赤い夢と狐
その夜はいつもと同じだった。
柳田霧十 高校一年生はいつも通り黙々と週末課題を進めていた。
午前1時を過ぎた頃、彼は急な睡魔に襲われ眠りにつくため部屋の明かりを消し、明日の夜先輩と出掛ける約束をスマホのカレンダーで確認し、ベットに仰向けになった。
少し考え事をしたが、間もなく眠りについた。
「あ・・・ 熱い。」
身体が全く動かず、瞼も開かないが、身体が異様に熱い事だけはわかった。
「何処だここ?」
薄っすらと視界が鮮明になってゆく。
それと同時に、身体の中に留まっていた高熱が引ていくのがわかった。
身体を起こし辺りを見渡す。
見渡してすぐにわかった。
「おいおい なんで俺・・・外で寝てるんだ?」
見慣れた住宅街
緩やかな坂道
一つだけ点滅している街灯・・・
そう・・・そこは、普段 学校へ向かうために通る道だった。
しかし、何かが違う。
彼は、直感でそう悟った。
そして次の瞬間、直感が確信に変わった。
彼が直視したその先に、人の形をした赤い影がふわふわと浮遊していた。
彼は、しばらくその赤い影を凝視していた。
「これは・・・・夢?いや・・・現実か?」
彼は、立ち上がり、そしてその赤い影に近づいて行く。
しかし、近づくにつれてどこからか「音」 が聴こえてくる。
まるで女性の悲鳴のような「音」だった。
「うぅ 何だこの音。耳が・・・頭が・・割れそうだ。」
両手で、耳を塞ぎながらゆっくりと前進していく。
赤い影に近づくにつれて「音」が大きくなっている。
どうやらこの影からこの「音」が出ている様だ。
手の隙間から「音」が耳に突き刺さる。
「もう・・・だめだ。ひ・・引き返そう。」
「音」のせいで頭と耳がおかしくなりそうだ。
胃もキリキリと痛み、強烈な吐き気もしてきた。
視界も歪み、焦点も合わなくなっていた。
そして、突然足が動かなくなった。
「クソ!!なんで!!動け!!!動け!!!!「」
しかし、いくら念じても足は動かない。
そして、「音」は次第に大きくなっていき、それと同時に彼の意識も遠退いていった。
聴きなれたギターの音色が、スマホから聴こえてくる。
彼はアラームを止めた。
「うぅ・・・さみぃ。」
大量に掻いた汗が乾き、凍えながら今日見た生々しい夢を思い出す。
「あれって、一体なんっだったんだ?」
リアルな熱さ
リアルな吐き気
リアルなめまい
リアルなあの「音」・・・
これ程リアルな夢は、今まで見たことがなかった。
あの夢はいったい?
そして、なぜかあの光景が心に引っかかった。
彼は、考えるのやめリビングへ向かった。
母とあいさつを交わし、ニュースを見ながら朝食をとった。
その時も夢の事について考えていた。
そして、彼は自分の部屋に戻り、パソコンで、昨日夢に出てきた赤い影について調べた。
「赤い影っと・・・なんだこれ?映画ばっかりじゃねか!!えーっと…じゃあ赤い影 夢っと・・・これでどうだ?ん…?なんだ…これ?」
見つけた記事にこんな事が書かれていた。
『赤色の夢は不吉の前兆』
「えっ・・・・・」
思わず言葉を失った。
『赤い空を見るの夢は突然のトラブルや災難・災害を暗示する凶夢になることがあります。』
赤い空では無いが非常に赤い影と関連性のありそうな記事である。
他にも赤色の夢に関する記事がたくさん記載されていた。
一通り記事を見てあの夢を再び思いだす。
夢で見た赤い影
あれは不吉の予兆なのか…
だとしたらこれからどんなことが起きるのか・・・。
考えれば考えるほど、恐怖と疑問がただただ延々と湧いてくるだけである。
彼は立ち上がり、背伸びをした。
「考えたって無駄だ。どうせ単なる偶然だろ。考えすぎなんだよ俺。」
と声に出してみるも、心の底から安堵することはできなかった。
彼はサイトを閉じ、いつもやっているオンラインゲームを開いた。
「次は10分後か・・全然間に合うな。」
腕時計で次の電車の発車時間を確認すると、今朝、夢で見た坂道を小走りで下っていく。
切符売り場で切符を買い、ホームへ向かう。
ホームで電車を待っている時も今朝の夢とサイトで見た記事を思いだしていた。
今までオカルトや怪談などの類は、全く興味がなかったのだが
今回の出来事に関しては、どうしても頭から離れなかった。
自分の身に何か起きるかもしれないという事はもちろんだが、
夢で見たあの光景を昔見たことあるような気がしたのだ。
いつ見たかは覚えていない(どちらかといえば思い出せない)。
だが確かに見たことある、なぜかそう言い切れる。
「まもなく電車が参ります。」
上りから眩い光が向かってくる。
その光をぼんやり見つめていた。
すると光の中に女性の人影が現れた。
「え?やばくないか?」
しかし彼以外は、その影にきずいていないようだった。
もちろん電車も・・・。
すると、影は上を見上げると悲鳴を上げた。
かなりの距離があったが悲鳴が耳に突き刺さった。
その悲鳴は夢で聞いたあの「音」と同じだった。
耳を塞いでも指の隙間から鼓膜に突き刺さってきた。
耐え切れずしゃがみこんだ。
しかし、しゃがみ込んですぐに悲鳴が止んだ。
そして何事もなかったかのように目の前で電車が止まった。
「よう。」
「こんばんは。丸山先輩。」
丸山正義。同じ部活の一つ上の先輩である。
彼が美術部に入部して真っ先に声をかけてきたのが丸山だった。
元々コミニィケーションが苦手だった彼にとって丸山は救世主に思えた。
以来、一緒にゲームしたり、休日に出掛けたりしている。
「で?今日はどこ行く?」
丸山があくびをしながら訊ねた。
「取り合えず、ゲーセンに行きますか?」
「おっ そうだな。なんか新しい音ゲー追加されたらしいぞ。」
「え?マジですか!!早くやりにいきましょう!!」
彼らは適当に会話をしながらゲームセンターへ向かった。
三時間くらい滞在して、夕食を食べるためゲームセンターを後にし、
近くにあったファミレスに立ち寄った。
適当にメニューを注文すると、彼は遠回しに今朝の事を聞いてみた。
「先輩って悪夢とか見たことありますか?」
「ああ?いきなりどうした?」
「いやー今朝変な夢を見まして・・・」
「まさかーおまえ―怖くて漏らしたのか?」
「なにを言うんですか!!そんなわけないじゃないですか!!」
「ははは冗談だよ!!真面目に返すとだな見たことあるぜ。」
素っ気ない返答だったが少し安堵した。
「先輩もですか!!。因みにどんな内容でした?」
「そうだなー。歩いていたら突然後ろから誰かに刺された夢とか・・」
どうやら色々な悪夢を見たことあるらしい。
「熊に追いかけられる夢や世界が滅ぶ夢や・・・」
だんだん求めていた回答と違ってきた。
「へー先輩も悪夢とか見るんですね!!はは。」
あきらかにワザとらしい返事で悪夢の話題を閉じた。
その後は学校での話や今後の部活動の話をし、店を出た。
「今日はありがとうございました。」
「おう。また明日な。」
ファミレスの前で別れのあいさつを交わし二人はそれぞれ帰宅した。
その夜は少し肌寒かった。
暦の上では八月なのだが、まるで初冬の様な寒さだった。
「おお さみぃ。早く帰ろ。」
と呟くと走り出した。
午後十時発の電車に乗るつもりで駅に向かった。
何度も来たことがあるので道は把握していた。
しかし、もうすぐで駅に着くというところで異変が起きた。
ふと目に入った街灯が不規則なリズムで点滅していた。
なぜか足を止めそれを見つめていると
突然、陽炎の様に街灯が歪み始めた。
目眩かと思ったが、特に身体に違和感は無かった。
しかし目を擦ってみても治らない。
不安と疑問を抱きながらぼんやり眺めていると、
突然赤い閃光が光り、目の神経に激痛が走る。
「う・・・うぅ」
目を抑えうずくまっていると例のあの「音」が聞こえてきた。
『まさか・・・俺・・このまま死ぬのか?』
など悪い考えが頭が過る。
目の痛みが引くとまわりを見渡す。
少し頭痛と吐き気がした。
あいかわらず「音」は聞こえているが夢や駅の時よりは耳に突き刺さる感覚はなかった。
彼は立ち上がって全速力で駅に向かう。
「なんだったんだ・・今の・・・」
頭の中は真っ白で胸は発作が起きたように苦しかった。
彼は無我夢中で駅に向かった。
しかし、なぜか駅に着かない。
同じ所をぐるぐると回っているようだった。
いくら走っても目的地に着かない。
彼は苦しくなって立ち止まった。
息を整えながら周りを見渡した。
見慣れた光景だったが彼以外の人は誰もいない。
まるでこの世界に彼しかいないような静けさだった。
「なんで誰もいないんだ?」
ものの数分前までは歩行者が多く賑やかだったのだが
あの閃光をくらって以来誰とも遭遇していない。
スマホを見てみると圏外だった。
中二くさいが異世界に迷い込んだのか、それともまた夢でもみているのだろうか。
どちらにせよ、この状況を打破する以外選択しはなかった。
彼はガードレールにもたれて考えこむ。
「不吉な事ってまさか、この事なのか?」
とそんな事を考えていたが、突然睡魔に襲われ深く眠りに落ちてしまった。
祖父母の家がある狐恵村には車やバイクがほとんど通ることがない村だった。
したがって騒音や公害に悩まされることはなかった。
しかし七月から九月の中旬にかけては蝉がまるで空間を歪ますかのように鳴いていて長いこと聞いてると頭がおかしくなりそうだった。
柳田霧十 小学四年生は夏休みに帰省祖母の家でぼんやりしていた。
夏休みも残すところあと一週間となり、新学期が始まるという憂鬱な気持ちと
まだ一週間あるという余裕な気持ちが胸で交差する複雑な心境で夏休みを過ごしていた。
彼はあまりにも暇だったので近所を散歩することにした。
「ばあちゃん!!ちょっと近所、散歩してくるー!!」
サンダルを履きながら大声で祖母に報告する。
外に出ると、クマゼミが空間を歪ませていた。
流石に一か月ここにいるとクマゼミや暑さなどに慣れてくる。
「どこへ行こうか?」
とりあえず近所にある公園に行ってみた。
ブランコに座り、ボーっとした。
ふと 三日前にした祖母との会話を思い出す。
「霧十。この村の名前の由来を知ってるかい?」
「由来?こえむらだった?えーっと、どんな漢字だっけ?」
「【こ】は狐で【え】は恵だよ。」
「狐に恵?シンプルだけど狐が恵をもたらすみたいな感じ?」
「まぁざっくり言えばそういうことだね。」
そう言うと、祖母は語り始めた。
「昔、この辺りは集落でね。その時、不治の病が流行して、集落は壊滅の危機だったそうだ。」
祖母は急須にお茶っぱを入れながら話を続けた。
「そんなある日、集落に住む久兵衛という若者が山で薪集めをしようとして山道を通っていたらなんと、狐が倒れとったそうだ。」
祖母は語りながらコップに緑茶を入れる。
緑茶のほのかな香りが彼らのいる部屋を包み込む。
「久兵衛はその狐を見るとほおっておくことが出来ず抱き上げて家へ連れて帰ったそうだ。
そして狐の看病をして、元気になったら森に返したそうだ。
すると、森に返して一週間後不治の病にかかった者が次々と元気になったそうだ。
それからしばらくして集落は発展し、村になり久兵衛は村長になったんだ。
そして村の名前を決める時、久兵衛はあの時の狐がこの村に恵をもたらしてくれたんだと思い、狐と恵を合わせて狐恵村にしたそうだ。」
そう言うと祖母はお茶を啜った。
ひぐらしが鳴き始めるのと同時に夕日が落ちてきた。
彼はひぐらしの音を聞きながらゆっくりと祖母の家へ帰った。
帰ったら何をしようかと考えながらゆったりと歩いていると、神社へ通ずる階段の下に何かが横たわっているのが見えた。
なんだろうと思い近寄ってみると奇遇な事に狐だった。
まだ息はしているが、足は木の棒のように細く、体はトイプードルのように細く、見るからに食事をとっておらず今にも死んでしまいそうだった。
「どうしよう・・・・・・」
まだ幼い彼はどうしたらいいかわからずと戸惑っていると近くに祖父母が管理している畑があることを思い出した。
彼は考える間も無く畑に向かって走り出した。
畑に着くと出来るだけ多くの野菜や果物を持ち運んだ。
そして、狐の元に戻る持ってきた作物を横に置いた。
そして、無事であることを願い帰宅した。
翌朝、その場所に行ってみると野菜や果物の食べかすが残っていた。
「う・・・う・・・さ・さむい。」
彼はアスファルトの上で仰向けになって寝ていた。
どれくらい時間が経過だろうか、身体が冷えっ切ってしまい手や足に霜焼けが出来てしまった。
起き上がり周りを見渡す。
どうやらまだ異世界(?)に閉じ込められている様だ。
「たく・・この状況で寝れる俺ってすごいよなぁー。」
と呑気な独り言を呟いてみるが、これからどうしようか全く見当がつかなかった。
彼は立ち上がると、また走り出した。
なぜ走っりだしたのかは、彼自身もわからない。
それは恐怖からなのか焦りからなのかはわからないが、彼は走り続けた。
誰も居ない見知った街を・・・。
そして、走り疲れて立ち止まる。
無我夢中で走っていたので今どこにいるかわからない。
どうやら歩道橋の様だ。
彼は歩道橋の手すりに寄りかかる。
車も人も通らない街だけがある景色がそこには広がっていた。
不気味な光景だったがそれは同時に貴重な光景でもあった。
身体に染み渡る疲労を感じながら、その景色をぼんやり眺めていると、ふと何かの気配を感じた。
はっきりとはわからないが何かが近づいてきている。
恐る恐るその方向を向いてみた。
そこにはなんと、白い狐の面を付け、黒い着物を着た人が立っていた。
呆気をとられてたちつくしていると、狐面は彼にゆっくりと近づいてきた。
彼は逃げようとしたが足が石の様に硬くなり動かない。
まるであの夢の時のように・・・・。
徐々に狐面が近づいてきてる。
「俺・・・このまま死ぬのか?」
彼は死を悟った。
特に泣いたりはしなかったが、やはり死への恐怖はあった。
狐面との距離は5メートルも無い。
彼はもうだめだと、目を瞑る。
目の前で足音が止まる。
すると、狐面は彼の耳元で
「怖がることはない。私はお前を助けるためにここに呼んだ。」
としゃがれた女性の声が聞こえた。
「どういうことだ?」
と、目を開き、とっさに聞き返す。
「なーに、じきにわかるさ。」
と、まるで嘲笑うかの様に言う。
「どうやったら元の世界に戻れるんだ?」
「私の気まぐれ・・かな?」
「じゃあ、元の世界に戻してくれよ。」
「そーだなー。´あれ’はもう過ぎたか・・・。よし。いいだろう!!戻してやるよ。」
本当なのか噓なの定かじゃないが、狐面の言う事を信じてみた。
「では少年。もう一度目を瞑りたまえ。」
彼は言われた通りに目を瞑る
「ちょっと強引だが勘弁してくれ。」
と言うと突然、平行感覚が無くなり、強烈な吐き気と目を瞑っててもわかる眩暈がした。
彼は自分が立っているのか、倒れているわからなかった。
すると突然、頭の中で今までの記憶が高速で再生される。
何十回、何百回と・・・・。
そして、微かに
「私を助けくれてありがとう。次は上手く回避しろよ。」
と意味のわからない
それと同時に意識が無くなった。
街の音が聴こえる。
意識が戻ってきたが、金縛りのせいで身体が動かない。
目の焦点も合わず視界が歪んで見える。
ぼんやりと身体の感覚が戻ってきたのと同時に、自分が直立していることに気が付いた。
まだ頭はくらくらしていたが、金縛りも治り、視界も良好になった。
「あれは何だったんだろう・・・」
夢だと信じたかったが、目覚めた時に直立してたり、眩暈がしたことを考えるとやはり現実なのだろう。
とっさに腕時計を見ると、十時半だった。
丸山と別れて、かれこれ一時間くらい経っていた。
「早く帰らないと母さんに怒られるな。」
と駅に向かった。
しかし、ちゃんと駅には着いたのだが、様子がおかしい。
普段この時間はあまり人がいないのだが、何故か、人が多い。
「何かあったのかな。」
と思い、電光掲示板を見てみた。
『ただいま運転を見合わせております』
と表記されていた。
それを見て唯々疑問符が浮かんだ。
すると、ポケットから聴きなれたギターの音色が聴こえてくる。
ポケットからスマホを取り出して電話にでる。
電話の主は母だった。
「霧十!!大丈夫?あんたがいつも乗ってる電車、事故起こしたみたいなのよ!!」
「別に大丈夫だけど。電車止まってるから帰れない。」
「じゃあ今から迎えに行くわね。」
と言うと電話が切れた。
彼はスマホでニュースサイトを調べた。
すると、サイト一面に事故の事が掲載されていた。
『線路から外れ、脱線。死傷者多数。原因は整備不良か?』
とかなりの大事らしい。
ふと彼は疑問を抱き、事故を起こした電車の発車時刻を調べた。
『午後十時発の・・・・』
そう、彼の乗ろうといていた電車と同じである。
そして、次の瞬間すべてを理解した。
その夜はいつもと同じだった。
柳田霧十は、長風呂から上がり、自分の部屋へ向かった。
最初は、すべて理解したと思っていたが今は確信が無い。
今朝(現在の時刻からしたら昨日)みた夢は、あの事故の事を暗示していたのだろう。
そして、赤い夢や女性の影を見せたのはあの狐面で、彼を助けようとしてこんな事をしたのだろう。
彼はベットで仰向けになる。
明日の予定を頭で確認にして、今日(昨日)の出来事を思い返す。
なぜ狐面は自分を助けたのか、そもそもあの狐面は何者なのか、彼には分からなかった。
色々考えを巡らしているうちに深い眠りに落ちてしまった。
夜空には大きな満月が浮かんでいた。
そして、隠す様に雲が月を覆ってしまった。
それと同時に獣の鳴き声が夜空に響いた。




