ナマハゲと王国の騎士
戦いは終わった。
残されたのは、闇に堕ちた元英雄たちの亡骸だ。
勇者、僧侶、女魔法使い――。かつて世界を救おうと戦った者たちの躯から、青白い鬼火が離れ浮かびあがった。
それらはオタマジャクシのような姿になり、周囲を青白い燐光で照らしながら、ある一点へと吸い込まれてゆく。
日が暮れた農家の庭先に立つ、異形の鬼が持つ手桶へと。
『ナムサン……』
ナマハゲ――小五郎は気がつくと彼らの冥福を祈っていた。悪逆非道な盗賊も、落ちぶれた勇者たちも死んでしまえば皆同じ仏になる。
この世界でそんな仏教の宗教概念が通じるかは知らないが祈らずには居られなかった。
3つの魂が左手に持っていた手桶に吸い込まれると、蓋が閉じた。これで手桶の中には盗賊たちの魂が残り5つ。それに今回の3つ。計8つの魂が入っていることになる。
――つまり、あと八回は蘇ることが出来っつぅわけがぁ。
小五郎は複雑な思いで首桶に視線を落とした。
殺るべきことは……いや、やるべきことはやり遂げた。あとは帰還、つまり「ナマハゲ」が自然と消失するのを待つだけだ。
前回、盗賊団との戦いの後、小五郎の分身であるナマハゲは、青白い燐光を発しながら消失した。
意識は暗いトンネルを通り、気がつくと元の「蔵の中」へ戻っていた。
つまりこれは「日帰りの世直し行脚」のようなものなのだ。
今回わかったことは、こちら側の世界で死ねば、手に入れた魂を消費して、復活できること。ゲームなら「コンティニュー」が出来るという事だ。
手痛い代償を支払い、痛みを感じ重要な知恵を得た格好だが、最悪こちら側の世界から戻れずに、「死」を迎える可能性があるという事でもある。
それに、父から祖父が行方不明になったと聞かされたことを思い出した。戦後の混乱期だったと聞く。もしかすると蔵の中で小五郎が見つけた、「ナマハゲの面」にも関係があるのかもしれない。
「鬼……さん!」
その時、背後の農家から声がした。
子供の声だった。
『ヌ……?』
振り返ると、恐怖に顔をひきつらせた老婆が孫達を抱き寄せて、木の窓を閉めるところだった。
「あ……ありがと……!」
鬼さん、と呼ぶ子供の声は、老婆の「ダメ、あれも怪物よ……!」という恐怖混じりの声にかき消された。
――無理もねぇ。
今の自分はまさに鬼。
こちらのファンタジーめいた世界の住人から見ても悪魔か、恐ろしい怪物の類にしか見えないだろう。
助けたことに感謝して欲しいなどとは思わない。
だが、一抹の寂しさも感じてしまう。
気がつくと手も足も、身につけているミノも、赤い返り血で汚れていた。日が暮れて、迫り来る暗闇が生々しさを多少なりとも隠してくれた事に感謝する。
『アァ……はやく帰りてぇ』
小五郎が呟いた。
だが不思議なことに、まだ身体が消える気配がない。元の世界に戻れないのだ。
まさか、まだ何か成すべきことがあるのだろうか?
別の敵が近くに潜んでいる可能性もある。
あるいは別の脅威か。
小五郎の不安は的中した。
遠くから蹄の音が聞こえ始めた。ドドドッ……と馬の蹄鉄が地面を重々しく踏みつける音だ。それに重なるように金属の鎧か武具が音を立てている。
おそらく馬は3頭。更に武装した何者かが乗っているのだろう。
手に持った血まみれのナタの感触を確かめて、ナマハゲ――小五郎は身構えた。
『ヌッ!?』
農家の方に向かって、いよいよ馬たちが接近してきた。勇ましい音とリズミカルな蹄の奏でる音が、かなり訓練されたものだと判る。程なくして小さな森の木々の向こうから、暗闇の中を何かで照らす白い光が視えた。
続いて馬の姿が見えた。
背中に乗っているのは、白銀の鎧に身を包んだ「騎士」だった。背中からはマントをなびかせている。
こちらに気がついたのか、速度を緩める。三騎のうちの一人が、何か棒のようなものをこちらへと向けた。
すると真っ白な「光の玉」を3つ、こちらへと矢のような速度で放つ。
魔法だ、と悟ったナマハゲは避けるべく身を低くする。だが、それは杞憂だった。頭上を飛び越えた3つの光球は、上空でピタリと静止すると、まるで太陽のように周囲を照らし出した。
『眩シ……!』
「聖光魔法で逃げぬとは、単なる『闇の眷属』の類ではないな」
張りのある男の声が響いた。余裕と自信を感じさせる青年の声だ。
気がつくと15メートルほど先に、騎士たちが停止していた。馬を巧みに操りながら、光に照らされたナマハゲの姿を観察しているようだ。
だが、こちらからも彼らの姿を確認することが出来た。
全身を覆う鎧は精巧な作りで、パーツの一つ一つに精緻な紋様が刻まれている。まるで美術品を身に着けている。背中のマントは一人は純白で、他の二人はややグレー。内側はどれも深い紅。おとぎ話に出てくる「騎士様」そのものだ。
腰には三人とも取り回しの良さそうな短剣をぶら下げている。だが、手にはそれぞれ別の武器も持っていた。
灰色のマントの二人のうち、一人は抜き身の長剣。もう一人は鳥の羽根飾りが先端についた杖――おそらくは魔法の杖を携えている。
純白のマントを翻すのは、リーダー格らしい騎士。手には細身のレイピアのような剣を、鞘に収めた状態で握っている。
「噂通り、随分と変わった魔神だな。どう見る?」
凛とした少年のような声が響いた。
リーダー格の白マントが部下たちに投げかけた声だった。真剣さの中に好奇心に満ちた響きが交じっている。
「見たことのない種族です。魔族に似ていますが、それとも違うようです」
「武具の携帯、それに倒す手口は首を一撃で切断」
「報告にあった例の、魔神の可能性も」
報告とはなんだろう。
「盗賊団から少女を救ったという例の……? 恐怖のあまり認識を誤った、あるいは戯言では?」
「しかし、この村で起きていることも類似しています。盗賊に堕ちた元王国戦士だけが殺され、村人は無事のようです」
魔法を操るらしい片方の騎士が、周囲に倒れている元勇者と魔女の亡骸を見回して確認する。
気がつくと背後の農家の窓が少し開き、こちらの様子を窺っていた。それで家人が生きていると判断したらしい。
騎士たちの顔は鉄面に覆われ、表情をうかがい知ることは出来ない。ナマハゲの姿や一挙手一投足つぶさに観察しているようだ。
「……面白い。確か、人語を解するとあったな。それにあの構えを見よ。襲ってくる気も、戦う気も無いようだが」
確かにナマハゲ――小五郎は呆気にとられ、ナタを下げていた。
リーダー格が顔の部分、ヘルムに手を伸ばすとカチャリと鎧を外す音がした。
ヘルムを脱ぐと、美しい金髪の顔が現れた。
女、だった。
『ヌ……?』
長い髪を結い上げた凛々しい女。整った顔立ちに整えられた眉。青い瞳は鋭く、しかし好奇心に満ちている。
美しい女騎士という表現しか思い浮かばなかった。
「お気をつけください、エリザベート様」
「語りかけてみるだけだ」
そう言うと、女騎士は馬を操りながらこちらに近づいてきた。ナマハゲの10メートル手前で静止する。
「貴殿、私の言葉はわかるか?」
問いかけに、小五郎は首を縦に振った。
驚きの気配が伝わってきた。眉を持ち上げる女騎士の背後でも部下たちが顔を一瞬見合わせた。
「村人を救ったのは貴殿か?」
『……ンダ』
今度は返答に戸惑ったが、下手に謙遜しても不味いのかもしれない。
「口をきけるのか。では、名は?」
『ナマハゲ』
「ナマハゲ殿……か。変わった名だ。いや、失礼。まずはハイアット・ニクロスア辺境伯に代わり、礼を言わせてもらう。我が名は王国騎士団所属、白薔薇騎士のエリザベート」
『……エリ……ザベート』
美しい白薔薇騎士というのは、称号なのだろうか。
「化物風情が、誇り高き騎士の名を口にするとは!」
背後で長剣を携えた騎士が怒りの声をあげた。だが、エリザベートはすっと手の甲を見せて制止する。
「盗賊団から臣民の少女を救ったと聞く。そして……今度は村人を救う。だが、貴殿の目的を教えてはもらえまいか?」
エリザベートの瞳が僅かに鋭さを帯びた。
<つづく>