ある人殺しの話
人を殺した。
嫌なヤツだった。
いつもいつも俺を見下して。
嫌いだった。大嫌いだった。
アイツの存在はいつも俺を苛んだ。
出来心なんかじゃない。
俺は明確な殺意をもって、アイツを殺した。
引き返すタイミングはあったけど、あんなことがあったから。
もう、俺はアイツを殺すしか無かった。ソレしか考えられなかった。
……殺した。殺した。殺したはずなんだ。
ばれないようにやった。
誰にも見つからないように、誰にも気付かれないように。
実際、まだヤツの死体は見つかってない。
行方不明扱いはされているが、ただそれだけだ。
バレてない。俺が殺ったとも思われるはずがない。
だから俺は大丈夫なんだ。俺は安定している。安定している。
……最近、夢を見る。
暗い眼だ。
眼。
それが俺をずっと見てる。
最初はぼんやりとしていた。
輪郭も不確かだった。
それが、だんだん、だんだんはっきりしていくんだ。
眼。
眼だ。
髪も鼻も口も、全然はっきりしないのに、眼だけ。
怖いんだ。
怖いのか? 俺は。
ああ、それもよくわからないんだ、最近は。
仕事で怒られる事が増えた。
体調を心配されることが増えた。
俺は大丈夫だよ。
安定している、安定しているんだ。
俺を不安定にしていたものはもう居ないんだ。
だから大丈夫だ。
大丈夫だって言っているんだ。なのにどうしてそんな眼で見るんだ。
アイツは悪い奴だったんだよ。
どうしようもないクズだった。
だから死んだって別にいいじゃないか。皆悲しんだりしていないだろ? そういうことなんだよ。
やめてくれ。
その眼をやめてくれ。
見ないでくれ、頼むから。
俺は悪くなんて無いんだ。
夢を見るんだ。最近。
何も言わない。
でも、じっと見てる。
どうしてだ。
なんでそんな目で見るんだ。
俺は悪くないのに。アイツがずっと悪かったのに。
……気付いたよ。
きっとアイツ、ちゃんと死んでなかったんだ。
だからもう一度殺してあげないといけないんだ。
そうだろ。
そうだ。そうに違いないんだ。
どこに埋めたんだっけ。
掘り返して、もう一度殺さないと。
俺は悪くない。
見ないでくれ。
ああ、雨が降ってきた。
……
…………
………………
6月11日 2:03
山奥で一人の男性が足を滑らせて死んでいるのが発見される。
男の手荷物には刃物とスコップ、そしてレコーダーが見つかった。
警察はレコーダーの内容から、数ヶ月前に行方不明になった同僚の女性が殺されていると判断したものの、遺体は見つかることはなかった。