目覚めよ、竜騎士(ドラグナイツ)の魂
金髪の女騎士エリザベートが目を開けた。
「……か、かはっ……!?」
自律的な呼吸をし、まるで悪夢から醒めたかのように何度か瞬きをする。
黒く澱んでいた白目部分も白く、瞳は青く澄んでいる。
『あ、目が覚めた!?』
死体の足を抱えての大回転。超高速で黒い液体――『闇の眷属』のエキスを絞り出したのが功を奏したようだ。
「…………カレン……さん?」
女騎士エリザベートが唇を動かした。
『そう! そうだよ、わかる!?』
静かに頷く。
「……ここは……?」
『生き返ったんだよ! 闇のエキスもコゴローちゃんが抜いてくれた。……ちょっと強引だったけど、成功したみたいだね』
「そうか……」
『うん、よかった』
火煉が穏やかな女騎士の顔を覗き込んで、ホッとしたような笑みを浮かべる。
『な? 上手くいったべぇ』
『な、じゃないわよ! 普通、遠心分離なんて発想出てこないわよ……』
『雑巾絞りの要領だっぺ』
『酷い』
「ナマハゲ……さんも、あり……が、とう」
『まんずいがったな』(※まずは良かったな)
だが、エリザベートの胸部から脇腹にかけての部分には変化が起きていた。
小五郎の拳により破壊された鎧から露出した部分は、以前は黒く蠢く腫瘍があった。それが消えた代わりに、今度は赤いマグマのように光を発し脈動する傷が残っていた。
首の切断面も同じだった。完全には癒えず、まるで縫合した痕のような傷口が、赤く淡い光を放っている。
『ゴローちゃん、でもこの傷、おかしいよ』
『あぁ、やっぱ竜の魂だからだべか……』
「……うっ……!?」
ビクン! と女騎士の身体が反り返った。苦しそうにもがき、胸を押さえる。赤い脈動はますますその輝きを強くしてゆく。
『エリザベートさん!? しっかり!』
「ぐ……が……あ、アアッ!」
ビキビキと赤い血管が傷口から広がってゆく。それは、燃え盛るドラゴンのブレスを思わせる光を放つ。
『ドラゴンの魂が、エリザベートさんの中で暴れているんだわ!』
火煉が直感し叫ぶ。復活したエリザベートの体内で、ドラゴンがその血の力で身体を支配しようとしている。そんな風に思えたからだ。
「うっぐ……お、おのれ……!」
だが、エリザベートは苦痛に耐えていた。歯を食いしばり身体を起こすと、爪を地面に食い込ませて、ひたすらに耐え続ける。
『エリザベートさんが、戦っている!』
『負けるでねぇ! おめぇは……立派な、女騎士なんだべ!』
「……お、ぅおおおおおおっ! そうだ、鎮まれ……! 私の中の……邪竜め……! 私に従え……炎の……眷属よ!」
それでも、ビキビキと赤い血管が全身を支配してゆく。皮膚には鱗のような紋様が次々と浮かび上がり、硬化した指先や爪が地面を石ごと握り砕いた。
だがエリザベートの瞳は、強く輝く光を宿し続けている。
強い意志の力を漲らせ、全身を蝕もうとする赤いドラゴンの力を逆に支配してゆく。
『がんばれっ!』
『ドラゴン、おめぇは……少し大人しくしろやぁあああッ!』
ゴガァ! と小五郎が一喝した、その時。
「はぁ……ああああああッ!」
裂帛の気合と共に、全身から凄まじい熱量の気迫を周囲に発散させ、エリザベートが立ち上がった。
『きゃ!?』
『オォ!?』
ドグォオアアッ! と足元の地面の土を円形に吹き飛ばし、両手の拳を握りしめたままスックと立ち上がる。
金髪が揺れ、青い瞳の女騎士がゆっくりと息を吸い込む。
「わかる……! 私は今、灼熱のドラゴンの力を……支配したと」
自らの手を眺め、指を開き、再びぐっと握りしめるエリザベート。ゴッ! 途端に火の粉が小さく舞った。
『ドラゴンの騎士……かっこいい』
『竜騎士……ってやつだべか?』
――と、その時だった。
「魔法騎士の死体が消えた!」
兵士の一団から叫び声が上がった。
「さ、探せ!」
「ばかな、リーゼンハイアットは確かに死んだはず……!」
馬車の近くで兵士たちが慌てて警戒態勢をとる。だが、黒い霧が急激に立ち込めると、影が凝固し人形を成した。そして兵士の一人に襲いかかった。
「ひ、ぎゃぁああっ!?」
首を捻じ曲げて絶命させると、ゆっくりと姿を現す。
『フ……フゥハハハ……』
「うわぁああっ!?」
「き、貴様は!」
「リーゼンハイアット!」
『――これこそがぁ……! 闇霧の神、グ=ネテゥープ様のご加護ォ! そして、美しきィィィ究極のォオオオオ!』
ぼこ、ぼこぼこっと黒い身体が肥大化、変形すると近くに倒れていた兵士と、部隊隊長の死体を吸収し、巨大化しはじめた。泡立つように黒い腫瘍が脈動しながら、顔、首、胸、腕と、黒く巨大な筋肉の体を形成する。
「ば、化けものめぇええ!」
「なんてやつだ!」
それは、魔法騎士リーゼンハイアットが自らの身体を触媒とした『闇の眷属・究極体』の姿だった。
『みぃ……よぉ……! これぞ、リーゼンハイアット・ダークアポストロ・ウルティメイト・2世ィイイイイ!』
ゴバァ! と周囲に暗黒の霧を撒き散らしながら絶叫する。
全長は3メートルにも達する巨体。異様に盛り上がった筋肉の鎧を纏った上半身に、狂気に満ちたリーゼンハイアットの顔。胸から腹、下半身にかけては細くなり、遠目には逆三角形の怪物に見える。
『にぃ……げぇ……らぁ……れぇ……ない、ゾォオオ!』
ギョロリ、と眼球を動かす。そして右手を一閃すると兵士が二人吹き飛ばされた。悲鳴をあげる間さえ無いほどに全身を強打され、即死。
「うわ、ぁあああ!?」
「た、退避……!」
『ゴローちゃん……!』
『あれが、ラスボス……ってが!』
小五郎と火煉が、視線を交わし頷く。
と、竜騎士エリザベートが一歩、静かに踏み出した。
「……二人とも、蘇られせてくれたこと感謝している」
『エリザベートさん!?』
『おめぇ……』
「もはや、王国の騎士には戻れぬ。一度死に闇に堕ち、汚され辱められた我が身……。だが、正義の心は……かわっていない」
『まさか、一緒に?』
「あぁ。この身がたとえ竜に喰われようと、かまうものか。私の中の誇り高き騎士としての誇りと魂だけは、変わらぬ。王国の平和と人々の笑顔を守りたい。お前たちに授けてもらった、『ドラゴンソウル』が尽きるまで、私は――」
静かに微笑んだ、刹那。
エリザベートが立っていた地面が爆発した。
ドウッ! と地面を蹴り、弾丸のごとく飛翔した竜騎士エリザベートの身体は既に『闇の眷属・究極体』の目前まで迫っていた。
「――戦うッ!」
ドズゥウウウム! という衝撃と爆発。腕に炎をまとわせた「竜の拳」が炸裂したのだ。
叩き込んだ拳は衝撃波と真っ赤な爆発を伴い、『闇の眷属・究極体』を吹き飛ばした。
『ガハッァアアッ!』
リーゼンハイアット・ダークアポストロ・ウルティメイト・2世は、十数メートル吹き飛ばされ、ズシャァアア……という音と、土煙を巻き上げながら地面に叩きつけられた。
『ぐ……は!? な、なにィガァアアッ!?』
<つづく>
次回、完全決着!




