殲滅! 悪逆盗賊団
◇
白い雪を巻き上げ、巨体が疾走する。
剣を振り回す盗賊たちの間を、ナマハゲ――小五郎が、荒れ狂う暴風のように盗賊たちをなぎ倒してゆく。
吹き飛ばされた盗賊の身体からは、首が消えていた。
僅かに遅れ、湿り気を含んだ重い物が落ちた音が響く。
それは、口や目を、だらしなく開けたまま事切れた盗賊の首だった。
「ぎゃぁあああああ!?」
「ヒィィイイイイ!?」
何が起こってるのか、盗賊たちには理解できていなかった。
盗賊の数人は逃げようとする。だが、赤黒い巨体が白い吹雪を巻き上げると、生首が真横や真上、あり得ない方向へと吹き飛んでゆく。
「お、お頭……ぁ」
足元に転がってきた仲間の首を、呆然と見つめる頭目。顔面蒼白で、冷静な思考は停止している。
忽然とその場に現れた扉から、角を生やした異形の怪物が出現――。
旅人を情け容赦無く殺戮した盗賊団だったが、彼らは今、更なる圧倒的な力により蹂躙され切り刻まれている。
「バカな……こんな……こんなぁあああ!?」
頭目の眼前に、巨大な人影が立ちはだかった。
視界塞ぐ相手は、見上げるほどの巨体から冷たい冷気を放っている。
圧倒的な速度、パワー、残虐性。そして額から生えた二本の角。
盗賊たちを切り倒しても息一つ乱さない身体能力は、明らかに人間ではない。
「あ、悪魔か……!」
麻紐のように太く縮れた髪の毛が、獅子の鬣のように逆立っている。
右手には短く切り詰められた片刃の刀――「ナタ」を持っている。
人の首を一瞬で切断する切れ味は、どんな鎧でも盾でも切り裂けるだろう。分厚い地金は、真横にすれば盾と変わらない。竜のブレスさえ防ぐことすら容易に思えた。
見ればあれだけ首を切断しておきながら、刃には血の一滴も付いていない。あまりに超高速で刀を振り抜いているため、血すら付かないのか……!
盗賊を率いていた男が、頭の片隅で絶望的な結論を導き出す。
つまり、自らの敗北と死だ。
『悪ぃ子ば、いなぐなれぇ……!』
口から白い息を吐きながら、ナマハゲは言い捨てた。
「いっなぐ?」
聞き取れないほどの訛に、頭目は口元をヒクつかせた。
視界はそこで暗転した。
自分の胴体を真上から見下ろした時、全てが終わったのだと悟る。
死と、静寂が訪れた。
◆
ナマハゲが、どすとミカウラの前へとやってきた。重々しい足音が少女の三メートル手前で止まる。
『泣く子は……もういねぇが?』
静かに、ナマハゲはミカウラに問いかけた。
「え、あ……はい」
呆然としていたミカウラは、慌ててこくり、と頷いた。
『んだば、いい』
「んだば?」
次は自分の番か……という恐怖は杞憂だった。
ナマハゲはその巨体に似合わぬ繊細な動きで、ミカウラの腕を縛っていたロープを切った。
開放されたミカウラが、あまりの出来事に混乱しつつも巨大な赤い怪物を見上げている。
盗賊の襲撃、そして謎の「ナマハゲ」と名乗る怪物の出現。
「あ、ありがとう……ございます」
かろうじて礼を言う。まだ全身が恐怖に震え、うまく口さえ動かせない。
『もう泣ぐでねぇぞ?』
優しく言うと、ナマハゲは背を向けた。
「はい、あの……!」
ナマハゲは左手に持っていた手桶を地面に置いた。すると、地面のあちこちに転がっていた盗賊の生首が青白い光に包まれ、中から光が舞い上がりはじめた。それらは人魂のような形に変わり、フラフラと揺れながら手桶へと吸い込まれてゆく。
「え……え!?」
ミカウラは驚きを口にした。
次々と手桶に集まってくる人魂は、尾を引きながら吸い込まれていった。
10数個の人魂をすべて吸い込むと、ナマハゲは再び手桶を持ち上げた。
周囲を静かに見回すと、盗賊は全滅していた。
『……』
寡黙な背中は、何を想うのだろう。
血も涙もない盗賊とはいえ、自らが手にかけた人間の命。手桶に集めた首をどうするのだろう?
ミカウラの脳裏に幾つもの疑問が浮かぶ。けれど、それを問うことなどできなかった。
ただ、助けてくれたには事実だ。
心から礼を言いたい。
ミカウラが勇気をふるい立ち上がった時、地面に袋が落ちていることに気がついた。それは母に送り届けるつもりだった魔法の薬だった。
――よかった……!
小さな袋を拾い上げると、盗賊に踏みつけられはしたものの、中身は無事だった。
思わず抱きしめて、嬉しさに顔をあげる。
「あ、あの……っ!」
ミカウラが再び視線を戻した時、ナマハゲの姿は消えていた。
現れたときと同じように忽然と。
「……ナマハゲさん……?」
呼びかけても返事は無い。もう周囲には誰もいなかった。
夜風が木立を揺らし、ざわめきだけが耳に届いた。
◇
静まり返った森の街道では、馬車がまだ燻っていた。炎の勢いは小さく衰えたが、しばらくは消えないだろう。
不幸中の幸いか。炎は、辺りの暗がりに潜む危険な「闇の眷属」からミカウラを護る結界のような役割を果たすこととなった。
王国の街道警備隊が現場に到着したのは、それから間もなくだった。
――盗賊が乗合馬車を襲撃した!
――しかし盗賊は「闇の眷属」と思わる正体不明の魔物に襲われ全滅。
――生き残りの少女一人を無事保護。これより王都へと帰還する。
魔法の通信用水晶に、戦士団の一人が総報告を行っていた。
無事保護された生き残りの少女、ミカウラは礼を言いながら、何が起こったかを語った。
信じてもらえないかも知れないが、自分を救ってくれた恩人の話を。
そして闇の向こう、見えない「何か」に向かって、静かに頭を下げた。
「ありがとう、ナマハゲ……さん」
<つづく>