようで、過ぎて行ってしまう。今この瞬間、もう二度と手放さないと誓う。偽りの自虐をこれ以上、この風景に投げかけるのはよそうと誓った。

 田んぼ道を通り過ぎて、林道に差し掛かった。木々の苔に似た匂いが歩き疲れた身体に染み込んでいく。湿った空気が涼しくて、身体の火照りを忘れて前に進んで行く。自分の足元と平行して立ち並ぶ木々が前方を左右からつつんでいる。進めば進むほど不安をあおってくるのだが、この際ずっと奥まで足を延ばしてみようと思う。

 上を見上げると空が小さくなっていた。時刻は午後6時前だ。かなりの時間を歩き続けたせいか、足が重たい。やはり引き返そう。そう思った矢先、林道の傍らに小道が伸びているのを坂本は気付いた。以前の記憶を手繰り思案してみたがどうも思い当たらない。そもそもこんなところに小道なんぞあったのか?ただの記憶違いである可能性もあるのだが、その道に生い茂る雑草が人を拒むように続いている様はある種の危険と好奇心を煽る景色だ。

 後ろめたい気持ちもあったのだが、なぜだか身体はずんずんと奥に誘い込まれてゆく。先程の針葉樹林とは異なる木々が立ち並んでおり、地面の雑草が脚に絡みついてくる。一気に臆病者になった気持ちがして、木に張り付いている蜘蛛にさえも恐怖を感じた。無心でいようとするも、そうなろうと念じている自分が滑稽に思えてしまう。都合の良い自己肯定の末、小さな社が見えてきた。

 『??神社』石碑には朽ちかけた文字が筒られていた。社があるので、おおよその意味は読み取れたのだがその名称までは解らない。所々に苔の付いた鳥居が石碑の横にたたずんでおり、境内には雑草が石畳の隙間から生えている。手水舎には水がなく、賽銭箱はあるものの南京錠が外されてある。神主さんや管理人が気になるが、見た感じ誰の所有地でもなさそうな気がする。参拝するくらいなら罰は当たらないだろう。坂本は社に手を合わせることにした。鳥居の前に立った時、いわれもない威圧感が身を包んだ。眼前に映る社が、とても遠くにある気がしてならない。確かにそこにあるのだが、ないのだ。自身が見ている光景とは全く異なる光景が目の前にはある。それは向こう側でも同じことなのだろうか。小さな存在が様々な感情を抱えてやって来る。彼等はそれを内側から見つめ、判断し、招き入れる。ある意味純粋で、ある意味利己的で、ある意味哀れな感情を、いったいどれ程みてきたことだろう。鳥居にこびりついた苔が、酸いも甘いも知り尽くした果ての、老人の焦げ茶色の斑紋を彷彿させる。それはある種の異世界なのかもしれない。人智が届かぬ感覚が複雑に絡み合い、時空を超えて人の味を嗜む。今までにどれ程の喜怒哀楽が、この場所で手を合わして来たのか、信仰とは不思議なものだ。もしかすると、人の方が難しいのかもしれない。真実の虚無を確かめることもできず、不明瞭な道徳を片手に鬼ごっこ。正に綱渡りではないか。自らの行いが必ずしも善であるとは言い切れぬ、言い切れぬから願うのだろう。必ず自分自身が正しくありますようにと。どんな負い目を感じていようとも、人は敵わぬ存在の前では、追われる方にまわりたがるのだろう、例え自分自身が鬼であってもだ。だからこそ、確かにいるではないか、すべてを知り尽くしたはての姿が。それにこそ人がすがれりつき、救いをもとめるのだ。その動機がどうであれ、醜い姿をひた隠そうと。それが信仰なのだ。そしてそれは、これからも続いてゆくのだろう。

 つかの間の沈黙の後、顔を上げると社殿の奥が目に入った。下ろしていた手に何かが触れる感覚を覚えたのはその時である。「...ッ!」坂本は瞬間的に手を引っ込めて、その何かを確かめた。「あっごめんなさい」口を開いたのは坂本である。突然の出来事に戸惑いを覚え、僅かな思考の末に口をついた言葉であるが、違和感を感じる節があることだろう。それもそのはず、手に触れてきた存在は小さな女の子だったのだ。今にも縋り付き、助けを求めている小さな存在、その眼が何かを必死に訴えてきたのだ。途切れ途切れの切らした息、赤く膨れたまぶたが事の意味を示していたのだ。彼女の勇気を尊重するべくも坂本はしゃがみ込んで呟いた。

 「どうしたの?」

 「...あッ..あの人たちが追いかけて来る!」

 鳥居の方を見ると人影がこちらに向かってきている。坂本が通ってきた細道から、わなわなと3人の男達が走ってくる。向こうも坂本に気を取られて、少しの躊躇を見せたが。何の事はない、開き直って坂本もろとも引掴まえるもりなのだろう。

 坂本は少女の片腕を掴むと、社の奥の方に走り出した。咄嗟の判断でそれが正しいのかわからなかったのだが、そうする他はなかった。例え自らが立ち向かって行っても、そのあとの事は簡単に想像がつく。逃げ切るにしても彼一人なら問題ないだろうが、今は状況が違う。ならば少なくとも、隠れる場所さえあればいいのだ。社の裏側には随分と広い敷地があった。所々に岩が転がっており、それらを避けながら更に奥へと進んでいく。振り向くと社が視界を遮っており男達の様子が見えなかったが、おそらく鳥居をくぐったころだろう。

 最奥は山道への入り口になっており、軽い坂道が上へと続いていた。坂本は男達の影が社の裏側に迫っているのを確認し、勢い付けて登り切ることにした。少女の手を引き、小さな背中を押しながら坂道を駆け上ってゆく。体力的に少女の様態を心配しつつも、後ろから迫ってくる雑多な足音を巧妙に憶測する。自分でも不思議なくらい落ち着いている。それどころか、この瞬間を楽しんでいるかのようだ。今までに感じたことのない感覚、少女の事を思ってなのか、自分のエゴの為なのか判らない。只云えるのは、すがすがしい気持でもあるということ。そうして、この子を必ず助けるという決心。

 登り切るとそこは一面に向日葵が咲き誇る世界だった。茜色の空に照らされた紅い向日葵達がこちらを向いている。とにかく、何処かに身を隠すべく辺りを見渡した。小さな小屋が近くにある、坂本は敢えて小屋の傍にある木々の裏側に身を隠すことに決めた。男達の足音が段々と近づいてくる。意識を木の反対側に向けると、つられて自身の胸が張り裂けそうなほど振動しているのが分かる。小屋の前で何やらごそごそと音を立てている。次の瞬間、扉が開く音が聞こえた。やはり小屋の中を物色する腹だったのだろう。恐る恐るのぞいてみると、3人とも小屋の中に入って行く。坂本はその隙に木々の間を通り抜けて元の坂道まで向かった。

 奴らが追っては来ないか不安ではあったが、案外うまくことが進み。元来た道を急いで引き返すことにした。幸い奴らは追っては来なかったものの、辺りは薄暗くなっていた。先程とは全く人相が異なる木々が連立している林道を二人は下って行った。少女は坂本の服を掴みながら小さな声で話しかけてきた。「助けてくれて、、ありがとうございます」坂本は状況が状況なので、少しの間を開けて笑顔で頷いた。

 しばらくして、民家の明かりが見えてきた。田んぼ道に差し掛かったようだ。坂本は安心して口を開いた。

 「君の家はどこにあるの?」

 「...今津亭」

 「ああ、、確か民宿だよね。今津亭って」

 いきなり民宿の名前が飛びでたのには少々面食らったが、成程そういうことだろう。幸いその民宿は実家の近くにあったので、送ってあげようと思い話を続けた。

 「うちの近くだから送るよ、一人じゃ危ないし」

 「あ..うん、ありがとう、、」

 「そういえば、名前なんて言うの?」

 「佐々木瀬奈」

 「瀬奈ちゃんか、僕は坂本甘寧。坂本って呼んで」

 「坂本、、うん」

 二人は色々と話をしているうちに、今津亭の前まで辿り着いた。結構大きなその民宿は、旅館と呼ぶ方が相応しい造りとなっている。丁度奈良ホテルを連想させるそのたたずまいは、ファサードを中心に、夜の暗闇と同化して黒雲のように見える。その軒蛇腹が一層建物の横への移動を可能にするようで、所々に見える電灯が優しい暖かさで迎えてくれる。建物を見つめていると、玄関口の方から瀬奈が手招きをしてきた。

 坂本はおそるおそる戸口の様子を伺い、中に入った。数名の女中さんと女将さんらしき人が、こちらに頭を下げていた。

 「この度は、家の娘が大変お世話になりました。」

 「あ..えっと、、...」

 「ほら、貴方もお礼を申し上げなさい」

 女将さんはそう言うと、瀬奈の服の袖を引っ張った。瀬奈も、あらためて礼を口にした。

 その後、涙ながらに女将さんが話しかけてきて、事の成り行きをもう一度説明すると、是非ともお礼をしたいので明日後日民宿に来るように言われた。

 

 


もしよかったら、次の巻を楽しみにしていてください。個人的にはラノベと純文学をミックスできれば嬉しいのですが。

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