リーゼンハイアット、闇の計画
「アァア……あぁ、私はワタシはぁ――ッ!」
魔改造人間エリザベェトは体を仰け反らせて絶叫すると、地面を蹴り襲いかかってきた。
『コゴローちゃん……!』
『心配ネェ!』
黒い女騎士は、金髪を振り乱しながら低い姿勢で、突きを放つ。それを避けた小五郎目掛け、右手の黒い短剣を振り回し攻撃を繰り出し続ける。
「騎士ッ! なのっ……だァツ!」
右から左、左から右へと、ものすごい速さで繰り出される短剣。だが、その動きは鈍く、魔物の群れを切り刻んでいた時の精密機械じみた動きとはまるで違う。何か、目の前の闇を振り払おうと、滅茶苦茶に振り回しているようにも思えた。
『騎士は……そったな、攻撃さ、しねぇべ!』
小五郎は常人の数倍に達する動体視力と運動能力により、全ての斬撃を見切り、既でかわす。
足を動かさずに身体を後ろに反らせ、ボクシングのディフェンステクニック――スウェーウィングの要領で剣を避ける。
「くっ、うっ……」
『ヌゥン!』
そして、魔改造人間エリザベェトのガラ空きになった脇腹に、左手でボディブローを叩き込んだ。
ドグォッ! と背中に衝撃波が突き抜けた。
先程斬りつけられたお返しとばかりに、情け容赦のない一撃だった。
「――がふっあっ!?」
魔改造人間エリザベェトは真後ろへと吹き飛んだ。ハンマーのような拳の一撃は、衝撃波を伴い鎧の内部、肉体を破壊する。
放物線を描いて吹き飛んだ黒い女騎士は、剣や鎧の破片と共に体液を撒き散らしながら、十数メートル先の地面へと落下。
激しく地面に叩きつけられると、そのまま何度もバウンドし力なく倒れ込んだ。
「ば……ばかなッ!?」
遠くで魔法騎士リーゼンハイアットの狂気混じりの悲鳴が響いた。
ゴブリンの頭を粉々に砕き、クマ人間の身体を貫通する程の威力を持つ小五郎の拳の直撃。魔法で強化された鎧を身に纏っていようとも、その威力を相殺することは出来なかったようだ。
「……ぐ、はっ……」
元女騎士・魔改造人間エリザベェトは立ち上がろうと足掻いている。だが、内臓の機能が破壊されたのか、口から黒い液体を吐き出すと倒れ込んだ。
「可動限界までまだ360秒……! えぇい! 立て! 立って戦えェエエエイ!」
魔法騎士リーゼンハイアットが台車の上で腕を振り上げ、叫んでいる。
「精神封殺術式が一部破損……!? 魔力感応波に異常が……、何故!? ハッ!? あの赤い化物の叫び声が……!? えぇい、ならば……! 黒水晶をオーバーロードさせ……」
必死で空中に浮かんだ魔法の操作盤をなぞり、再起動を図っているようだ。
他の兵士たちは魔物の残敵との掃討を終えつつあるが、加勢する気配はない。
凄まじい戦いぶりを遠巻きに見るばかりで、幸いにも小五郎や火煉へ、積極的に攻撃を仕掛けてくるものは居ない。
――今しかねぇ……!
小五郎は、止めを刺しには行かず踵を返すと、横たわる赤毛の少女、火煉の元へと駆け寄った。
治癒をするなら今しかない。
『カレン!』
『……ゴロ……ちゃん?』
先程よりも血の気が失せ意識は朦朧としている。
小五郎と違い、火煉は魂の自動装填、つまり『黄泉返り』の能力を有していない。
同じ『ナマハゲの面』を時間差で順に被っているにもかかわらず、女性である佳代にその恩恵は無いらしい。ここで命を落とせば、元の世界に戻れる保証は無い。
『しっかりしろ! いま、治癒してけっがら……よ!』
腰にぶら下げていた『首桶』から白く輝く人魂を掴み出し、火煉の背中の傷に擦り込むように、押し付ける。
魂は手触りは温かい子猫のよう。悪逆な盗賊のものだったか、先程首をはねた卑劣な冒険者のものだったか……。もはやはっきりと識別できない。
この世界の『魂』は、生前の者が冒した罪の汚れを、肉体に置き去りにした、純粋なエネルギーなのだろう。
小五郎が暮らしていた世界では考えられない事が、この世界では当たり前に起こる。
『……ぁ……っつ……』
背骨にまで達していた傷がみるみる塞がり、火煉の顔に血の気が戻った。ぱっちりと目を開ける。
『おい……! 大丈夫が?』
『痛てて、あ……?』
むくり、と嘘のように身を起こすと、火煉は身体を確かめるかのように腕を動かした。そしてコキコキと首を鳴らす。
『治った……!』
その様子に小五郎は鬼の顔にホッとした表情を浮かべた。
『いがったじゃぁ(※良かったなぁ)』
『ありがとゴローちゃ……あ!?』
『なした?(※どうした?)』
『髪の毛は切れたままじゃん!? かっこわるい……』
背中の長い赤髪を引っ張って悲鳴をあげる火煉。腰まであった赤い髪の半分が、ばっさりと斬られたままだった。
『そったなの、いがべ(※そんなの、いいじゃないか)……』
『良くないわよ! あの女騎士には、きっちりと詫びを入れてもらわなきゃ』
火煉は振り返った。
十数メートル先には、ユラユラと幽鬼のように立ち上がった黒い人影が、いた。
目は赤黒く染まり、何かをブツブツとつぶやいている。肉体のダメージは致命傷のはずだ。だが、立ち上がっている。
すると、パンチを受けて炸裂した脇腹の傷口から溢れ出した黒い液体が、ボコボゴと泡立つと、傷を塞いだ。腫瘍のように凝り固まったそれは元には戻らずに、不気味に脈打っている。
『なんだぁ……ありゃぁ!?』
小五郎は息を飲んだ。
『黒い気配……! 闇の眷属と同じ、闇の力だよ!』
火煉がゆっくりと立ち上がる。戦えるかは微妙だが、動けるだけもマシだ。
『取り憑かれてるのか』
『ねぇ、あの人……エリザベートさんを助けられないかな……』
『なしてだ?』
『街で戦った時、いい人だった。あんなふうになる前、あの変な魔法使いみたいな騎士に騙されて刺されたの! それで改造されちゃったんだよ』
『ヌゥ……?』
火煉が必死で訴える。小五郎もその声に耳を傾け、険しい表情で思案する。
確かに、救いたいのは山々だ。
だが、首を切断する以外、あの『闇の眷属』に成り果てた魂は救えない。
それに切断しても、魂は食い尽くされているのか、手には入らない。
救うといっても方法が思いつかない。
なにか良い方法は――
『あーもう! 黒い雑巾なら、洗って絞ればいいのに!』
火煉が金棒を拾い上げながら、悔しそうにつぶやいた。
――雑巾……? そうだ……試してみる価値はあるべ。
『案外、いけるかもしんねぇど、火煉』
『コゴローちゃん、何が?』
『あの、元女騎士の汚れを祓ってみるべ』
小五郎がニイッと鬼の口元を歪め、腰に下げた首桶に手を添えた、その時。
『秘密はぁァこれなのか、ワァアアン!?」
突如、背後から甲高い声が響いた。そして、ばっ! と何者かが首桶を腰からひったくった。
『――んなっ!?』
『あっ!? こいつっ!』
まるで気配を感じなかった。 火煉が慌てて金棒を振り回すが、そいつは、びょおぉおんと跳ねて逃げた。
頭の上に首桶を器用に乗せ、四足で着地。
『イーッ! ヒィヒxヒヒーッ?』
犬に似ていたが、違う。
異様に長く伸びた手足を持つ、蜘蛛のような四足の魔物が、そこに居た。だが顔は青白い人間のそれが上下逆さまにくっついている。
まるで異形の人間がブリッジして蠢いているかのような不気味さだ。
『おまえ……確か、エリザベートさんと一緒に居た……!』
それは、かつて女騎士エリザベートの従騎士、イグニールだった。
体は黒い血管が浮き出て変形、長く折れ曲がった手足は異様そのものだ。
「なんだ!? あの魔物は……!?」
「人間の顔だぞ!?」
兵士たちの間にも動揺が走った。
「んん……! よくやった忠犬イグニール。さぁ、そろそろ時間です。この場にいる馬鹿な兵士と騎士もろとも、全てを生贄に……全て、計画どおり!」
ヒィヒャハハハ! と高笑いをする魔法騎士リーゼンハイアット。
「何を、何を言っているリーゼンハイアット!」
部隊隊長、騎士バーデリアスが異変に気づき叫ぶ。他の兵士たち総勢十数名も、魔物を掃討し、隊長のもとに集まってきた。
魔改造人間・エリザベェトの身体に生じた黒い腫瘍はますます大きくなっている。
その両腕の装甲から、ジャキン……! とカギ爪状の刃物が飛び出した。
「諸君ンンッ! 誇りに思いたまえ……! 今から君たち、クソのように愚かで役に立たない騎士と兵士の皆さんはぁああ! 綺麗で新鮮な屍となっていただきまぁあああす!」
「な、何ィ!? 貴様……貴様は一体!?」
「皆さんは魔物の群れに哀れ蹂躙され、死んでいて頂いていれば、実に楽々だったのデスがぁねぇ?」
魔法騎士リーゼンハイアットが、両腕を高く掲げ、ニィイイイッとそれまで抑え込んでいた狂気を炸裂させた。
「赤い人型が予想以上に頑張ったせいで、計画が少し狂いました」
二十メートル離れている位置から、魔眼のような鋭い視線で小五郎を睨みつけ、火花を散らす。
「リーゼンハイアット貴様、王国を裏切るつもりか!」
「隊長!」
「闇に堕ちた騎士など、成敗してくれる!」
隊長以下、兵士たちが身構える。
「ハァアアア? 残念ンンッ! 今からぁ、皆さんには死んでいただきまぁす! そして、そしてぇぇええッ! 『闇の眷属』究極体と、一体化するという栄誉を授けて差し上げまぁす。ですから……おとなしく死んでください?」
最後は静かに、真顔で。
魔法騎士リーゼンハイアットが言い終えると、魔改造人間・エリザベェトが、鉤爪を伸ばした腕をギリギリと持ち上げた。
「……ぁ、私は……私ワ……騎……」
「やれ」
<つづく>




