共に、最後の決戦を
「これが……私の力なのか!」
竜騎士へと生まれ変わったエリザベートが、自らの肉体の変化とパワーに戸惑い、そして確信したように拳を握りしめる。
『あのひと、凄いパワーじゃん!?』
『ドラゴンの魂が宿ったからだべ……!』
だが、闇の眷属究極体へと進化したリーゼンハイアット・ダークアポストロ・ウルティメイト・2世も尋常ではない耐久性を見せつける。
炎の拳で殴りつけられ、十数メートル吹き飛ばされ、更に地面に叩きつけられたというのに、無傷だった。逆三角形の上半身を地面から引き剥がし怒りの形相で睨みつける。
『ギィイ、ギザマァ……! よくもぉお! 闇霧の神、ご加護を受けたこの私ニィイイイイ!』
上腕、肩、胸にボコボコと泡立つような筋肉の波が生じ、顔のほうへと集まってゆく。
『アタイ達も!』
『加勢するべ!』
小五郎と火煉が、同時に地面を蹴った。
ギュゥン! と跳ね、竜騎士エリザベートの左右で急停止し、並び立つ。
「ナマハゲ殿に、カレンさん……!」
『あの化物、三人で倒そうよ!』
『んだ。アレが街に行ったら大変なことになるべ』
戦いの場、この森のすぐ向こうはダルヴァーザ城塞都市だ。そこには、多くの人々が暮らし、冒険者や先刻救ったばかりの少年少女もいるのだ。
「わかった。共に戦おう」
『そうと決まれば……!』
『イイイヤァアアア! くらぇえエエエイ!』
カッ! と真っ黒な両目を見開いたかと思うと、リーゼンハイアット・ダークアポストロ・ウルティメイト・2世は、両目から真っ黒なビームを発射した。
ズビシュゥウウ……! と黒い二本の闇が、青黒い雷光を伴いながら地面を薙ぎ払う。
『魔眼ビィイイイイイム!』
右から左へと、黒いビームが通過すると地面が黒い血飛沫を吹きかけたかのように染まり、次々とボコボコと沸き立つように膨れ上がる。そして連鎖的に爆発してゆく。
それは、超高密度に加圧し両眼から発射した『闇の眷属』の毒性体液――ビーム状の噴射だった。
「う、うわぁああっ!?」
「退避だッ!」
「我らにはもう、手に負えぬ!」
「あの者たちに委ねるしかないのか……」
「赤いヒトガタ達、それに竜の騎士に」
「王国の未来を……!」
兵士たちが盾で身を守りながら城塞都市の方角を背に、ジリジリと退却を開始する。
『なんて攻撃よ!?』
『全体攻撃ってか……! んだばっ!』
『そしてぇえええ! おまえら全員まとめて……死ッねェエィ!』
リーゼンハイアット・ダークアポストロ・ウルティメイト・2世は絶叫し、歯を食いしばると最大出力のビームを三人に向けて撃った。
小五郎は直撃の寸前、全力で地面をナタで叩きつけた。
『ぬンッ!』
ドグァッ! と地面の土砂が眼の前で大爆発を起こす。地面の地層が捲れ上がるほどの大爆発により、竜騎士エリザベートと火煉、そして自分の手前に障壁が生じ、押し寄せる『魔眼ビーム』を相殺する。
『なにぃ!? 加護を拒否するとワアッツ!?』
『すったな汚ェもん、いらねじゃ!』
小五郎が土煙を突き破って突進した。ビシュゥ! と『魔眼ビーム』再び発射。しかしそれをナタの側面で受け流し十数メートルの間合いを一気に詰め、斬りかかった。
『おのれぇえええっ!?』
『ずぅりゃあああああぅ!』
ギュドッ! バババッ! と目にも留まらぬ超高速の拳とナタの打ち合いと応酬が繰り広げられる。互いの激突による火花と衝撃波が辺りを吹き飛ばし、帯電した空気がビリビリと周囲でスパークする。
『何故だ! 何故……貴様らは邪魔をするゥウウッ! 神の栄光を……ご加護を、拒否するノダァアアッ!?』
『オメェが、誰かを泣かす悪ィ子、だからだべがあッ!』
小五郎が吠え、渾身の一撃を繰り出す。
ガアァアン! とリーゼンハイアット・ダークアポストロ・ウルティメイト・2世の拳と鉄の塊ののナタが真正面から激突した。
衝撃波が輪となって周囲の空気へと伝播する。同時に両者の足元が陥没。地面がひび割れ、土砂を噴き上げた。
『キッ……!』
『ぐっ……!』
互角。両者の力は完全に互角だった。
だが――。
僅かに小五郎の力が上回り、黒い身体の怪物は片膝を折った。
『ふぐぬぅ』
頭上から、キィ……ィイイイインン! と空気を切り裂く音が響いた。
リーゼンハイアット・ダークアポストロ・ウルティメイト・2世が、ハッ!? と上空を仰ぎ見る。
「――竜雷蹴撃、零式!」
上空数十メートルへと飛翔していた竜騎士エリザベートが、右脚にすべての力を込めて急降下してくるのを視界に捉える。
『なっ……!?』
キィィイイイイイイイイイイン!
音速を越え、ソニックブームを伴う美しい脚線が見えた、その時。顔面に強烈な蹴りが炸裂した。それは超高空から急速降下することで必殺の一撃と化した蹴りだった。
『グッギャァアアアアッ!』
ドゴァッ! と周囲には、直径十数メートルにも及ぶ陥没が生じ、リーゼンハイアット・ダークアポストロ・ウルティメイト・2世の逆三角形の身体が杭のように地面へとめりこんだ。
蹴りを叩き込んだ竜騎士エリザベートは反動を利用して離脱。
『ずぅリャァアアアアッ!』
そこへ追い打ちをかけるように、炎の塊と化した超回転体――火煉の『獄・爆殺輪炎舞』が叩き込まれた。
『アバババババッ!?』
熱と衝撃によりリーゼンハイアット・ダークアポストロ・ウルティメイト・2世の筋肉が崩壊。黒いゴムの塊が引き千切れ次々と炎に呑まれ剥がれ落ちてゆく。
筋肉に埋まっていた顔がついに露出する。
「今だ! ナマハゲ殿!」
『いっけぇえええ! コゴローちゃん!』
『あぁ!』
地面に埋まったリーゼンハイアット・ダークアポストロ・ウルティメイト・2世の前に、小五郎が立ち塞がった。
鈍く光るナタを高々と持ち上げて、斬首の構えを取る。
『キ、きッ様ァアアア!? こ、こんな事をして闇霧の神、グ=ネテゥープ様が黙っていると思うのかぁッ!? ご加護を頂いた、正しく美しいこの、信徒たるこの私ニィイイ、対しシテェエエエィイイがぁああ、あぁ』
『わめぐな、悪ィ子』
ダシュン……! と無慈悲に振り降ろされたナタが首を切断する。黒い瘴気を噴き出しながら絶叫を響かせるリーゼンハイアットの首は、空中で崩れ崩壊する。
やがて、残った肉体も燃え尽きた灰のようになり、サラサラと崩れ堕ちてゆく。
「ついに倒した……!」
「闇の神に帰依していた魔法騎士を」
「うぉおおおおおお!」
「凄い! 闇の眷属を討ち滅したぁああ!」
兵士たちが離れた場所で、わっ! と大歓声を上げた。
気がつくと城塞都市の冒険者たちも駆けつけていた。遠巻きに隠れながら戦いの推移を見守っていたようだ。そこにはあの助けた少年少女、マリエルとリィの姿もあった。
『やったね、ゴローちゃん!』
『あぁ、今回はヤバがったなぁ……』
ぱちん、と勝利のハイタッチを交わすナマハゲ達を見て、微笑みを浮かべる竜騎士エリザベート。
気がつくと、空に立ち込めていた雲が晴れつつあった。空は茜色に染まり、夕暮れが近いことを告げていた。
――太陽の女神ペケレテゥープ、私達にご加護を。
誰かが、祈るように囁いた気がした。
その時『扉』が現れた。青白い燐光を放ちながら忽然と。
「……行ってしまうのか?」
『んだ。戻らねば、なんねぇがらな』
『エリザベートさんはどうするの?』
「私は……もう、王国の騎士には戻れぬ。これからは世界を旅し、闇に染まった魂を浄化していくことにする」
竜騎士エリザベートは決意を宿した瞳で答えた。
『そうか』
『また来るよ、いつかきっと』
手を振りながら『扉』を潜ろうとする小五郎と火煉を、竜騎士エリザベートは静かに見送る。
「いつか……また、か」
元・女騎士の金髪を、風が軽やかに揺らす。
『あぁ! 困ったら呼んでけろ。泣けば引き寄せられるからな』
『もうゴローちゃんってば、女騎士様は泣かないよ』
『……んだべか?』
『そうだよ!』
「どこかで誰かが涙を流せば、きっと届く。救いを求め祈れば、私もナマハゲ殿も、カレンさんも、きっと、そこへ集うのだろう」
エリザベートが微笑みを浮かべると、小五郎と火煉も頷いた。
『んだな』
『そうだね、きっと』
『またな!』
二人が扉を閉めると、扉も空中から消えた。
辺りは日も暮れ始めていた。離れた場所では、負傷者を助けるため魔法の照明が灯された。やがて一帯には野生の魔物の気配が満ち、夜が訪れるだろう。
「さて……」
エリザベートは大きく息を吸い込むと、気を取り直したように髪をかきあげた。
夜風が静かに吹き抜けた時、金髪の女騎士は既に何処かへと姿を消していた。
◆
<つづく>




