女騎士エリザベート、正義の問い
「そのような異形の姿でありながら、何故ナマハゲ殿は人間を救うのか? その目的を教えてはもらえまいか」
凛々しい女騎士エリザベートは静かに、しかし有無を言わせぬ力強い口調で問いかけてきた。
『グ……ゥ?』
確かに騎士たちが言うように、先日は盗賊団から臣民の少女を救い、今も貧しい農家の人々を窮地から救っていた。
だが、それは成り行きというか、運命の導きによるものだ。
戦う理由。ともすれば殺戮の理由を、戦う意味を、ナマハゲ――小五郎自身、見いだせていない。
困っている少女がそこにいたから救った。悪逆非道な盗賊だから首をはねた。
普通の思考ではない。短絡的かつ激情に身を委ねている。それはまさに「鬼」そのものだ。人間として日常で暮らしていれば、決して有り得ない判断と行動といえる。
それは「ナマハゲ」という鬼の面を被ったがゆえに為せることなのか。
獣面……いや、鬼面で行う見せかけの正義に、一体何の意味があるのだろう。
小五郎は右手に握っていた血で汚れたナタに視線を落とす。
鬼の姿で、恐ろしい顔で、血まみれで。
一体、何を語れと言うのだろう。鬼の顔の裏で自問自答する。
ナマハゲの顔が苦渋に歪んだように思えた。
「やはり答えられぬか。所詮は悪魔の類。人間を救ったように見せかけて、実は後で貪り食うつもりだったのではないかね?」
距離を置き様子を窺っていた騎士の一人が、しびれを切らしたのか挑発的な言葉を投げかけた。
それでもナマハゲは答えず、動かなかった。代わりに声をあげたのは女騎士エリザベートだった。
「控えよイングニール! 問うているのは私ぞ」
「……失礼いたしました、隊長殿」
酔狂な。と舌打ちするような声が聞こえた。
「確かに、答えがないのなら私も白薔薇騎士として、本部に報告せねばならぬ。何故なら、貴殿がいつ臣民に牙を剥くやも――」
その時。
闇を切り裂く不気味な叫びと同時に、農家の扉が内側から吹き飛んだ。
『キィゥェエエエエッ!』
姿を現したのはまさに悪夢から飛び出してきたかのような、異形の怪物としか形容できない姿のモノだった。前後が逆になった人間の胴体に、ボキボキと折れ曲がった手足。その上に赤黒い謎の粘液で絡め取られた生首が上下逆さまになり、白目をひん剥いたまま乗っている。
「きゃぁああっ!」
「死体が……動い……!」
農家の中から子供たちと老婆の悲鳴が響き渡った。
怪物の身体にまとわりついた僧侶服には見覚えがあった。
――オラが最初に首を切り落とした僧侶だべ!?
一撃で首を切りおとし、命は確かに手桶に回収した。
ナマハゲ同様。まるで「黄泉返り」のごとく復活し、動いているのだ。だが、あの様子では意識や思考が有るようには思えない。僧侶の生首は切断されたまま虚ろな目は焦点も定まらない。舌をだらしなく垂らし、全身からは腐汁のような液体を撒き散らしている。
怪物はドアを内側から粉々に吹き飛ばすと、ビタビタビタ……! とまるで狂ったゴキブリのような素早い動きで、エリザベートの方へと突進しはじめた。
「なっ!?」
『怨ォ怨ォ怨ォオオオオゥ!』
不気味な絶叫と勢いに、訓練されているはずの馬が嘶き恐慌状態へと陥った。叫び声に何か魔術めいた効果があるのかもしれない。
女騎士は慌てて手綱を操るが――落馬。地面へと落下し背中を強かに打ちつけた。
「――ぐはっ!」
美しい金髪と白いマントが風に舞う花弁の如く流れ落ちた。
「エリザベート様ッ!」
「おのれ『闇の眷属』か!」
二人の騎士たちが慌てて一斉に馬を走らせた。距離は僅かだが怪物のほうが、速い。
『ヒィギィェ獲ェ獲ェ獲ェェェッ!』
「おのれ化物がッ……!」
エリザベートは苦痛に呻き、顔をしかめながらも上半身を起こし、細身の剣を抜く。
だが、既に悪夢の怪物『闇の眷属』は目前に迫っていた。あの突進の勢いでは細身の剣で貫いたところで、止める術は無いように思えた。
だが――。
冷たい疾風が通り過ぎたかと思うと、突如として赤い影が立ちはだかった。
女騎士と『闇の眷属』との間に割り込んだのは、ナマハゲだった。
猛烈なダッシュで地面を蹴り、飛翔。着地と同時に足を踏ん張った衝撃で地面がえぐれ爆発する。
「ナマハゲ……殿!?」
突風がエリザベートの頬にかかった髪を吹き飛ばした。
『ぬぅ……んッ!』
大ぶりでナタを高々と振り上げたナマハゲは、勢いを緩めず突進を仕掛けてきた悪夢の怪物を、上から渾身の力で叩き潰した。
ぶぅん……! という音と衝撃。
『破ゲェエエエエッ!?』
ビチュァアアア! とおぞましい炸裂音とともに、赤黒い汁が四方に散った。生首と胴体が地面へ叩きつけられた衝撃で破砕され、肉と骨の破片となって舞い上がり辺りに降り注いだ。
「あ、あ……!」
腰を抜かしたままの女騎士は、その筋骨隆々とした逞しい赤い背中を見上げていた。
「エリザベート様!」
「お、お早く!」
悍しい赤い雨が降り注ぐ中、仲間の騎士たちが駆けつけてエリザベートを引き起こし、慌てて距離を取る。
『…‥ケガァ、ネェガ?』
エリザベートには「怪我は無いか」と、気遣うような言葉に聞こえた。だが、他の二人の騎士にはうめき声にしか聞こえなかった。
それがナマハゲが発した最後の言葉だった。
「な、ナマハゲ殿!?」
三人の騎士と、農家から飛び出してきた子供たちと老婆。彼らの目の前で、赤い肌の異形――ナマハゲは、青白い燐光を放ちながら忽然と消えた。
あとに残ったのは、静かで穏やかな夜の気配だけだった。
<つづく>