女騎士、囚われの魂
◇
大量に出現し徒党を組んでいた魔物どもは、今や殆どが屍と化していた。
単騎で圧倒的な戦闘力を見せつけた魔改造人間エリザベェトによる突撃。それにより魔物の群れは切り刻まれ、汚い肉塊へと変わり果ててゆく。
暴れている『赤い人型』二人の戦闘力も恐るべきものだったが、王国軍の秘密兵器――『魔導兵士』の力は凄まじいの一言に尽きる。
既に倒した魔物は五十体を超えていた。
魔導兵士一人で一個中隊に匹敵する活躍、いや、それ以上の戦闘力を発揮していることになるだろう。
魔物たちの軍勢の進撃は止まり、戦況は一転。怖気づいた魔物たちの中には、森の奥へと逃走し始めるものまで出はじめていた。
「左右から同時に斬りかかれ!」
「おぉ!」
『ガアアッ!?』
兵士たちは士気も高い。魔物たちを一体ずつ、確実に仕留めてゆく。
弓兵が矢の続く限り連射しながら敵の力を削ぎ、剣を持った兵士が肉薄してとどめを刺す。
突進して来る魔物に対しては大型の盾を持った兵士が体を張って動きを止め、そこへ馬の脚力を活かした騎士が斬り込み、頭部を叩き割り確実に倒してゆく。
王国軍の連携の取れた戦術により、魔物の軍勢はその「企み」を挫かれつつあった。
「騎士ナバリア、今回の魔物共の動き、どう思う?」
魔導兵士の実験を兼ねた特殊遠征部隊を率いて来た、部隊隊長バーデリアスは鎧のバイザーを上げながら、かたわらの若い騎士に言葉をかけた。
騎士バーデリアスは戦局を見極めながら、魔物に対して数で劣る部下たちを率いて奮い立たせ、今のところ一人の犠牲者を出すこともなく立ち回っていた。
「はっ、あそこに倒れている大型のドラゴンを、ゴブリンの枢軸集団が誘導、おそらく城塞都市への突入を図ったものと思われます」
「うむ、ワシもそう思う」
魔物の中で唯一「知恵」と呼べるものを有するゴブリンは、エサと支配地域の拡大を目指し、ときに他の魔物を誘導して暴れさせ、人間の支配地域を襲わせることがある。
今度もそれと同じ「稚拙な作戦」といったところだろう。
王国軍の騎士、その中でも高い地位にあるという魔法騎士リーゼンハイアット。彼は何かしらの情報網から得た今回の魔物の動きに対し、自らが開発した新兵器の実証実験を行う為、この地へと赴いたのだという。
「だが……既に、あの赤い二体の人型によりドラゴンは倒されていた。魔物同士の縄張り争いか? いずれにせよ、あの新兵器の実験において、敵となる相手は、あの二体しかいないわけだ」
「赤い人型に、意見を聴きたいところですな」
「無理な話だ」
広場のように開けた森の中央では、赤い二体の怪人と、魔法騎士リーデンハイアットが解き放った、魔導兵士が激しい戦いを続けている。
ちらりと背後の軍用馬車の荷台を見ると、狂気に歪んだ顔で、魔法騎士が『魔導兵士』を操っている。
――あの魔法騎士、気に食わん。何を考えているのかまるでわからぬ。
魔導兵士も、あれはどうみても人間ではない。
もはや意識のない操り人形、怪物に成り果てているように思えてならない。
部隊隊長バーデリアスは訝しがりながらも、任務を遂行することに意識を向ける。
「部隊長殿! 魔物の後続が反転! 森の奥へと遁走を開始しました!」
息を切らしながら、兵士の一人が騎士バーデリアスに報告する。疲れてはいるが、まだ戦えるという気概が感じられる。
「深追いはするな、周囲の残敵の掃討に集中しろ!」
「はっ! しかし部隊長殿、あの赤い二体の人型はどうなさいますか……?」
騎士二人と兵士が視線を向けた、その時。
魔導兵士――魔改造人間エリザベェトが赤い髪の人型を切り裂いた。少女のような赤い人型が倒されたことに激昂したのか、もう一体の巨漢の仲間が突進を仕掛ける。
バギィイン! と火花が散り衝撃波がビリビリと周囲の空気を振動させる。
「お、おぅっ……!」
「凄まじい戦いだ、人の力を超えている!」
――我らに手出しなど出来るものか……。
あれは人智を超えた、悪魔同士の戦いだ。
「魔法騎士リーゼンハイアット殿の獲物だ。我らは手出し無用と申し伝えろ」
「わかりました。ですが……隊長殿」
「なんだ?」
小隊長クラスの兵士が騎士に進言するつもりかと、やや険しい声を返す。
「あの赤い人型は……王国の騎士を救い、村の人々を『闇の眷属』から救ったという噂の……赤い人型にそっくりです」
通称『少女ミカウラの報告書』に始まる、一連の謎の人型目撃事件。
農村の民家を『闇の眷属』の襲撃から救い、そして王都での『闇の眷属』出現と鎮圧に至るまで、詳細な記録が報告がされている。
接近遭遇した兵士の証言などから、赤い人型の魔物は人語を話し、知性さえも併せ持つという結論が導き出されていた。
確認されているのは赤い肌で頭から角を生やし、獅子のようなたてがみを持つ巨人型。
それに赤毛の少女のような個体がもう一体。
眼の前にいるあの二体と特徴は同じなのだ。しかし、神出鬼没で行動原理も目的も不明。
出没と同時に敵対行為を行う者に対し、首を切断するという殺戮を行う。だが、それが結果として「被害者」と呼ばれる民間人を盗賊団から救い、劣勢だった王国軍の騎士や兵士たちを救うことになっている。
今度の出没に際しても、既にドラゴンやゴブリンの群れと交戦していた。
これは結果的に『ダルヴァーザ城塞都市』を救う行動と解釈できなくもない。
部隊隊長である騎士バーデリアスは思案する。しかし自分に与えられた任務は、新兵器の実験を滞りなく遂行させる事なのだ。
「我々は上からの命令、任務を遂行するまでだ」
「わかりました、隊長殿」
その時、ヒャァハハ! と耳障りな嘲笑が響いた。魔法騎士リーゼンハイアットは自らの新兵器の活躍に心酔し、ご満悦のようだ。
「だが、我らは赤い人型を狩れとまでは命じられていない」
「……はっ!」
小隊長の兵士は大きく頷きながら敬礼をすると、残敵の掃討戦へと戻っていった。
◇
『カレン!』
「……王国ノ……騎士……」
ギィンン! と小五郎のナタの一撃を、魔改造人間エリザベェトは黒い短剣をクロスさせて受け止めた。
足元の地面が凹み、土埃が舞う。
ビキビキと黒い血管が首や腕で蠢くと、小五郎の重質量のナタを押し返し、そして弾き返した。
『ヌ、グゥ!?』
「選バレシ……!」
そして一瞬、がら空きになった脇腹をかすめて斬りつけた。
――ヤベェ!
小五郎は咄嗟に反対側に身体を反らし、深手を避ける。
ばしゅっ、と鮮血が後方に飛び散ると同時に、魔改造人間エリザベェトも後方10メートルほどの位置まで移動していた。
ダメージは負ったが傷は浅い。身体を反らせた反動で、サイドステップを踏み、そのまま火煉を抱き起こす。
『い……痛てて……迂闊……ごめ』
『喋るな、今……治してやっがら』
火煉の傷は背骨にまで達し、血が止まらない。
腰にぶら下げていた魂の入った『手桶』の蓋に手をかける。魂をひとつ消費すれば治癒は出来る。
残りの御霊――魂は3つ。いやドラゴン魂も合わせれば4つ。治癒で使ってもまだ余裕はあるだろう。
だが、背後から気配を感じた小五郎は、咄嗟に火煉を抱きかかえると、その場から跳ねた。
思い切り地面を蹴り、できるだけ距離と間合いを稼ぐ。
空中を飛んだその時、背後で爆発が起きた。
魔改造人間エリザベェトが、急降下爆撃機のように先程居た位置に斬撃を叩き込んでいた。十字にえぐれた地面がビキビキと割れ、陥没する。その威力は凄まじく、土煙でエリザベェトの姿が見えなくなる程だ。
『ぐぉお、やべぇ!?』
土煙の向こうで何かが光った。
次の瞬間。
黒い短剣が弾丸の如きスピードで小五郎の右脚に突き刺さった。
『グァアッ!?』
『きゃうっ……!』
体勢をくずし、着地と同時に倒れ込む。火煉だけは落とすまいと抱き続ける。
――ヤベェ! 次の一撃を避けられねェ!
土煙が晴れると、黒い鎧を身に纏った女騎士が立っていた。
「オ……オ父様……ワタシ……騎士……ニ」
そこで小五郎は初めて、あの時の女騎士だと確信した。
平和な農家を襲ったのは勇者崩れの若者たち。彼らの一人は魔に魅入られ『闇の眷属』へと堕ちた。そこへ駆けつけたのが美しい女騎士だった。名前は確かエリザベート。
火煉を助けに行った時も女騎士はそこに居た。
それが今や『闇の眷属』と変わらぬ瘴気を身体から発散し、瞳からは生気が失われている。
『おめぇは……もう、騎士でねぇな』
小五郎は火煉を地面に下ろすと、一歩前に立ち塞がった。
右脚から短剣を抜き去ると、へし折って投げ捨てる。
切れ味を鋭くした魔法の短剣は、指さえも傷つけた。傷ついた右脚の傷も簡単には癒えない。何か呪いのような魔法が仕掛けられているのだろう。
だが、悲しみと怒りはそんなことさえ忘れされた。
「私ハ……騎士……王国ノ」
『違ェエエッ!』
怒号。
それは圧倒するほどの凄まじい大音量だった。さしもの魔改造人間エリザベェトでさえ、ビクン! と射抜かれたように身体が反応する。
その叫びは、周囲にいたすべての兵士の耳朶にも届いた。魔物たちが驚き、転がるようにして森の奥へと逃げてゆく。
「今……あの赤い、人型が」
「喋った……!」
「やはり、間違いない!」
ざわ、と兵士たちが顔を見合わせる。
『おメェは、もう闇の魔物と同じだベ! 情けねェな。誇り高ェ、騎士じゃぁながったのげ?』
小五郎は顔を真っ赤にし大声で怒鳴りつけた。
一瞬、エリザベェトの黒い瞳に、光が揺らめいた気がした。それは動揺か、あるいは甦った何かの感情か。
魔改造人間エリザベェトは突然、頭を抱え、身体を前のめりにして叫びだした。
「ア……ア、ァアアアああああああッ!? 私は……私ハァアアッ!」
『その魂、開放してけっがら』
高々とナタを構えた小五郎は静かに言い放った。
<つづく>