黄泉返りの鬼神
首桶から飛び出した青白い「人魂」は、討伐した盗賊の魂だった。
正確には、盗賊団の中の誰かだ。ナマハゲのナタで首を切断された、一人の魂。
それが胸に飛び込んできた瞬間、さまざまな記憶や体験が小五郎の脳裏を駆け巡った。まるで強制的に脳に焼き付けられているような感覚だ。
理想に燃える若者が故郷を飛び出し、やがて挫折。傷つけられ絶望し盗賊に落ちぶれる。生きるために殺し、奪い、繰り返す自己嫌悪と罪の意識。それもやがて失うと、暗い怨嗟と妬み、欲望のため、殺すことだけが生きがいのクズへと成り果てた。そんな穢れた魂の記憶。
吐き気を催すような強烈な不快感と、焼け火箸を突っ込まれたような激痛が胸を襲う。
それに突き上げられるように、極寒の闇の底から意識が浮上する。
『ガッ……ッ、アアアァァッ!?』
小五郎は胸をかきむしり、絶叫していた。
盗賊の一人の魂を吸い込み、その罪の重さと哀しみを背負った。対価は新たなる生。脈打つ鼓動が全身を駆け巡り、手が、足が動く。
――悪いィ子は……オラもなんだべな。
『んだども、まんずはオメらだ……!』
「なにぃっ!?」
言葉を遮ったのは目の前に立っていた鎧姿の大男った。剣を高々と掲げ、小五郎――ナマハゲの脳天を剣でかち割ろうとしている。
「デクネェッ! しくじったな! こいつ……死んでねェ!」
「そんな!? 最上位の魔法で心臓を貫いたんだよ!」
背後で魔女が驚愕し、叫ぶ声がした。
「まさか黄泉返りのスキル、いえ……反魂魔法!?」
「んなこたぁ、どうでもいい! 魔神だろうと、首さえ切り落せばッ!」
元勇者が剣を振り下ろした。
――邪聖剣ガーシナルト。
勇者崩れの男、マクゥートが持つ大剣。輝きに彩られた聖剣は黒く血で汚れ、剣が泣いていた。
少なくとも小五郎にはそう感じられた。
盗賊の魂を喰らい蘇ったことで、同じ哀しみを背負う者の気持ちが視えたのかもしれない。
魔法に貫かれていたはずの傷は消えていた。痛みは胸に残っている。それは盗賊に落ちぶれた者の哀しみと苦しみだと理解し、受け入れる。すると自然と力が湧いてきた。
開放せねば。
救わねば。
こいつの、首を刈る――。
『斬首ッ!』
ナマハゲ目掛けて振り下ろされた剣が、二本の角に迫った刹那。小五郎は右腕を超速で動かしていた。邪聖剣の側面へ、分厚い地金の「ナタ」を叩き込んだ。
真っ青な光が眼前で交差する。遅れて生じた赤い火花が、二つに折れた邪聖剣の破断面で散った。
「なっッ、なにィイイッ!?」
――武器破壊。
剣の首を小五郎は切断していた。無意識で武器の急所を見抜き、腕を動かした。
そのまま、身体をコマのように一回転。
更に勢いをつけた右腕を、鉈を、マクゥートの首に叩き込んだ。
剣よりもずっと柔らかい感触が伝わる。金髪の大男の首、半分までナタが食い込んだ。
「……ゴハッ!」
ブシュゥ、と音を立てて鮮血を首から噴き出す、元勇者は白目を剥いた。そして膝から地面へと崩れ落ちた。
「マクゥートォオオオッ! よくも、よくもぁおおお!」
魔女が狂ったように叫び、何かの魔法を励起した。紫色の炎が魔女の細腕に、蛇の群れのようにまとわりついた。
『ヌグォ……!』
小五郎が血の付いたナタを抜き払った時、紫色の光の渦が胸を貫いた。
背後に臓物と血の飛沫が飛んだ。
心臓が砕け、息が止まる。
だが――。
別の盗賊の魂が、瞬時にその傷を埋めた。早送りであらゆる苦しみと絶望が胸を満たす。
心臓が、また動き出した。
衝撃で背後によろけ倒れそうだった小五郎は、踏みとどまった。
ガフゥ……と息を吐き、上半身を元の位置へと戻す。
そして魔女を睨めつけた。
「なっ……なんだってんだ……おまえは……おまえはぁああっ!?」
血走った目で叫ぶ。顔を爪でかきむしった魔女デクネは、もう次の魔法を詠唱することさえ忘れていた。
小五郎はナマハゲの顔の裏で、憐憫の情を感じていた。
もう終わらせねばなるまい。
この魔女も苦しみから救うのだ。
『もう、しめぇにするべ』
「あ――?」
魔女の瞳に映るのは、ゆっくりと近づいてくる異形の姿。
それは黄泉返りの鬼神。
ナタを振り上げ、首めがけて叩き込む最後の瞬間まで、魔女の瞳はその姿を捉えていた。
<つづく>