強襲、魔改造人間エリザベェト
「さぁ、魔改造人間エリザベェト、お前の力を存分に見せてやりなさいッ!」
魔法騎士リーデンハイアットが、狂気じみた顔で叫びながら、腕を空中で右から左へと振った。
すると空中に赤黒い光が魔法の巻物を描き出した。空中に浮かび上がったガラス板には複雑な魔法円や幾何学的な図形、文字などが映し出されていた。
小五郎と火煉の目から、それは「コンソール」のように視えた。
「ぉ……王国ノ……タメ……ニィ」
魔改造人間エリザベェト――元・女騎士エリザベートが顔を上げた。
『あの女の人、あの黒い魔法使いみたいなやつに何かされたんだよ、ゴローちゃん! だって、だってあの時、刺されたんだよ!』
『オラもそれは見だども……だども、今は何ンも出来ねぇ』
『そうだけど……! あれはおかしいよ、絶対普通じゃない……』
瞳に光はなく、白目であるはずの部分が黒く染まっている。肌は生ある者とは思えないほどに青白い。ただ印象的な金色の髪だけはそのままだ。
全身に装着した黒い鎧にも特徴があった。通常の鎧は身体に対して一回り大きく、浮き上がった印象がある。だが彼女が身につけているものは全身を締め付けるようにベルトと金具で幾重にも固定され密着している。
動きを妨げないためか、あるいはそれ自体がまるで拷問器具か、拘束具のようだ。
装飾や突起物も少なく見た目はまるで現代特撮モノに出てきそうな、強化スーツのように思えた。
武装は、背中や両腕、腰などに短いダガーナイフのような武器が括り付けてある。刃はすべて黒く塗られ、それらがただのナイフでないことは明らかった。
「――魔動装甲服、制御魔法術式強調制御、正常。拘束……開放ッ!」
魔法騎士リーデンハイアットが指先を動かし、空中に浮かんだ魔法の巻物に触れる。すると波紋のように輝きが広がり、新しい図形や文字を浮かび上がらせた。
「……ッタァ!」
ギシュッ! と音がして運搬用馬車の荷台が揺れたかと思うと、魔改造人間エリザベェトの姿が消えた。
否――。
素早く空中に跳び上がり、飛翔したのだ。
周囲を警戒し陣を展開していた兵士たちの頭上を軽く飛び越え、超人的なジャンプ力を見せる。そしてカシュッ! という軽い音とともに、着地。
更に地面を蹴ると、地面と水平に滑るように駆ける
『速い!?』
『普通の人間の動きじゃねぇな……!』
小五郎と火煉は、襲いかかってくるゴブリン軍団を次々と蹴散らし、血祭りにあげる。更に獣人型の怪物の頭部をカチ割りながら、あっという間に接近してくる魔改造人間エリザベェトに目を見張る。
「王国ノ……栄光……ノ……」
速度を緩めることなく、魔物の群れへと突進する。
敵と接触する直前、刃渡り30センチほどの黒塗りのダガーナイフを二本、すばやく背中から抜く。そして低く身構えたまま魔物の群れに突進する。
『ギョエッ!?』
『ギッ!?』
『ガッ!』
黒い獣のような動きで、あっという間に魔物たちを切り裂いてゆく。それは、目にも止まらない早技だった。ブシュァ、ズシュァ……! と赤黒い魔物の体液と血が、次々と噴き上がってゆく。
10体、20体……! 黒い騎士が通り過ぎた跡には、瞬く間に死体が積み上がってゆく。
いつの間にか弓兵による矢の攻撃も止まった。
命令を下されたわけではなく、兵士たちのだれもが、その戦いぶりに唖然とし剣や弓を下ろしていた。
「なんだ……あれは」
「魔導の新兵器……って」
「うそだろ、あれじゃ……まるで」
悪魔だ。
兵士たちの誰かがつぶやいた。小五郎と火煉らが鬼神なら、魔改造人間エリザベェトは悪魔そのものだ。
手に持ったダガーナイフの切れ味も異常に鋭い。諸刃の短剣をよく見ると、赤い魔法の文字が浮かび上がっている。何か切れ味を増す特殊な魔法でも仕込まれているのだろう。
『ゴローちゃん! あのひと、魔物を倒している……!』
『だども、オラたちだけを見逃してくれるとは……思えねぇ……なッ!』
背後から迫っていたリーダー格らしいゴブリンの首を切り落とす。空中高く舞い上がる首を掴んで、後続のゴブリンに思い切り投げつけると命中。
『ギャ!?』
頭蓋骨同士を激突させ爆砕する。
これには流石のゴブリンも怯んだ。それを見逃さず小五郎はダッシュし、赤い嵐と化す。無数のゴブリンの群れ、分厚い防御陣地の奥に隠れていた長老を目掛け、一気に攻め込んだ。
今までは防戦一方だったが、思わぬ加勢に潮目が変わった。
『ギャ、ギュ!』
『ビィギ!』
『ギョォオオ!』
ゴブリンの長老たちがやかましく叫ぶと、若いゴブリンたちが壁を作る。だが好都合とばかりに、小五郎は全身をバネのようにねじる。
『ずぅ……おおおおおおおりゃぁああああ!』
ナタで一気に左から右へと、十数体のゴブリンたちの首や胴体をなぎ払い吹き飛ばした。
ゴブリン軍団の中枢を守る、肉の壁が消えた、瞬間。
『――ゴブッ!?』
『――リンッ!』
驚愕する長老達の頭部に、石の弾丸が次々と命中。
真っ赤な熟れたスイカが砕け散るように、次々と頭部の内容物が飛散した。
『あぁ、すっきり!』
金棒を担ぎ笑みを見せる火煉。
『ナイスだべ火煉』
小五郎が振り返った、その時だった。
火煉のすぐ背後に黒い影が迫っていた。遥か向こうで地面を蹴り、数十メートルを飛翔。滑空弾のように、急襲してきたのだ。
『火煉ッ! 避け――』
『えっ!?』
次の瞬間、火煉が咄嗟に身を翻したが、間に合わなかった。真っ赤な血が飛び散った。
『……なっ……?』
直後、ズシャアアアアッ! と黒い騎士は地面に両手両足を、猫のような格好で突き立てて着地すると、勢いを相殺して停止する。
火煉は斬られた背中と、自分の身体から流れ出す鮮血、切れた長い髪がハラハラと地面に落ちるのを見てた。
そして、信じられないという驚愕の面持ちで、かつては美しかった女騎士に視線を向けた。
『エリ……ザ……ベートさん?』
そこには、あの美しく気高かった女騎士の面影はなかった。ビキビキと黒い血管が首筋から頬で幾重にも枝分かれしながら脈打っている。
黒く染まった瞳にあるのは、ただ深い闇だけだった。
ぐらりと両足を曲げ、火煉が地面に膝をついた。
「私ハ――栄光アル――王国ノ……」
ブツブツと同じことを口走りながらユラリ、と黒い騎士が幽鬼のように立ち上がった。
『火煉ッ!』
駆け寄ろうとする小五郎を遮るように、素早く魔改造人間エリザベェトが動き、黒いダガーナイフを向けた。
「――女騎士……エリザ……ベ……ト……」
『おんめぇ……!』
遠から、ヒャハハハ……アハハハ! と、魔法騎士の高笑いが響いた。
<つづく>




