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首を刈る者たち (エピローグ)


 ◆


 異世界に降り立つと、生ぬるい風が頬を撫でた。


 小高い丘から見下ろす街は、青紫色の毒ガスのような『闇の霧』に覆われている。


『コゴローちゃん、見て』

『ひでぇな。街全体が、闇に覆われてらべぇ』


 街を覆い尽くすように立ち込める暗雲。見上げる空は暗く巨大な渦を巻いている。禍々しい雲の中心から、今にも邪悪な何者かが空から出現しそうな……、そんな不気味な雰囲気に満ちている。


『凄い数、いったい何匹いるの?』


 火煉(カレン)が身震いをする。


 ゾロゾロと無数の『闇の眷属』が湧き出てきた。首が2つつながった怪物、あるいは上下逆さまとなった不気味な化け物ども。元人間だった怪物どもが生きる屍となり、死の軍勢を形成している。

 生きている者を殺し、その数を確実に増やし続けている。


『ざっとみて、五百……いや一千匹か?』

『アンデッドマスター・闇の大神官(・・・)・デスペラルージに率いられた死の軍勢、ってこれのことね……』


 ヤツらは隣の町や村を蹂躙しその勢力を広げてゆくだろう。


『どうすっぺなぁ』

『もう……殺るしかないでしょ。二度死んでもらうの』

『んだな』


 この地を訪れたのは幾度目だろう。


 元の世界では佳代と一緒(・・)に平和な日常を過ごす小五郎。だが、吸い寄せられるようにナマハゲの面を被れば、意識は瞬く間に跳躍する。

 人格と精神は瞬間的に分離し、時間と空間を隔てた異世界に『来訪神』、すなわちナマハゲとして受肉して顕現し、人々の生死という運命に干渉する。


 苦しめられている人々を救い、悲しみの涙を止め 世界を救う――。


 悪しき存在が相手とはいえ、圧倒的なパワーで首を切り落とす罪悪感は感じる。だが次第に、魂を救済するという使命感へと置き換わっていた。小五郎の意識は、いつしかこの世界の『ナマハゲ』と同化していたのだ。


 大冒険を終え面を外すと、不思議なことに数分しか時間が過ぎていない時もあった。だが、異世界で繰り返されていたのは、紛れもない「光と闇の戦い」そのものだった。


 本来は『来訪神』であるナマハゲによる戦いへの介入(・・)は、戦いの結果が、やがて小五郎と佳代の暮らす現実世界にも影響するが故、であることを自覚し始めていた。


 と――その時だった。


 黒い蟻の群れのような『闇の眷属』の大群の行く手を遮るように、次々といくつかの()が輝いた。


 それは()を形成する。

 光とともに叫び声が響き、()姿()をした者たちが出現した。


『泣く子は、いませんかぁ? いましたね?』

 長いたてがみを踊らせ、凄まじいスピードで飛び出したのは青い『ナマハゲ』だった。

 青い皮膚も鮮やかな青鬼の姿。先端の尖った巨大な包丁を二本振りかざし、死の軍勢へと斬りかかる。

『――氷結、斬霧(ザンム)!』


 一瞬で、数十体にもおよぶ首が切断され、胴体さえも微塵に千切れ、瞬く間に白く氷結(・・)、粉々に砕け散った。


『ナマハゲ・斬霧(ザンム)がぁ!』

 小五郎が鬼の顔の口元の口角を持ちあげた。


『来てくれたんだね! あ、向こうは山形(・・)のアマハゲさん!』


 今度は、別の扉からゆっくりと緑の鬼が出現した。周囲に12枚の刃が浮かび、周回するように舞っている。

『……斬首』

 腕を敵に差し向けると『闇の眷属』の群れへ向けて、刃の切っ先が向く。そして一斉に矢のように飛翔すると12枚の鋼色の刃は、近距離にいる敵も中距離の敵も切り刻んだ。

 同時に12体もの首を正確に切断。ビュンッと次々に舞い戻り、周囲を舞う。

『……成敗』

 ボソッと呟き、歩みを進める。さしもの『闇の眷属』の軍勢の進撃速度が鈍った。


『刃のファンネル全射程(オールレンジ)攻撃は反則だべぇ……』

 呆れたように感心する小五郎(ナマハゲ)


 更に別の扉からは黄金の光を纏う鬼が出現する。


『今宵のぉ、泣く子はぁおめぇらがぁ!? あぁ、そうだな、魂が泣いているんだな! よぉし、わがっただぁあ!』

 早口でまくしたてると、ビリビリと両腕に眩いばかりの光を収斂させる。そして両手を突き出して、目の眩ような電を放つ。

『はぁあああっ!』

 ギュドバババ……と地面を雷光が黄金の蛇のように暴れまわり、次々と『闇の眷属』を黒い炭へと変えてゆく。


『石川のアマメハギの雷撃、やるな……!』


『そろそろ私達も……!』

『んだばいぐべ!』

 小五郎(ナマハゲ)は、長さ2メートルに達する超巨大なナタを振り上げると、『闇の眷属』の一団へと向かって突撃した。


 対・重量級『闇の眷属』斬撃兵装――斬脈刀(ざんみゃくとう)奥羽(おうう)


『ずぅりゃぁあああ!』

 一振りで五十体もの『闇の眷属』を衝撃波と真空の刃で切り刻む。無論、直撃すればその重合金の刃は、現代の戦車の複合装甲さえ両断出来るだろう。


『ほいっと』


 火煉(カレン)は首にぶら下げていた銀色の数珠(・・)を引き千切ると、数珠玉を親指の先で強く弾いた。

 ビキュン! という音と共に放たれた狙撃の弾丸。

 金色の鬼の背後に迫っていた『闇の眷属』の頭が、跡形もなく爆裂する。首を失った体から、わずかに遅れて炎が噴き上がった。

 正確無比な狙撃距離は、およそ数百メートル。

 指先から弾き出した金属の弾丸は空気との摩擦で融解し、メタルジェットを纏う。その熱と貫通力は装甲車すら貫くという。


『おぉぅ!? 感謝である、カレン殿! 雷撃を放った後は10秒間、動けないので! ガッハッハ!』

『もう……その必殺技、多数相手はダメじゃん』


 火煉(カレン)が次々と弾丸を指先から放つ。この世界の魔法のアイテム、『無限数珠』から無限に供給される金属の弾丸をマシンガンのごとく撃ち続ける。


 絶望的かと思われた戦い。

 形成逆転するかと思われたが、空を覆う暗雲が更に濃さを増す。


「――バァアアア……! 闇霧の神ァ、慈悲深い闇ィ。一面に黒く染まる平等なる、愛。愛、あぁィイイイイイ! 麗しきかなァ……! ご寵愛ィ。行く手を阻むものは……許さぬゥウウウウ」

 死の軍勢の中央に出現した巨大な骨のやぐら。その上に、荘厳なローブを纏った神官が姿を見せた。顔は朽ち果てたドクロで黄ばんだ歯の隙間から、ドロドロと黒い汁を垂れ流している。


『アンデッドマスター・闇の大神官(・・・)・デスペラルージ!』

『うへぇ、汚なっ』


 ナマハゲたちが『闇の眷属』の軍勢を蹴散らしていた、その時。


 馬の(ひずめ)の音が響いた。


「はぁっ! たあっ!」


 黒い馬に跨った美しい女騎士が現れた。金髪と白いマントを風に揺らしながら、猛スピードで接近する。気合とともに『闇の眷属』の頭上を馬で跳び越えると、闇の大神官・デスペラルージの前へと躍り出た。

 肩と胸、腰に腹、脛だけを守る、黒い部分鎧(プレート・アーマー)を身に着けている。


『エリザベートさん!』

『来たが……!』


「――ヌゥ!? 貴様ァ……!? そんなに寵愛ガァ、欲しいカァ?」

 エリザベートは地面に降り立つと、ユラユラと近づいてきた『闇の眷属』の一匹に、一瞥さえもせずに裏拳(・・)を食らわして倒す。


「要らぬ……!」

「こ、小娘ガァ!?」


「変身……! ドラグ・ナイツ!」

 バッ! とマントを翻すと、ベルトのバックルを外し黒い鎧をパージする。エリザベートの体の表面に竜の鱗状の生体装甲が生成され、赤い竜騎士へと変身する。

 

「なぁ、にぃい……貴様ッ」


竜掌炎撃(ドラグパンチ)!」

「もげぃええええ!?」

 竜騎士(ドラグ・ナイツ)エリザベートが竜の力を宿した拳で、闇の大神官を殴りつけ、『闇の眷属』共々を吹き飛ばした。


「ナマハゲ殿! 共に……私も!」

『あぁ、戦うべ!』

『エリザベートさん!』

 小五郎(ナマハゲ)火煉(カレン)、そしてナマハゲの仲間たちが力強く、頷く。


 ――(ナマハゲ)たちの戦いは今、始まったばかりだべ!


<完>

【作者よりの御礼】

 10万文字到達、予定通りここで終了となります

 ご愛読、応援、ありがとうございました!


 では、また新作でお会いしましょう★

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