表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/37

殲滅! 悪逆盗賊団

 ◇


 白い雪を巻き上げ、巨体が疾走する。


 剣を振り回す盗賊たちの間を、ナマハゲ――小五郎(こごろう)が、荒れ狂う暴風のように盗賊たちをなぎ倒してゆく。

 吹き飛ばされた盗賊の身体からは、首が消えていた。

 僅かに遅れ、湿り気を含んだ重い物が落ちた音が響く。

 それは、口や目を、だらしなく開けたまま事切れた盗賊の首だった。


「ぎゃぁあああああ!?」

「ヒィィイイイイ!?」


 何が起こってるのか、盗賊たちには理解できていなかった。

 盗賊の数人は逃げようとする。だが、赤黒い巨体が白い吹雪を巻き上げると、生首(・・)が真横や真上、あり得ない方向へと吹き飛んでゆく。


「お、お(かしら)……ぁ」


 足元に転がってきた仲間の首を、呆然と見つめる頭目。顔面蒼白で、冷静な思考は停止している。


 忽然とその場に現れた()から、角を生やした異形の怪物が出現――。

 旅人を情け容赦無く殺戮した盗賊団だったが、彼らは今、更なる圧倒的な力により蹂躙され切り刻まれている。


「バカな……こんな……こんなぁあああ!?」


 頭目の眼前に、巨大な人影が立ちはだかった。

 視界塞ぐ相手は、見上げるほどの巨体から冷たい冷気を放っている。

 圧倒的な速度、パワー、残虐性。そして額から生えた二本の角。

 盗賊たちを切り倒しても息一つ乱さない身体能力は、明らかに人間ではない。


「あ、悪魔か……!」

 

 麻紐(あさひも)のように太く縮れた髪の毛が、獅子の(たてがみ)のように逆立っている。

 右手には短く切り詰められた片刃の刀――「ナタ」を持っている。

 人の首を一瞬で切断する切れ味は、どんな鎧でも盾でも切り裂けるだろう。分厚い地金は、真横にすれば盾と変わらない。竜のブレスさえ防ぐことすら容易に思えた。

 見ればあれだけ首を切断しておきながら、刃には血の一滴も付いていない。あまりに超高速で刀を振り抜いているため、血すら付かないのか……! 

 盗賊を率いていた男が、頭の片隅で絶望的な結論を導き出す。

 つまり、自らの敗北と()だ。


『悪ぃ子ば、いなぐなれぇ……!』


 口から白い息を吐きながら、ナマハゲは言い捨てた。


「いっなぐ?」


 聞き取れないほどの(なまる)に、頭目は口元をヒクつかせた。


 視界はそこで暗転した。


 自分の胴体を真上(・・)から見下ろした時、全てが終わったのだと悟る。


 死と、静寂が訪れた。


 ◆


 ナマハゲが、どすとミカウラの前へとやってきた。重々しい足音が少女の三メートル手前で止まる。


『泣く子は……もういねぇが?』


 静かに、ナマハゲはミカウラに問いかけた。


「え、あ……はい」


 呆然としていたミカウラは、慌ててこくり、と頷いた。


『んだば、いい』

「んだば?」


 次は自分の番か……という恐怖は杞憂だった。


 ナマハゲはその巨体に似合わぬ繊細な動きで、ミカウラの腕を縛っていたロープを切った。


 開放されたミカウラが、あまりの出来事に混乱しつつも巨大な赤い怪物を見上げている。

 盗賊の襲撃、そして謎の「ナマハゲ」と名乗る怪物の出現。


「あ、ありがとう……ございます」


 かろうじて礼を言う。まだ全身が恐怖に震え、うまく口さえ動かせない。


『もう泣ぐでねぇぞ?』


 優しく言うと、ナマハゲは背を向けた。

「はい、あの……!」


 ナマハゲは左手に持っていた手桶(ておけ)を地面に置いた。すると、地面のあちこちに転がっていた盗賊の生首が青白い光に包まれ、中から光が舞い上がりはじめた。それらは人魂のような形に変わり、フラフラと揺れながら手桶へと吸い込まれてゆく。


「え……え!?」


 ミカウラは驚きを口にした。

 次々と手桶に集まってくる人魂は、尾を引きながら吸い込まれていった。

 10数個の人魂をすべて吸い込むと、ナマハゲは再び手桶を持ち上げた。


 周囲を静かに見回すと、盗賊は全滅していた。


『……』


 寡黙な背中は、何を想うのだろう。

 

 血も涙もない盗賊とはいえ、自らが手にかけた人間の命。手桶に集めた首をどうするのだろう?

 ミカウラの脳裏に幾つもの疑問が浮かぶ。けれど、それを問うことなどできなかった。


 ただ、助けてくれたには事実だ。

 心から礼を言いたい。


 ミカウラが勇気をふるい立ち上がった時、地面に袋が落ちていることに気がついた。それは母に送り届けるつもりだった魔法の薬だった。


 ――よかった……!

 

 小さな袋を拾い上げると、盗賊に踏みつけられはしたものの、中身は無事だった。

 思わず抱きしめて、嬉しさに顔をあげる。


「あ、あの……っ!」


 ミカウラが再び視線を戻した時、ナマハゲの姿は消えていた。


 現れたときと同じように忽然と。


「……ナマハゲさん……?」


 呼びかけても返事は無い。もう周囲には誰もいなかった。


 夜風が木立を揺らし、ざわめきだけが耳に届いた。


 ◇


 静まり返った森の街道では、馬車がまだ燻っていた。炎の勢いは小さく衰えたが、しばらくは消えないだろう。

 不幸中の幸いか。炎は、辺りの暗がりに潜む危険な「闇の眷属」からミカウラを護る結界のような役割を果たすこととなった。


 王国の街道警備隊が現場に到着したのは、それから間もなくだった。


 ――盗賊が乗合馬車を襲撃した!

 ――しかし盗賊は「闇の眷属」と思わる正体不明の魔物に襲われ全滅。

 ――生き残りの少女一人を無事保護。これより王都へと帰還する。


 魔法の通信用水晶に、戦士団の一人が総報告を行っていた。


 無事保護された生き残りの少女、ミカウラは礼を言いながら、何が起こったかを語った。

 信じてもらえないかも知れないが、自分を救ってくれた恩人(・・)の話を。


 そして闇の向こう、見えない「何か」に向かって、静かに頭を下げた。

 

「ありがとう、ナマハゲ……さん」


<つづく>


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ